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ヴァルキュリアのリーサルウェポン  作者: yu-in
イルダート ~~戦乙女の紅蓮の槍~~
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イルダート9

一括りに依頼書と言っても、ところ狭しと何枚も並んでいる。注目を集めようとそれぞれに工夫が見られた。


例えば報酬金額を大きく表示したり、『まかない有り』の文字に二重線が引いてあったり、豚か犬か判別のつかないイラストが添えてあるものなんかもあった。


よくよく見ればどの依頼書も端のほうに有効期限が書いてあり、近くの箱の中身はその期限が過ぎていると思わしき依頼書が突っ込んであった。

貼りに来た依頼者がセルフで有効期限が過ぎているものを剥がしているのだろう。

そんなところも田舎街らしいなどとメイリーは思った。


いつの間にか依頼書を観察することに興味が移ってしまったメイリーの目は、やがて、右上の赤い線引きがしてある一角の中に貼りつけられた一枚に止まった。


その一枚だけは他の依頼書のように目を引く工夫は施されておらず、簡潔に文字と報酬金額だけが書いてあった。


『ソードドック討伐 額のツノを十個持ってこられたし 報酬金額 銀貨 十枚 (ツノの数よって追加報酬は要相談)』


「ぎ、銀貨十枚!!」

すっとんきょうな声をあげるメイリー。


他の依頼書の報酬は頑張ってもせいぜい銀貨一枚が良いところ。昨晩の宿一泊の代金が銅貨十五枚だったのだから、その破格さがわかるというもの。


「それは『まじゅう』のとーばつだよ。あの赤いせんのとこは『まちからのいらい』で、まちのみんなのお金を払うんだって」

「魔獣、ですの……」


この世界で繁栄して、文明を築いているのは人だけだ。

しかし、生活圏を一歩出ればそこでは人も食物連鎖に組み込まれる被捕食者の一つでしかない。


中には人工飼育して生活に役立てている生物もいるが、人が手を出せない領域で強靭な身体、鋭い爪と牙によって淘汰を目論む生物はいくらでも跋扈している。


そんな魔獣たちを放置すれば人はみるみるうちに祖先が拓いた土地を奪われてしまうだろう。

とくにイルダートは『悪名だかいあの森』が近くにある。


「それだけ危険、というわけですのね」

銀貨十枚は惜しいが、メイリーだってリスクとリターンの勘定ぐらいはできる。

魔獣なんかと戦って大ケガをすればそれこそ王都どころではなくなってしまう。


「危険と分かっていてもその報酬だ。依頼を受けるものは後をたたないどころか、むしろ、それを目当てで各都市を回る『魔獣狩り』なんて呼ばれる連中もいるがな」

「それはまた、ご苦労様な事ですわね……、リザリスさん、両手にお持ちの『それ』、どうしましたの?」


さっきまでヴァルの後ろに隠れていたしおらしい態度は失せ、そこにはいつも通りのすまし顔で、大きな葉にくるまれた串焼きを桜色の唇に頬張るリザリスがいた。


「うん? これか、買った」

身ぶりで示した先には、景気の良い声で客を呼び込む青年が肉をひっくり返し、白煙に香ばしさを乗せて運ばせていた。

リザリスが見ているのに気づいたのだろう、青年は、焼けた顔ににへらと下手くそな笑みを浮かべて頭を下げた。

大方客を探すふりして、リザリスがこちらを向いてくれないものかと、窺っていたにちがいない。


そんな純情な彼には酷なことだが、リザリスはとっくに興味をなくし、ヴァルの口へ楽しそうに串焼きを運んでいた。


「……リザリスさん、お話ががありますわ」

「ん? どうした」

メイリーの低い声にも、リザリスは平然と返す。


「リザリスさん。お金、無かったのでは?」

「ああ、これで本当にすっからかんだな」


ひっくり返した革袋からは今度こそ銅貨の一枚も出なかった。

それを見て、ついにメイリーがぎりりと歯を鳴らす。


「すっからかんだな、ではありませんわよっ! 何を考えていらっしゃいますのリザリスさん! 残り少ないから倹約しなければという思考がどーして働きませんの!!」


「どうせほとんど残っていなかったんだ。これから稼ぐんだから使ってしまったって問題はないだろう」


「問題ありますわ! いえ、問題あってからでは遅いのですわ! 例え雀の涙ほどしかない金額だったとしても、現金があることはそれだけで強みになります。そしてその心構えがあればお金は自ずと貯まるものです。貴女も旅の者ならば現金の無い心細さは知っているはずでしょう!?」


「ほおらヴァル、あ~ん」

「ほんっとに、貴女はわたくしの話を聞きませんのね!?」


小言は耳に届く前にいずこかに流してしまうリザリスが、蕩けるような笑顔でヴァルへと串に刺さった肉を差し出せば、メイリーが栗毛を逆立てる。


「リザリスさんっ!!」

「ああもう、うるさいやつめっ!」

「むぐっ!?」


耳元でぎゃんぎゃん吠えられ、堪えかねたリザリスが、串焼きをよく回るその口に突き刺したのだ。


それはもう、ヴァルに行うような受け皿の手を添えるような、優しい食べさせ方ではなく、『突き刺す』という表現が正しいものであった。


のどまでは届いていないとはいえ、異物を唐突に口に突きこまれても口を動かしていられるほどメイリーは豪胆じゃない。

目をぱちくりするメイリーにむかって、リザリスは「ふんっ」と鼻を鳴らすと、掲示板を右から左に眺めて、その中の一枚を掴んですたすたと歩きだした。


「む、あっ、ちょっと、どちらへいかれますのっ!」

「依頼を受けるんだよ。ちょうど良さそうなのがあったからな」


そう言ってひらひらとふった依頼書には、目を惹く黄色い文字で『月グマ亭』と書いてあった。


「……もう、どうしてあの方はあんなに身勝手ですの!」

転がり込んだとは言えだ。

リザリスだって最後にはメイリーを連れていくことを了承してくれたのだ。お金の事もだが、どんな依頼を受けるのかだって相談してくれても良いではないかと、思わずにはいられない。


(確かにわたくしに相談したってどうにもならないのは理解していますけれど)

そんないじけた考えが顔を出す。


そんなメイリーを横で見ていたヴァルは、リザリスを背中にかばったときのような困った笑みを浮かべた。


「メイリー、お肉、おいしいね」

「えっ? 確かに昨日はあまり食べませんでしたし、このお肉もあまり食べたこと無い味で……、ええ、美味しいですわね」


リザリスを叱った手前もある。いろいろ言い訳するように言葉を並べたが、最後にはヴァルの笑顔から逃れられずに、素直に認めてしまう。

そんなメイリーに「くすっ」とこぼしたヴァルは、とんとんと口元を叩いた。


「ついてるよ」

「ふへっ!?」


慌てて人差し指で自分の唇を拭い、少し迷って、そのままパクリとくわえたのだ。

「もうっ」と膨らませた頬には、わずかに朱がさしていた。


「ヴァ~ル~~! 早くこ~い! わたしを一人ぼっちするとすねちゃうぞ~~‼」


先に行ったリザリスが、手をふってヴァルを呼んでいた。

「あの方は一体なにをおっしゃっていますの。恥ずかしい」


頭痛をおさえるように額に手を置くメイリー。

対照的に狼狽するヴァル。


「たいへんだよ、リサがすねちゃう! 早くいかなきゃ!!

「はい? いえいえなにをそんなに慌てていらっしゃいますの?」


「メイリー、拗ねるって知らないの!? すねちゃった人はぜんぶぜんぶいやなって、死にたいっておもいながら死ねないまいにちを生きることになるんだよ!?」


「ずいぶんと末期な症状ですわね!? いったいどこでそんな事を教わったのですか?」

「えっ? リサが前にそうやって言ってたよ?」

「またあの唐変木ですのね……」


本当に頭痛がしてきた気がするメイリーである。


「とにかくリサが待ってるもん! いかなくっちゃ!!」

「あっ! もう、待ってくださいまし!」


リザリスの元へ急ぐヴァルに並んで、メイリーも走り出した。



その後、リザリスに『拗ねる』について言及したメイリーは、「あらかた間違っていないだろう」と返され、路上でもう一口論やらかしたのである。



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