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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

『引きこもり推理作家・鬼頭宗一郎の事件録』

『首切り屋敷殺人事件』

作者: 国見秋人

夏に向けてホラーなものを書いてみました。




神田神保町には通称『首切り屋敷』と呼ばれる有名な心霊スポットがある。

かつて若い男の首を切り落としてはその首を屋敷中に飾っていたという女主人の霊が出ると噂のなんとも薄気味悪い古びた洋館で神田古書店街を抜けた先の一角にひっそりと佇んでいる。壁面の赤煉瓦あかれんがはボロボロに崩れ屋敷を覆う蔦は幾重にも巻かれており幾何学式の庭園は無残にも荒れ果てていた。

心霊スポットによくあるお決まりな怪談話だが実際に忍び込んだという人たちからは叫び声を聞いた、女主人に襲われて怪我をした等の情報がネット上で飛び交っており閲覧者たちを恐怖させ、そして興奮させた。つまるところ彼らにとって真実か嘘かなんてのはどうだっていいのだ。

オカルトの類いが大の苦手な私にしてみたらそんな恐ろしい場所に好き好んで自ら赴く人間の気がしれない。

別に恥ずかしいとは思っていない。人間誰しも嫌いなものや苦手なものがあるのは仕方のないことだし克服しないからといって死ぬわけでもない。これは言い訳や負け惜しみではなく言わば戦略的撤退といってもいいだろう。

しかし今日が仏滅だからか13日の金曜日だからかはたまた黒猫が私の前を横切ったのがいけなかったのか知らないが今回の事件が先ほど話した首切り屋敷で起こってしまったのだ。神様はよほど私のことがお気に召さないらしい――――


「凶器は遺体の傍に落ちていた被害者の血痕が付着した廃材だと想定されます。衣服に揉み合った形跡もなくうつ伏せで倒れているので背後からこう、ガツンとやられたようですね」

神田警察署捜査一課の石動いするぎ警部補が犯人になりきり凶器を振り下ろす動作をする。

まだ昼間だからか割れた窓や所々床が抜け落ちた天井から漏れた日差しが舞っているほこりに反射して私たちに降りそそぐ。幻想的な光景に一瞬ここが心霊スポットで殺人現場だということを忘れてしまう。

「被害者の名前は浅沼健斗あさぬまけんと、22歳。お茶の水思想社会大学の4年生です。どうやらホラー研究会なるサークル活動の一環として肝試しに来たとか、全く若者の考えることは分かりませんな」

石動警部補が手帳を捲りながら無精髭が生えた顎をさする。お茶の水思想社会大学と言えば全国屈指の名門大学で偏差値が恐ろしいほど高いことでも知られている。この大学に受かったということはもはや将来が約束されたものと同義である。現に卒業生の大半は議員や官僚、学者や医者など錚々たる職業に就いていると聞く。我ら一般市民には到底想像できない世界だ。

「名門大学の秀才どもが揃いも揃ってホラー研究会なんてくだらねえサークルによく入ったもんだな。金持ちの道楽ってわけか、ますますくだらねえ」

私の前に立つぼさぼさ髪の人物は頭を掻きながら毒を吐いた。

「遺体発見時の概要は?」

「夜中の零時に屋敷の前で落ち会う予定だったはずが待てどくらせどいっこうに姿を現さない。もしかしたら中で待っているんじゃないかという話しになり仕方なく入ってみると1階のホールで遺体となって発見された、という次第です」

「ふうん」

――――先程から警官相手に物怖じせず偉そうな態度をとる彼は鬼頭宗一郎きとうそういちろう、35歳、推理作家。たまに警察から相談役と称して捜査に協力を依頼されることがある。まぁ殆どが先生の義姉で警視庁捜査一課の警部である桐生櫻子きりゅうさくらこ警部からの命令であるのが実である。そして此度も執筆を終えたばかりの先生のもとへ突如自宅に訪れた顔見知りの石動警部補により半ば引きずられるようにしてこの場所へと足を踏み入れたのだ。

はじめのうちは不機嫌そうに舌打ちをかましていた彼も心霊スポットでの殺人事件という異常なシチュエーションに興味をそそられたのか嬉々として捜査に参加し始めた。出不精という設定はどうした!私は一刻も早くここから出たいのに!

「死亡推定時刻は昨夜12日の午後9時30分から11時30分頃にかけてとみられます。ですが正確な犯行時刻については見当がついているんですよ」

「え、何故ですか?」

私が尋ねると石動警部補が遺体の腕時計を指さした。

「時計の針が11時32分で止まっていたんだ。殴られて倒れた際に壊れたようだね」

なるほど、と納得した。この時刻をもとに関係者のアリバイを洗えば捜査も進展するだろう。できれば私も間近で見たかったのだがどうしてもできなかった。近寄れば嫌でも『それ』も同時に視界に入ってきてしまうからだ。

「おい九重ここのえ、お前はもうこっちに来んなよ。さすがに未成年のガキにこれはキツいだろ。現場でゲロられても迷惑だからな」

ご心配には及ばない。頼まれたって近づいてやるもんか。私は拳を強く握り締め声を大にして叫んだ。

「…っなんで首がないんですかあ!」

そう、この遺体には『首』がなかったのだ。何も知らされてなかったとはいえ呑気に現場入りした数分前の自分を殴ってやりたい。

「んなもん知るか犯人に直接聞け阿呆。――――しっかし首の切断面がえらい雑だな。血管も骨も肉も歪に切られている。犯人は切れ味が悪い刃物を使ったんだな。こりゃ相当時間を食ったはずだ、少なくとも1時間はかかっただろう」

「鬼頭先生の言うとおりです。首の切断に使われたのはこの辺りに転がっていた錆びついた包丁や鉈です。血痕が付着していましたし傷口もぴったり合致していますから間違いないでしょう。もちろん廃材と同じでこちらも指紋は検出されませんでしたが凶器が全て現場にあったものを使用していることから考えて突発的、衝動的に行われた可能性が高いとみています」

「首は生前に切られたのか死後に切られたのか分かるか?」

「出血が比較的少ないので死後に切り取られたのでしょう。あとそこのテーブルを見てください。そこだけキレイに埃がたまってないでしょう?犯人がテーブルクロスを引き抜いて首を包んで持ち去ったと思われます」

先生はふむ、と少し考えてからポケットに入っていた棒つき飴を取りだし徐に口に放り込んだ。彼は何か考え事があると飴を舐める癖があるのだ。(当人は糖分補給作業と言っている)

「九重、お前はこの首なし死体についてどう考える」先生は心地のいい低音の声で私に意見を求めた。

「屋敷の女主人が首を切り取ったんだと思います」という言葉をぐっと飲み込み(罵倒されるのは目に見えているからだ)私は頭を働かせ思いついたことを述べる。

「…そうですね推理小説だと首なし死体は死因や身元の隠蔽、または運搬手段を楽にするってのがセオリーなんですけど」

「全て当てはまんねえな」

凶器が置きっぱなしなので死因の隠蔽でもない、身元もとっくに判明しているからこれでもない、運搬といってもバラバラ死体ならともかく首だけなんてまるで意味がない。

「だったら見立て殺人はどうですか?」

「若い男の首を切り取って屋敷に飾ってたっていうイカれた女の話しか?」

「はい。遺体の状況と一致してますしこの案はいけるんじゃないですかね」

「案?馬鹿野郎、会社のプレゼンじゃねえんだぞ。それに一致させるなら切り取った首は持ち去らねえだろうが。ボツだボツ」

言われてみれば確かにそうだ。私は他の可能性がないか頭をフル回転させる。だったら、これはどうだ。

「浅沼さんが犯人の体のどこかに噛みついて何らかの証拠が歯や口内に残ってしまい泣く泣く切り取った、とか。これなら首がない説明がつきますよ」

「石動警部補の話を聞いてなかったのか?浅沼は背後から殴られそのままうつ伏せに倒れたんだ。なら犯人に噛みつくなんて芸当はできなかったはずだぜ」

もう少し考えろよと呆れ顔で言われてしまい私はぐうの音も出なかった。

逃げるようにブルーシートの上に置かれた大きめのボストンカバンに目を向ける。中には用途不明な大量の小道具が詰め込まれていた。

「それは被害者の持ち物でね、対象物が通ると音が出たり光ったりする仕掛けのものやペットが遊ぶときに使う自動的に動くボール、古典的に紐にくくられた蒟蒻、数字が書かれた紙が貼られた仏蘭西人形などなど、ごちゃごちゃに入っていたよ。今回の肝試しの立案者は浅沼さん本人だったからメンバーを驚かせるための細工を仕込みに来たんだろう」

浅沼さんは悪戯が好きな人だったのだろうか。私は頭の隅でぼんやりと考えた。

「あと、実は浅沼さんの生前の行動で奇妙なことがありまして」

理解できないとばかりに石動警部補は白髪が目立つ短髪をがしりと掻いた。

「浅沼さんがコンビニの防犯カメラに写っていた時刻が9時3分。このコンビニから屋敷まで歩いて約30分の距離です。つまり単純計算しても屋敷に着くのが」

「9時30分過ぎになる」

先生がかぶせるように言った。

「そうです。初動捜査の際に屋敷中見て回りましたがどこにも浅沼さんの所持品である道具類は置かれていなかった。つまりはバックの中身は浅沼さんが入れた状態のままってことになりますよね。そうすると不可解な事案が発生してきます」

先生は飴をガリガリ噛み砕きながら天を仰いだ。

「浅沼が殺された11時32分までの約2時間、肝試しの準備もせずこんなところで一体何をしていたんだ、ってことか」

空白の時間というやつか。またひとつ謎が増えてしまった。

「浅沼さんが移動手段として車や自転車を使用していたってことはないですか?あとは何処かに寄り道していたとか」

「いや、彼が徒歩だったのは確かだ。コンビニの先にあるビルの防犯カメラに徒歩で移動している姿が写っていたからね。もちろんタクシーを利用した形跡も何処かに寄っていたという目撃証言も無し。真っ直ぐここに向かっていたとみて間違いない」

あっさりと否定されてしまった。しかし2時間…私ならこんなおぞましいところ1秒たりともいたくないが彼にはそうせざるを得ない事情でもあったのだろうか?

「あぁそういえば大切なことを言い忘れておりました。実は遺体からかなり離れた後方にけったいなものが落ちていたんですよ」

おっとうっかりというように石動警部補がぴしゃっと自身の額を叩いた。

「けったいなもの?」

「はい。詳しく調べないとはっきりしたことは言えませんが最低でも4年は経過しているであろう白骨化した人間の骨の一部だそうです」

「ほう、そりゃ重要な『目撃者』だな。人の形を成していないのが残念だ」

口笛を鳴らし皮肉をいう推理作家の脇腹へ肘打ちをしていさめる。石動警部補は気にせず話しを続けた。

「しかもその骨の一部が落ちていた先にある地下のワインセラーの床には最近掘り返したばかりの穴を発見したんです。白骨遺体はこの中に埋められていたんですな」

もしかして…私の中である仮説が浮かび上がった。

「浅沼さんがその白骨遺体の人物を殺した犯人ってことはないですか?あるいは共犯者も一緒にいてともに遺体を運び出している最中にトラブルが起こり浅沼さんはその共犯者の手によって殺されてしまった。これで空白の時間にも納得が」

「つかねーよボケ」

私の推理は先生の罵倒によって打ち消された。

「思い出してみろ、この肝試しの言いだしっぺは浅沼本人だったんだぞ?仮にお前の推理通りだったとして何故浅沼は遺体が埋められている場所を開催場に選んだんだ?犯人ならむしろ遠ざけたいはずだろ。俺だったら誰にも言わないで人知れず遺体を持ち去るなり処理するがな」

いい線いってると思ったが先生のマシンガンのような正論にこんな簡単なことに気づかなかったのかと私は自分自身に軽く絶望した。

「それにひとつ気になることがある」

「それはなんですか鬼頭先生」

石動警部補の目が鋭くなった。

「4年も放置していたやつが今んなって何故遺体を掘り返さなければならなかったんだ?有名な心霊スポットだがそんな奥まで人は立ち入らないしうまくいけば半永久的に隠し通せることができたはずだ。なのになんで『今』なんだ?」

顎に手を置きながら先生はぶつぶつと疑問を口にした。

心霊スポットの洋館、首を切り取る女主人の噂、空白の2時間、首なし死体、身元不明の白骨遺体。見事に不吉なキーワードがずらりと並んだ。

「とりあえずは鑑識、科捜研からの新情報を期待しながら関係者の話しを聞きに行きましょうか。皆さんには昨日から神田警察署に集まってもらっています」

玄関の重厚な扉をくぐると7月のじっとりとした生ぬるい風とともに視界に目映まばゆい光が飛び込んできた。反射的に私は目を細める。

「さっきとはまるで別世界だな」先生はくたくたのトレンチコートについた埃を払いながらぼそりと呟いた。

庭園を抜け錆びて所々朽ちた門扉もんぴの先にとまっているパトカーへと足早に乗り込み、私たちはこの場をあとにした。







「鬼頭先生、聴取はなるべく穏便にお願いします」

神田警察署へ到着したとほぼ同時に石動警部補は先生に小声で矢庭に釘を刺した。当然納得がいかないとばかりに先生は眉間に皺を寄せる。

「なんでだよ」

「あくまで彼らは『関係者』であって『容疑者』ではないのだから今後の捜査がスムーズにいくためにも波風を立てないようにした方が得策だと上から報告があったんですよ」

「ハッ!回りくどい言い方はしなくて結構だぜ石動警部補。ようは圧力がかかったってんだろ?」

石動警部補が言葉に詰まりながら悔しそうにゆっくりと頷く。

「…彼らの両親、ないし親戚連中の多くが有権者や資産家ばかりで身内から醜聞が立つのは非常に困ると口酸っぱく言われたんだそうです。上層部は何を考えているんだ…ただ単に後ろ盾に機嫌を損なわれるのが怖くて媚びへつらってるだけじゃないか。未来ある若者が殺されたってのに自分の保身と世間体しか考えていない、全く嫌になりますわ」

正義感が強い彼にとって事件の真相よりもご機嫌取りにせわしない上層部からの命令は屈辱だろう。

唇を噛み締めながら話す石動警部補を横目に先生は深々と溜め息を吐いた。

「知ってると思うが生憎と俺にはオブラートに包んで話すなんて繊細な真似はできない。親からの甘い蜜を吸っていい気になっているガキどもにごまをする趣味はないんでね。石動警部補には悪いが聞きたいことがあれば遠慮なく聞くし聞きたくないことがあれば聞かない、それだけだ。そもそも『穏便』なんて言葉、俺の辞書には載ってないんでね」

「では今すぐその辞書に書き込んでください先生。アンダーラインを引いて、太字で、しっかりと」

あっけらかんと話す先生をじとり目で睨むとやれやれと言わんばかりに肩を竦ませた。

「生来、俺は相手を怒らせることに関しちゃ天才的だがその逆は無理だ」

「あ、自覚はあったんですね先生」

「うっせえ」

口悪い推理作家にはできる限りの譲歩をしてもらい私たちは関係者たちが待つ会議室へと通されることとなった。(不安は残るがこの際仕方ない)

第2会議室と印刷されたプレートが掲げられたドアをノックし私が先陣を切って中へ入ると不満気な表情をした4人の男女が私たちの姿を見て一斉に顔を上げた。

「遅いわね今まで何していたのかしら?警察は暇人の集まりなわけ?」

切れ長の目が特徴的な女性がのっけから噛みついてきた。フリルのついたオフショルトップスにスキニーパンツが彼女の上品さを漂わせている。

「警察には有益な情報を散々提供したつもりでしたがまだ搾り取ろうとしているのでしたら時間の無駄ですよ」

眼鏡をかけた男性が口調こそ丁寧なものの高圧的な態度で文句を口にする。紺色のポロシャツとデニムのパンツをかっちり着こなし傍から見ればお洒落な好青年だがかなり苛立っているようで眼鏡のフレームをしきりに上下に動かしていた。

「お前たちやめろよ。子供じゃないんだからイラついてるからって警察に当たるのはお門違いだ」

一番奥の席に座る高身長の男性が2人を牽制した。筋肉質でがたいのいい体格に反し無地のTシャツに七分丈のジャケットとカーゴパンツのシンプルな出で立ちでいかにも爽やか系スポーツマンといった感じだ。

「そう言うが七海、関係ない僕たちをこんな時間まで拘束したあげく連れてきたのが胡散臭いおっさんとおつむが弱そうなガキじゃそりゃあ腹も立つさ」

この眼鏡の男性は本人を目の前にしてよくもここまで堂々と悪言を吐けるものだなと私は怒りを通り越し逆に感心してしまった。

「霧島さんも狭山さんも落ち着いて?」

白いワンピースに白いストールを羽織る深窓の令嬢然としたなんとも儚げな女性が高身長の男性に寄り添うように座り落ち着いた口調で話した。よく見ると2人の左手の薬指にはお揃いの指輪がはめられていた。

石動警部補が私たちについて簡潔に紹介をしてくれたのでそれに合わせ会釈をする。先生は糖分補給作業に勤しみながら彼らの一挙一動を観察するように凝視していた。

「相談役、ね。眉唾物だわ」

切れ長の目の女性が釈然としない様子でふんと鼻を鳴らした。

「これからもう一度事件当夜についてお話を伺いたいと思います。一人づつ部屋でお聞きしますので残りの方はこのフロアにある待合室でお待ちください。皆さん、あと少しだけお付き合い願います」

頭を下げた石動警部補に対し一同は口々に不平をこぼしながらのそのそと出て行った。

「まずは俺からでお願いします」部屋に残っていた高身長の男性、七海孝太ななみこうたが声を上げる。

――――くして事情聴取が粛々と開始されたのだった。



「七海さんは浅沼さんとは幼馴染みなんですよね」

石動警部補は手帳に視線を落とし指先で概要をなぞりながら話す。

「そうです、神田栄光橋学園は幼稚園から高校までエスカレーター式なので。幼馴染というか腐れ縁というか、何をするにもいつも一緒だったので大学は別々で寂しいなと話したらあっちも同じ大学を志望していると知ってお互いにこりゃ運命だなと笑いあったものです。あいつが女だったらそのまま結婚コースですね」

力なくあははと笑う七海さんに私は胸を痛めた。当たり前のように隣にいた人がある日を境に突然いなくなるというのは想像しているよりもはるかに苦痛のはずだ。

「あなたは昨夜の肝試しには参加しなかったんですよね、何故ですか?」

「あの屋敷には行ったことがなかったのでかなり魅力的なお誘いだったんですがどうしてもリアルタイムで見たかったテレビ番組があったんで断ったんです。日本経済について評論家たちが侃々諤々《かんかんがくがく》な議論をするあの番組です。視聴率は伸び悩み気味らしいですが俺はあれくらい感情的に意見をぶつけ合ったほうがより真剣さが伝わると思うので好きですね。まぁこんなのアリバイの証明にはならないですが」

その番組なら前にチャンネルを変えた時に少しだけだが見たことがある。悪く言えば恐ろしい形相の御仁たちが延々とお互いを罵り合っているやり取りが続く番組だ。しかし彼はそれを好きだという。単純に好みの問題なのか自分が日本の未来について深く考えていない単線的な子供だからなのか。

「昨夜12日の午後9時30分から11時30分頃はどこで何をしていましたか?」

「先ほど話したようにテレビ番組を見たあとは11時から零時近くまで杏里と一緒に御茶ノ水駅近くのフローラというバーにいました。彼女が前から行きたがっていたのを思い出して誘ったんです」

「杏里って婚約指輪をはめていた女性のことですか?」

私が話すと「あぁそうだよ」と人当たりのいい顔でにこりと笑った。

九谷杏里くたにあんり、大企業九谷グループの社長令嬢だ。大学卒業と同時に式を挙げて彼女のお父さんが経営する会社に就職する予定なんだ。杏里は優しくて気立てがよくて本当、俺には勿体無い女性だよ」

破顔し照れくさそうに頬を掻く。彼はああ言っているが私には七海という名にも聞き覚えがあった。確か教育面で多大な影響力を与える名家だったはずだ。社長令嬢と名家の人間の結婚式、さぞや豪華絢爛ごうかけんらんだろう。

「浅沼に敵はいなかったか」

先生がこの部屋に入って初めて言葉を発した。七海さんはすぐさま「いなかったです」と答えた。

「あいつは俺と違って明るい性格だしコミュニケーション力も高かったからいつも皆の輪の中心でした。恋愛面に関してだって狭山と健斗は親同士が決めた許嫁でしたが良好に見えましたよ。だからあいつが恨まれるようなことあるはずありません」

彼は確固たる自信があるようではっきりと言い切った。

「だがそう思ってない奴はいたんじゃないか?輪の中心ってことはもてていただろう。だったら女を取られたと逆恨みした奴もいるかもしれないし女同士の妬み嫉みも立派な動機になり得る。許嫁がいたとしてもな」

七海さんの意見を逆手に取り先生は追求した。彼はたちまち渋い表情になり「それは、そうかもしれませんが…」と口を窄めた。

「浅沼さんがどうしてあの首切り屋敷で肝試しをしようと言いだしたのか理由を知っていますか?」

「あぁ、それはあの屋敷が近々取り壊されることになったからだよ」

取り壊し?そんなの初耳だ。きょとんとした私にふっと七海さんが笑った。そんなにまぬけ面だっただろうか?

「健斗の親父さんは有名な豪農なんですけど、あの屋敷を取り壊してショッピングセンターを建てると言われたんだそうです。都市開発ってやつですね。だから壊される前に一回行っとこうぜ的なそんなノリで決まったんですよ」

「取り壊しの件、ホラー研究会のメンバーは知っていたわけですね?」

「えぇ勿論です。俺たちが研究室に集まっている時にっこにこで話してましたから。『公にはまだ発表してないから他言無用で頼む。このことを知っているのは俺たちしかいないから言いふらした犯人が俺だとすぐバレちまう』って言ってましたよ」

これでどうして白骨遺体を今になって掘り返しに来たのか、という謎が解けた。

犯人にとってあの屋敷が取り壊されるということは埋めていた遺体が明るみに出てしまうということだ。焦った犯人はすぐに遺体を掘り返しに向かったはずである。となると必然的に怪しくなるのはホラー研究会のメンバー、浅沼さんの父親の5人に絞られる。しかし浅沼さんの父親が犯人なら息子に取り壊しの話しをするだろうか?それどころか何も言わず自分が死ぬまであの屋敷を残しておくだろう。取り壊しなんて以ての外だ。

「浅沼の首がないことについてあんたはどう考える?」

「そうですね」と一呼吸おいてから「頭がおかしい異常者の仕業じゃないですかね?だってそうでしょう、殴り殺したあとにわざわざ首を切るなんてまともな精神じゃできませんよ」と言う。ご尤もな意見だ。

「ありがとうございました。もうお帰りになって結構です。またお話しを聞くことになると思いますのでその時はよろしくお願いします」

石動警部補の言葉に七海さんは軽くお辞儀をし部屋をあとにした。数分後、勢い良くドアが開け放たれ一人の女性が姿をあらわした。高級老舗旅館の一人娘、狭山鏡花さやまきょうかだ。

「私、疲れてるの。手短に頼むわね」

ゆっくりとこちらに向かって歩く様は彼女のすらりとしたプロポーションも相まってまるでファッションショーを間近で見ているような感覚である。狭山さんは静かに座り長い足を優雅に組んだ。

「零時を過ぎても健斗が来ないから霧島が中にいるんじゃないかって言い出したのよ。そうしたら、驚いたわ。だって健斗の首がないんですもの。いったい誰が私の健斗にあんなこと…!」

親指の爪を噛みながら忌々し気に話す。余程早く帰りたいのかこちらが聞いてもいないことをつらつらと喋りだした。

「そ、そういえば狭山さんのご実家は有名な老舗旅館だとか。お忍びで来る芸能人も毎日のようにいるんじゃないですか、いやぁ羨ましい」

この張り詰めた空気を解そうと石動警部補が穏やかに話す。

「冗談。ちっとも羨ましくなんてないわよ。有形文化財に指定されたとか創業1000年以上続いてるとか私にしたら知ったこっちゃないもの。ただ古臭い萎びた宿なだけ。なんでこぞって泊まりにきたがるか理解できないわ。早くあんな宿潰すかなんかしてお洒落な高級スパホテルを建てたほうがよっぽど儲かると思わない?」

冷めた回答に質問の当事者はあははと苦笑いを浮かべた。作戦失敗である。

「昨夜12日の午後9時30分から11時30分頃はどこで何をしていたんですか?」

「あら可愛い探偵さん。そんなに私のことが知りたいのかしら?」

私の質問に彼女の口元が妖艶に微笑む。女豹のような女性だなと私は思った。

「たしかその時間は家で授業に提出するレポートを書き上げていたわ。私の家から屋敷まで大体15~20分かかるけど散歩がてら歩きたかったから11時過ぎに家を出たかしら。その途中の神田水力橋で霧島に会ったんで一緒に行ったわ」

「家にいたのは一人で?」

「そりゃあ実家を出て一人暮らしですからね」

「霧島さんに会ったのは何時頃か分かりますか?」

「知らない。あとで霧島に聞いてちょうだい、あいつ気持ち悪いくらい時間に正確だから分かると思うわ」

「浅沼さんは何かトラブルを抱えていなかったですか?」

「私は健斗の許嫁なのよ?健斗のことで知らないことなんて何一つとしてないわ。答えはノーよ」

狭山さんは途端に不機嫌になった。

浅沼さんを心の底から愛している、というよりは自分のものを取られたくないという子供の独占欲に何処か似ている気がした。人気者の彼を持つ彼女にとって繋ぎとめるのに必死だったのかもしれない。

「あ、でも」

何か思い出した様子で狭山さんが不敵に笑った。

「霧島は優秀で皆から愛されていた健斗のことをライバル視、というよりはひがんでいたのよ。知り合いから聞いたんだけどあいつが告白した女の好きな相手が健斗だったみたいで無様にフラれたんですって。それから何かと競いたがるようになって正直、私もうんざりだったわ。それに杏里も怪しいと思うからちゃんと調べておいて損はないわ。七海は言わなかったと思うけどなにせ健斗の元カノはあの杏里なんだから。杏里は健斗と結婚したがってたけど自分の意見が言えないお人形のお嬢様と明朗快活で人気者の彼とじゃ合わなかったようで健斗から別れを告げたのよ。でも杏里がもしもまだ未練たらたらだったとしたら立派な動機になるんじゃない?」

ふふふと微笑を浮かべる彼女に恐怖を感じる。

「妄想もいいかげんにしておけよオジョウサマ。頼むから勝手に暴走して捜査の邪魔だけはをしないでくれよな」心底馬鹿馬鹿しそうに先生は頬杖をついた。

「なによ随分な言い方するじゃないオジサン」負けじと狭山さんも言い返す。2人の間に激しい火花が散った、ように見えた。

「まあまあ落ち着いて下さい。狭山さんも決めつけでご友人を疑うのは宜しくないんじゃないですか?」

仲裁にでた石動警部補の言葉にとんでもないと彼女は大きくかぶりを振った。

「冗談じゃない、友人でもなんでもないわ。ただ同じサークルに在籍する人間ってぐらいの認識しか私もってないもの」

狭山さんはなおもサークル仲間を痛烈に批判した。

「首がなかったことについてお前はどう思う」

先生は七海さんにしたものと同じ質問を彼女にも問いかけた。

「そんなの私が知りたいわよ。屋敷で健斗の遺体を見たときすぐさま駆け寄ったけどもう彼は冷たくなってて…愛しの彼が殺された挙句首を持ち去られたなんて悲劇以外の何ものでもないわ」

ずっと気丈に振る舞っていた彼女の目に涙が溢れた。

「もういいでしょう?早く帰って休ませてちょうだい」

すっくと立ち上がりドアへと向かう彼女に先生が「あと一つだけ聞きたいことがある」と呼び止めた。

ドアノブを掴んでいた狭山さんは早くしなさいよというように足で床を叩く。ハイヒールのカッカッと甲高い音が部屋に響いた。

「あんた、なんで化粧してないんだ?」

それは私も彼女を最初に見た時から感じていた違和感だった。服も靴も頭から足の先まで有名ブランド品で身を包んでいるのに何故か顔だけはスッピンのままなのだ。

「別に、深い意味はないわ。どうせ走り回ったり叫んだりして汗をかくだろうからノーメイクにしただけ。汗で化粧がでろでろになったらこっちが幽霊扱いされちゃうわ」

そんなつまんないこと聞かないでよねと悪態をついて彼女は颯爽と去っていった。

「……嵐のような人でしたな」石動警部補の独白に私は激しく同意した。

程なくして3人目の関係者である眼鏡の男性が訪れる。一族が代々医者の家系である霧島俊哉きりしまとしやだ。

「おいあんた、狭山から散々告げ口されてたぜ」

彼を見るやいなや先生は楽しそうに話しかけた。私と警部補は先生の言葉に肝を冷やしたが霧島さんは「知ってますよ。本人から直接言われましたんで」とむっとして返してきた。どうやら彼女は霧島さんを冷やかすためにわざわざ待合室まで戻ったようだ。

「自分のことを棚に上げてよく言う。狭山と話してあなた方も分かったと思いますがあいつ、とんでもなく嫉妬深い女なんです。浅沼が他の女性と話していたり少しでも目で追うだけで顔を真っ赤にして怒り狂ってましたよ。浅沼もあんな女と結婚させられるなんてライバルながら哀れだなと同情の念を抱いていました」

子供の悪戯に手を焼くように眉根をひそめた。それにしても、

「七海さんは2人の仲は良好って言ってたのにな…」

「酸いも甘いも知らないお子さまには分からないだろうな」

心の声がだだ漏れだったようで私が呟いた独り言に霧島さんは律儀にも拾って答えた。(辛辣な言葉だったのが引っかかるが)

「七海は典型的なイエスマンなのさ。誰彼構わずへらへらとおべっかを振りまいて本当、ご苦労なことだ。まぁそのおかげで気難しい九谷の父親に気に入られ見事次期社長候補として有力視されているのだからこれもひとえにあいつの『努力の賜物』ってやつだな」

なんとも刺々しい言い回しでサークル仲間を中傷する彼に私は不愉快な気持ちになる。石動警部補も同じなようで苦渋の表情で霧島さんを見ていた。

石動警部補が当夜のアリバイについて聞くと「9時からずっと大学で研究室にこもっていました。多忙なんでね、教授と同じ学部の奴らと一緒にグループディスカションに必要な資料を選別していました。余裕を持って行きたかったんで11時15分ぐらいに大学を出ましたかね。大学から屋敷まで30分前後だったはずなんで」とてきぱき答えた。

「そのあとに狭山さんとお会いしたんですよね?何時頃か分かりますか?」

「11時40分ぐらいに神田水力橋を歩いているときに会いました。どうせ目的地は共通しているので一緒に行きましたよ」

「では霧島さんは浅沼さんの首が切り取られていたことについてどう思いますか?」

私の問いに霧島さんは苦虫を噛み潰したような表情をした。

「知るわけないだろう。どうせあの辺りを彷徨く精神異常者の仕業かなんかじゃないか?というか思い出させるなよ、せっかく吐き気がおさまったのにまた…。もういいですよね気分が悪いので帰らせていただきます」

ふらりと立ち上がり覚束無い足取りのまま霧島さんは部屋から出ていった。

最後は九谷グループの社長令嬢である九谷杏里くたにあんりだ。

控えめなノック音とともに恐る恐るといった様子で九谷さんが顔を覗かせた。私が「どうぞ」と中へ促すとそわそわしながら席につきほっと息を吐く。

「こんなこと生まれて初めてなのでどうにも緊張してしまって…すみません。私なんかで宜しければ是非ともご協力させてください。大切なお友達のためですもの。知りたいことがあればなんでもお話いたします」

九谷さんは透き通った目で真っ直ぐ私たちを見つめた。

「そいつぁいい心がけだお嬢さま、そんじゃ遠慮なく聞くぜ。昨夜の11時から零時近くまで七海と一緒にいたのは事実か?」

真摯な態度をとる彼女に先生は上半身を前に乗り出しぐっと距離を詰め質問をする。

「変えようのない事実です。御茶ノ水駅近くのフローラというバーにいました。確か11時30分頃に孝太さんから『君が前に行きたがっていたフローラに行こう』と連絡がありました。その後お店まで専属の運転手に車を出してもらい11時少し前に彼と合流して零時過ぎまでずっと一緒にいましたよ。バーテンダーの方に聞いてもらえば覚えてらっしゃるかと思います」

「それ以前はずっと自宅にいたのか?」

「えぇ。午後7時頃から親族の方々と映画鑑賞会を開いていました。叔父が映画監督なんですが古き良き時代に習い古い邦画を見て感想を交えながら充実した一時を過ごしました。散開になったところで孝太さんからの電話を受け、待ち合わせをしたんです」

「席を外すことはあったか?」

「映画鑑賞会でもバーでも何度かレストルームに行きましたが精々5、6分程度しか席を外しませんでした」

先生が黙り込んだのでここで質問役が石動警部補へと変わる。

「あなたは浅沼さんと以前交際されていたんですよね?差し支えなければ破局した理由を聞いてもいいですか?」

九谷さんは言いにくそうに困り顔になる。

「…確かに私と浅沼さんは1年ほど交際していました。彼と一緒にいた毎日は宝石のようにキラキラと輝いていてとても幸せだったのですがある日突然別れを切り出されたんです。理由は『俺の言葉に頷くだけじゃなく自分の意見も言って欲しかった』です。はいはいと人の言う通りにして良い子の優等生でいた私に愛想が尽きたんだと思います。彼と結婚まで考えていただけにショックでたまりませんでした」

「では彼にまだ未練がある、と?」

「…狭山さんがそう言ったんですね」

九谷さんはぴくりとまなじりをあげ石動警部補をじっと見た。

「狭山さんは勘違いしています。確かに別れた当時は辛くて辛くて萎れてしまうほど泣き尽くしました。何もかも嫌になって死んでしまおうかと本気で思ったほどに、私は彼を愛していました。ですがもう過ぎたことですし完全に吹っ切れています。何より今の私には孝太さんがいますもの。それで十分です」

彼女はどこか悲しげにそっと微笑んだ。

その後の質問も淡々と答え全ての関係者の聴取はなんとか完了した。

「やれやれ疲れましたね」

緊張の糸が切れた私はへにゃりと机に突っ伏した。

それにしても元恋人や性格が合わない相手がいるこんなサークルにいて彼らは楽しかったのだろうか?私なら気疲れをして胃を痛めること必至だろう。そんなことをぼけっと考えていると隣から私の足をガッと蹴り上げる悪漢が一人。犯人は分かりきっているので敢えて何も言わず足癖の悪い推理作家に目で訴えた。

「なに呆けてるんだよ。仕事はまだ終わってないぞワトソンくん。こっからはお待ちかねのシンキングタイムだ。シャキっとしろシャキっと」

私の渾身の睨みなど目つきがすこぶる悪い先生に利く筈もなく華麗にスルーされてしまった。

渋々と聴取の内容が書かれた書類にざっと目を通す。浅沼さんが殺された午後11時32分にはそれぞれアリバイが確立されていたということ以外特に気になったところはなく私は再び机に突っ伏した。どうやったってこの4人には犯行は無理だ。時間的にも屋敷に行き浅沼さんを殺して首を切り取るなんてこと魔法を使わない限り不可能である。

「どうした九重。いつものくだらねぇアイディアはどうしたよ?今なら絶賛募集中だぜ」

先生がこちらを見ずに言う。下らないとは大変遺憾ではあるが何も思いつかないのもまた事実だ。

「うーん例えば…神田水力橋で会ったっていう霧島さんと狭山さんの供述が嘘って可能性はないですかね?」

「共犯って言いたいのか?」

「はい、でも話しを聞いた限りじゃあの2人が仲良く協力するってことは有り得ませんよね」

「それもあるが実は聞き込みで霧島さんと狭山さんがあの橋にいたという目撃情報があったんだ。残念ながら嘘ではないね」

「えぇ…それじゃあもう打つ手なしですよ」

完全にお通夜ムードに入っていた私たちのもとへ鑑識からの新情報という救世主が現れる。例の白骨遺体の正体が分かったのだ。

上原優季うえはらゆうき、当時18歳。神田栄光橋学園の3年生で4年前に家を出たきり行方不明、か」

鑑定結果を見ながら私たちにも分かるように石動警部補が音読する。ひょいと覗き込めばまだあどけない表情をした上原さんの写真に目が止まる。

「どうやら彼女は思春期によくある家出という理由でろくな捜査もされず早々に打ち切られたようです」

「おいおい立派な職務怠慢じゃねーか。これだから警察は税金泥棒って叩かれるんだよ」

「先生!」

声を荒げる私に「いや、鬼頭先生の仰るとおりだよ」と心優しい警部補は申し訳なさそうに眉を下げた。さすがの先生も彼の姿を見てバツが悪くなったのか乱暴に後ろ頭を掻きよれよれの黒いスラックスから愛用の手巻き式の懐中時計を取り出す。

「おいおいもう7時かよ。時間かかりすぎじゃねぇか」

先生の懐中時計は精巧で美しい機械式のムーブメントが常に見えるようハンターケースタイプではなく敢えてスケルトンタイプにしてある。特にカチカチと規則正しく流麗な機械音を奏でるところはアンティークマニアにはたまらないことだろう。しかしそれほど懐中時計に興味がない私は自分の携帯のディスプレイを確認し、そしてしかめっ面をした。

「…先生、また懐中時計巻き忘れたでしょう。今は7時じゃなくて5時30分ですよ。全く、だからいちいち巻かなくても済むクォーツ式にした方がいいって言ったじゃないですか。先生は物臭の塊なんだから毎日巻けるわけないんですよ」

嫌味を言い終えたその直後、先生が弾かれたように勢いよく顔を上げ私の両肩を掴んだ。いつもの彼では到底ありえないその俊敏な動きに驚き何事かと目を丸くする私の眼前にぐっと先生の顔が近付く。

――――悪戯を思いついた少年のような笑みを浮かべながら。

「それだ、九重」

いや、どれだ。







その日の午後8時過ぎ、またも事件が起きた。七海さんが何者かに襲われ御茶ノ水第一総合病院へと緊急搬送されたのだ。

第一発見者のカップルによると路地裏にある隠れ家レストランへ行く途中で男性の叫び声を聞き急いで駆けつけると七海さんが首から血を流して倒れていたそうだ。傍らには血が付着した包丁。柄の部分には抵抗したときについた七海さんの指紋しか検出されず残念ながら犯人に繋がる手がかりは見つからなかった。傷の具合はというと体は全くの無傷に対し何故か首だけを執拗に狙われ無数の刺傷と切創があったのだと報告を受けた。犯人の異常性がうかがえる。

彼が入院している最上階の病室には『面会謝絶』と赤い文字で書かれたプレートが掲げられていたが先生の歩みは止まることなく勢いそのままにドアを開け放った。

病室には首に包帯を巻き白い顔をした七海さん、涙目になっている九谷さん、椅子に座って雑誌を読む狭山さん、壁にもたれかかる霧島さんのホラー研究会の面々が勢揃いしていた。

私たちの突然の訪問に目が点となっていた4人を尻目に先生は「見舞いに来てやったぜ」とずかずかと入り込む。お見舞いというよりはもはや殴り込みだ。

「いったい何のご用ですか。あなた方の捜査が遅いせいで孝太さんが襲われたんですよ?お見舞いの前にまず謝罪の言葉を述べるのが先ではないですか?」

静かに怒りを露にする九谷さんに私は思わず肩をびくつかせた。それほどまでに冷たく温度のかよっていない声だったのだ。しかし先生は彼女に目もくれず七海さんの傍まで近寄ると、そこでようやく足を止めた。

「その前に七海、あんたが襲われたときの状況を俺たちにも教えろ。犯人の顔は見たのか、見てねーのかどっちだ」

「あ、いえ…暗かったしいきなり襲いかかってきたので分からないです。ただただ殺されないように襲いかかる犯人の腕を掴むのが精一杯で…男か女かも記憶が曖昧で覚えてないんですすみません」

先生の態度に気圧けおされ七海さんはたじろいだ。

「どうして七海さんはあの路地裏にいたんですか?」

少し遅れて石動警部補が小走りに病室に入ってきた。

「気晴らしに一人でゆっくりと食事をしようと隠れ家レストランに向かっていたんです。まさかこんなことになるなんて思いもしませんでした」

「襲われたのは8時頃で間違いないんだよな。じゃあその時刻に他の3人はどこで何をしていたんだ」

「私たちの誰かが孝太さんを殺そうとしたと仰りたいんですか!」

我慢できず大声を上げた九谷さんに七海さんがやんわりと制した。

「俺からも頼むよ。もう同じサークル仲間を疑いたくないしギスギスするのも嫌なんだ、はっきりさせたい」

彼の切な願いを聞き3人は嫌々ながらも首を縦に振った。レストランで両親と食事をしていたという九谷さん、家で風呂に入っていたという狭山さん、同じく家で勉強していたという霧島さん。九谷さん以外の2人には明確なアリバイがなかった。

「分かった」

凛とした声が部屋に響く。先生はポケットから棒つき飴を取り出し口へと放り込んだ。

「分かったって何が分かったっていうんですか?まさか『この中に犯人がいる!』とか推理小説でよくある台詞を吐くつもりじゃないですよね」

霧島さんが落ち着かない様子でフレームを上げながら皮肉る。

先生は「お望みとあらば言ってやろうか?」と意地悪い笑みとともに返した。一瞬にして場の空気がざわめく。

「本当にこの中に犯人がいるんですか?」九谷さんが両手で口を隠しながら肩を震わせる。

「そんな、信じられないです」襲われた当の本人である七海さんも狐につままれたような表情だ。

先生は彼らを一瞥すると私がいるドア付近まで踵を返しターンを決める。ふわりと先生のトレンチコートが弧を描いた。

「まずは浅沼の事件だ。当初、浅沼がはめていた腕時計の針が11時32分で止まっていたことからこの時刻に犯行が行われたとしてアリバイを調べていたが、そもそもこれが大きな間違いだったんだ。本当の犯行時刻はもっと前の9時30分過ぎ、つまり浅沼があの屋敷に訪れ程なくして殺されたんだ。犯人は浅沼を殺したあと腕時計の針をわざと動かし本当の犯行時刻を偽装して自分のアリバイを確保しようとした」

「ちょ、ちょっと待ってください。犯人が腕時計の針を動かしたって…どこからそんな発想が飛び出してきたんですか」

霧島さんが愕然としながらも抗議したが先生は何事もないように答える。

「別に飛び出したわけじゃねぇよ、浅沼のボストンカバンの中身が教えてくれたんだ。あのボストンカバンの中には肝試しで使う小道具がわんさか入っていた。メンバーを驚かせようと早めに訪れ浅沼が仕掛けに来たものだ。しかし警察によるとそれらは屋敷の中のどこにも置かれていなかった」

だから浅沼さんは小道具を仕掛ける前に殺されたという仮説がたてられた。これで謎の空白の2時間は消滅することになる。最初からそんなものは存在しなかったのだ。

「そうなるとあんたらのアリバイも一変して疑わしくなったきたわけだ。さて、この中で9時30分以降のアリバイがない人物が2人います。それは誰でしょう」

巫山戯た言い方だが目は真剣そのもので、じっとその2人を見据えた。自宅でレポートを書いていた狭山さんとテレビ番組をみていた七海さんだ。

「狭山、あんたに聞きたいことがある」

「あら、いったいなにかしら?」肉食動物が獲物に狙いを定める。

彼女は足を組み直し平静を装っているがその顔には明らかに動揺の色が濃く刻まれていた。

「事件当夜、あんたと霧島は屋敷の1階ホールで倒れていた浅沼の遺体をみつけて急いで駆け寄った。確かそうだったよな」

「聴取のときに話したでしょ忘れちゃったわけ?健斗がいつまでたっても来ないから中で待ってるかもしれないって霧島に言われてしかたなく屋敷の中に入ったら健斗の遺体を見つけて―――――」

「そう、そこだよ。あんたはなんであの遺体が浅沼だとすぐ分かったんだ?誰が誰だか分からなかったはずだろ、『首』がスッパリ切り取られていて無かったんだから」

彼女は大きく目を見開き声を呑んだ。

「あんたは最初から浅沼が死んでいるということを知っていたんだ。じゃなきゃ瞬時に特定できるわけがない」

「ち、ちがうわ」

反論するが蚊の鳴くような声のそれはまるで説得力がない。

「それともうひとつ。あんたの服装も違和感があった。屋敷の中は埃だらけだし床が抜け落ちていたり廃材が散乱していて危険だ。にも関わらずあんたはかっちりと全身をお高いブランド品で包んでいたうえ靴がハイヒール、普通の人間だったらそんな格好で来るはずがない」

「だから違うって言ってるじゃない!」

「だったら教えてくれよ。あの深夜の屋敷で、首のない遺体を、自分の許嫁とすぐに特定できた、俺たちを納得させるだけの正当な理由ってやつを」

先生はわざと言葉を区切りながら話した。

唇が白くなるまで噛みしめ、いよいよ黙りこんでしまった狭山さんに仲間たちが一定の距離をとる。彼女に対する紛れもない拒絶である。

「なんでそんな酷いことを!」

激昂した七海さんが彼女を糾弾する。感情を制御できないのか枕を床に叩きつけた。

「だって…仕方ないじゃない、健斗をあのままにしていたら首を取られちゃうでしょう!」

おろおろしていたのが嘘のように狭山さんは憤慨し椅子から立ち上がった。

「取られる?いったい誰に」

石動警部補の問いかけにキッと怒りでギラつかせた目で睨んだ。

「誰に?そんなの決まってるでしょ。あの屋敷の女主人によ!相手が生きていようが死んでいようが関係ない、健斗は全部、全部全部全部私のものなんだから!絶対に誰にも渡さないんだから!」

彼女の余りにも身勝手で独り善がりな妄想に私たちは暫し呆気にとられ絶句した。

「お前…そんな理由で浅沼を殺したのか」

「はあ?なんで私が健斗を殺さなきゃいけないのよ」

霧島さんの言うことを理解できないのか狭山さんは素っ頓狂な声を出し目をぱちくりさせた。

「私はただ健斗を手伝おうと思って9時40分頃に屋敷に行き既に死んでいた彼を見つけただけよ。もう死んでる相手をどうやって殺すことができたのよ?私がしたのは彼の首を切ってテーブルクロスに包んで持ち帰った、それだけよ」

「お前よくもぬけぬけと…っ」

怪我しているのも構わず掴みかかろうとした七海さんに先生が待ったをかけた。

「狭山の言うことは本当だ。こいつは浅沼を殺してはいない」

七海さんが先生にがんをつける。

「犯人の肩を持つんですか!首を切り取ったやつのいうことなんて信じられません!」

先生が七海さんに向けてピッと人差し指を立てる。

「狭山が浅沼を殺していないと言える根拠その1。狭山は化粧をしていなかった。プライドと自尊心が高い女があんなお綺麗な格好をしていてノーメイクだなんていくら汗で落ちるとはいえ考えにくい。なら何故化粧をしていなかったのか」

「しなかったんじゃなくて、できなかったから…?」

私の答えに先生は満足気にほくそ笑む。

「いい子だ九重。そう、首を切るにはかなりの腕力と時間が必要だ。首を切る時間、持ち帰るための移動時間、血や埃がついた洋服から着替え直す時間、あぁその前に体や髪を洗い流す時間もプラスしておくか。と、まぁ諸々全ての作業を行い不審がられないよう待ち合わせにも遅れずに行くためには何かしらの工程を省く必要がある。狭山にはいつものような化粧をする時間がなかったんだ」

「怖い怖い。まるで見てきたような言い方ね」

狭山さんは否定しなかった。

「そして根拠その2。仮に狭山が浅沼を殺した犯人なら犯行時刻を改竄したのも自身ということになる。だが橋の上なんて、確実なアリバイの証明にしてはちと決定打に欠けると思わないか?俺が犯人ならもっと人がいて防犯カメラがある場所…たとえばコンビニ、喫茶店、居酒屋、あとバーとかな」

「え?」

七海さんが信じられないとばかりに先生を見返す。

「9時30分以降のアリバイがなく且つ犯行時刻と錯覚していた11時32分に完璧なアリバイが確保されているのは七海、あんたしかいない」

「こ、孝太さん」

九谷さんが声を曇らせ婚約者の手をそっと握る。

「心配はいらないよ杏里。俺は法に触れるようなことは何一つとしてしていないんだから」

安心させるよう朗らかに笑い頷いた。しかし、

「上原優季」

先生の発言にびくりと七海さんの肩が大袈裟に揺れ笑顔が崩れた。

「もちろん知ってるよな?」

「…知りませんよ上原なんて女性。いったい誰なんですか?」

「へぇ、知らないくせに上原優季が女の名前だとよく分かったな。普通は『ゆうき』なんて聞いたら男と勘違いすると思うがね」

語るに落ちた。彼は金魚のように口をパクパクさせ目を泳がす。

「し、知り合いにも『ゆうき』とつく女性がいるのでそうかなと思っただけです。というか何ですかいきなり。その人と今回の事件どう関係があるっていうんですか」

「大いにある。むしろ犯行の動機といってもいい」

石動警部補に目配せをし彼からビニール袋を受け取ると高らかに掲げた。

「この白骨化した骨の一部は4年前に行方不明となった上原優季本人のものだ。地下にあるワインセラーの床に埋められていた。さて七海、本当に上原優季のことを知らないっていうのか?あんたはよく知っているはずだぞ」

「だから、知らないって再三いってるじゃないですか。あなたはよほど俺を人殺しにしたいんですね」

「――――彼女があんたと同じクラスの同級生だったのにか?」

七海さんがピタリと動きを止めた。

「調べ直したら色々なことが分かりましたよ。上原さんがあなたと同じ神田栄光橋学園に通っていたこと、クラスが同じだったこと、席が隣同士だったこと、そして上原さんが人目を忍んで産婦人科に足を運んでいたこと。当時の医師に話しを聞いてきました。上原さんは妊娠4ヶ月だったそうです。しかし父親の名前は一切明かさなかった」

「え…?」

九谷さんが握っていた手を離した。その目は疑惑と困惑に満ちて震えていた。

「…何が言いたいんですか」

恫喝的どうかつてきな声で七海さんは先生を威圧した。彼の本性が垣間見えた瞬間だった。

「単刀直入に言う。4年前に上原優季を殺して埋めたのはあんただ」

「おいおい冗談だろ七海、お前まさか」

「ははっ馬鹿馬鹿しい。冗談でしょう」

慌てる霧島さんをよそに七海さんは嗤笑ししょうした。

「一度整理しよう」

先生はポケットから新しい飴を取り出し咥える。

「4年前、なにかしらのトラブルが起こりあんたは上原優季を殺して腹の中の胎児もろとも地中に埋めた。そしてその4年後、何事もなく平穏に過ごし九谷グループのご令嬢との婚約も決まっていたあんたに浅沼から屋敷を取り壊してショッピングセンターを建てるという計画が上がったことを聞かされた。焦ったあんたはすぐさま遺体を回収しに向かったがここで不幸な事故が起こってしまう」

「肝試しがその日に行われてしまったこと。そして浅沼さんが準備をするために早くに来てしまったこと、ですか?」

「もう一つ付け加えると遺体を掘り返している現場を浅沼に見られてしまったこともそうだ。浅沼は我が目を疑っただろう、なんせ自分の幼馴染がせっせと白骨遺体を掘り返していたんだから。恐慌し逃げた浅沼をあんたは追いかけ転がっていた廃材で後頭部めがけ殴り殺した。その後アリバイを作るために浅沼の腕時計の針を動かして屋敷を去った。あとは何食わぬ顔で九谷を偽りの犯行時刻に呼び出せば自分と九谷のアリバイが確保される」

「自分だけじゃなく九谷さんまでアリバイを用意したのは何故ですか?」

石動警部補は訝しげに尋ねた。

「九谷は自分が大企業の社長になるための大切な土台だ。間違って犯人にされてしまったら結婚できなくなるかもしれないだろ。だから2人分のアリバイは必要不可欠だったんだ」

九谷さんがその場に崩れ落ち人目も憚らず涕泣ていきゅうした。

「…そんなの全てあんたの妄想だ。現に俺は犯人によって命を狙われた」

婚約者を慰める余裕がないのか彼は眼前の敵にしかその眼に映さない。

「それはあんたの自作自演だ。俺たちという危険分子の登場によって動転したあんたは捜査線上から自分を外すために包丁で刺して被害者に成りすまそうとした」

「証拠は?証拠はあるんですか」

「凶器の包丁にあんたの指紋しか付着していなかった。これが証拠だ」

「はい?どうしてそうなるんですか、意味が分かりません」

馬鹿にした笑いをするも先生は至極真面目だ。

「分からないか?あんたは確かにこう言ったよな『ただただ殺されないように襲いかかる犯人の腕を掴むのが精一杯』と」

「だから、それがどうしたと――――」

「おかしいだろ?腕を掴んでいたのならなんで柄の部分に七海、あんたの指紋がついていたんだ。部分指紋ならともかくべったりと。そこは犯人が握っていたんだからあんたの指紋がつくはずがない、そうだろう?」

彼はハッとし何か言いたげに口を開くが先生はそれを許さず捲したてた。

「それだけじゃない。あんたは180cmを越える大男だ。そんな相手に体のどこにも傷を負わせず首だけを一点に狙うなんて殺すにしては効率が悪すぎる。むしろやり返されるのがオチだ」

「だ、黙れ!俺が優季と健斗を殺したっていう決定的な証拠もないくせにデタラメを言うな!」

「『優季』ね。へぇ本当はそう呼んでいたのか」

 口に手をやり七海さんは一瞬にして青褪めた。

「確かに殺害そのものに対する証拠はない。しかし上原優季を埋めてから心配で心配でたまらなかったあんたは足繁なくあの屋敷に通っていたはずだ。なら屋敷の至るところについているんじゃないか?4年分の積もりに積もったあんたの指紋が。鑑識が屋敷のありとあらゆる箇所から不特定多数の指紋を採取している。その中に屋敷に行ったことがないとはっきり断言していたあんたのものと一致したら一発で嘘だと分かるぜ。その時あんたがどう弁解するかいやはや見物だな」

「孝太さん…嘘、嘘よ」

「ち、ちがうんだ杏里。俺はそこのクソ野郎にはめられたんだ。そうとしか考えられない。頼むよ杏里信じてくれ俺は君の夫となる男だろ?なぁ助けてくれよ頼むよ杏里、杏里」

未だ自分の行為を認めず身の清廉潔白を訴え婚約者に縋り続ける哀れな男。

それに嫌悪感を覚えたまらず顔を背けた私の目に映ったのは、青色の怒気を孕んだ断罪者の冷然たる横顔だった。





その後の取り調べで七海さんは全面的に犯行を自供した。彼の供述通り上原さんと胎児の白骨遺体が発見され、親子は4年ぶりに帰りを待つ家族のもとへと返された。

動機については『お腹の子を認知して欲しい』と上原さんに言われこの事が家族や学校側にバレればせっかく貰えた名門大学の内定が取り消しになってしまうと恐れての凶行だった。そんな事のために殺されてしまった上原さんとお腹の子があまりにも不憫でならない。

その2日後、今度は浅沼さんの首の捜索が行われたがしかし不可解なことが起きた。狭山さんが供述した山中からは首を包んでいたテーブルクロスしか発見されなかったのだ。彼の首を取られたくない狭山さんが嘘をついたものと考え彼女を問い詰めたが酷く狼狽ろうばいし暴れたためその可能性は限りなく低い。捜索範囲を広げてみたが結果は変わらずに終わった。

またあの首切り屋敷だが、自分が取り壊しのことを話さなければ息子は死なずに済んだと嘆いた浅沼さんの父親が都市開発の計画を白紙に戻した。取り壊しの件から完全に手を引いたのだ。



若い男の首を切り落とす女主人が住む首切り屋敷は今も、あの場所に建っている―――――




《首切り屋敷殺人事件 完》

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