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無邪気の楽園  作者: YOGOSI
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無邪気の楽園



 さて、ここからは後日談になる。



 私の両親に事情を説明したときは、あの幼稚園に行った事を、嘘偽りなく伝えた。少し怒られたが、まあなんにせよ無事で良かった、と言われた。



 あの幼稚園にあった人形はなんなのか。


 意外なことに、それは両親が知っていた。



「あの幼稚園は本来、隣町の幼稚園と合併するはずだったんだけど、建物的にはこっちの方が新しくて、園児数も多かったんだ。でも、通うのに不便だとか、色んな大人の理由でこっちが廃園になって、市の幼稚園が新しく改装されたわけ。で、それを悲しんだ保母さんがいてね。あの人形は、その人が作ったものなの」



 どうも、母さん達とは知り合いのようなものらしい。



「その人は遠くの保育園に異動が決まってて。で、廃園になるときに、卒園できなかった園児に人形をあげたのよ。で、いい人で慕われていた先生だったから、『先生行かないで』ってなるわけじゃない?園児は皆、廃園が取りやめになることを祈って、その人形を幼稚園のどこかに隠したんだって」



 それで、取り壊しの日にちが決まってから、ずっとあんな状態なの。そう母さんは言う。



「守ってる、って言い方は違うのかもしれないが、生霊みたいな、濃い思念のようなものが蠢いててな。下手に壊すと危ない、なんてその手の人も言うもんだから。まあ、出てこなくなるまで、定期的に手入れをしてるんだそうだ」



 昼間の決まった時間は、彼らが出ないらしいし、外に出ることもないらしい。まあ、そんなことを聞いても、もう二度と行く予定はないが。



「基本的に悪霊じゃないし、憑くとかそういう類のやつじゃないから、大丈夫だって俺の親も言ってた」



 その後の土日、金曜日は愛咲が家に泊まり、その次の日は私が愛咲の家に泊まって、迎える月曜日。



 学校の休み時間に、昔を振り返るような形で、私たち五人は集まる。



 紗子のお見舞いの話がメインだ。私と愛咲、そして男子三人は変な結びつきのようなものを感じ、親しい間柄になっていた。



「紗子はちょっと入院するって。ごめんね、って言ってた」



 佐々木くんたちも、あれからあの事件を忘れるように、土日遊んだらしい。



 紗子は病院で意識を取り戻したが、あの一件でトラウマめいたものが植えつけられ、精神不安定な状況にあるらしい。



「あの時の紗子ちゃん、おかしかったもんな」



 梶田くんが言う。



「男にちやほやされて舞い上がったんじゃないの?」



 愛咲もさほど気にしてはいないのか、言葉はともかく紗子に対する口当たりはそこまで苛烈でもない。



「いや、にしてもあれはちょっと酷かったかな。なんか酔ってたみたいだった」



 お神酒の所為かな。梶田くんがそう仄めかすと、俊明が私に尋ねる。



「そういやさ、最後出るとき、なんで正面の部屋はダメだったわけ?」



「確かにそんなこと言ってたな、雨深ちゃん」



 梶田くんも気になっていたようだ。



「そう言えば、あの時は珍しく雨深が強気だったわね。理由とかあるの?」



「あー、なんとなく、だけど」



 私はそう言葉を続ける。



「あの子たち言ってたじゃない?『外は駄目』ってさ。鍵もかけてないのに、外に出てこなかったし。でも、鍵は空いてて、私たちは入れた。なんで?」



「そりゃあ、私たちを中に入れるためじゃないの?」



 私は否定する。



「だったら、あそこだけ開いてた意味もないよね?全部開ければいいし。それに、あの子達は外に出れないし、干渉ももできない」



「幽霊が鍵とか、必要ないんじゃないか?」



 確かにそうだ。だが、そうだからこそ、あそこだけ開いていた意味がある。



「多分、あそこだけなんだと思う。『鍵が開いて、人間が通れるドア』は」



「何が言いたいんだよ?」



「管理されてるんなら、なんで職員室の窓は溶接されていたの?」



 出口、という意味合いであれば、まあ至るところにそれはあった。窓は多かったし、廊下にもあった。



 あんなことが起きる場所だ。逃げ道は多いほうがいいのに、そこを何故か塞いでいる。



「鍵のかけ忘れがないように?」



 愛咲が答え、私は頷く。



 そう、あの施設のすべての鍵を点検するのは手間だから、管理人が出入り口を一つにしているのではないか?



「つまり、他の扉とかも、同じように絶対開かないようになってた、ってことか?」



「そうだと思うよ」



 私たちは窓を退路として見ていなかったが、きっとどの窓も職員室と同じように開かない工夫がしてあるはずだし、すべての入口に関してもそう。



 鍵の施錠で開くドアは、あのドアただ一つだったのだろう。



「じゃあ、やっぱりあの鍵は、あの子供たちが開けたの?」



 愛咲の問は、半分合っていて、半分違う。



「曰く、あったでしょ。『何もないのに遊具が揺れる』って。あの子たちは、外に出ない」



 そう、あの子たち『は』。



 俊明は少しだけ、青ざめた顔をする。遅れて皆、そのニュアンスに気づく。



 そう、彼らは、中にいた『良い子』が全てではないのだ。



「つまり、あの幽霊の中に、鍵を外して、わざわざ外に遊びに出る奴がいたってことか?」



 私は頷く。



 元から居たのだ。あそこに一人か二人、外に出る『悪い子』が。




「紗子がおかしかったのも、それのせいかもね。やたら乗り気だったし」



 あの日はお祭りだった。人が大勢やってくる中で、私たちに、というか紗子に狙いを定めたのかもしれない。この辺は憶測でしかない。



 本当にあの幼稚園にいる『悪い子』が導いたのか、それとも偶然なのか。事実はわからない。



「でも、なんのために?」



「それは勿論、私たちをあそこに導くためだよ」



「それで、何の得があるんだ、その幽霊には」



「子どもに損得はないよ。楽しいからやる。それだけ」



 私の言葉に、皆言葉を失う。



 職員室は、外から丸見えだった。あの時、外で私たちが慌てふためくのを笑ってみていた存在がいるのかもしれない。



 最後の三つの部屋の、正面の扉を開けたのも、きっとそうなのだろう。



『悪い子』にとっては、それこそが滅多にない『遊び』なのだろう。



 あの時、正面の扉を選んでいたらどうなっていたのか。もしかしたら出れたのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。



「……俺、マジであの辺近寄らないようにするわ」



「私もそうする」



 皆一様に、気づかなければよかったという顔をした。



 人形はあの幼稚園の中にある。地縛霊のようなものだ。そう広範囲には動けない。



「そのほうがいいかも。やっぱり、人間が近づいちゃダメな所って、あるよ」



 様々な憶測は容易いが、やはり結論の出るものじゃない。



 今生きている。それが全て。



「肝に銘じます」



 梶田くんが胸に手を当てて誓った。



 そう、やはり人間は人間の世界で生きていくべきだ。彼らの世界に足を踏み入

れるべきではないのだ。



 あの幼稚園は彼らの楽園であり、私たちが侵略していいものではない。



 もしかしたら、彼らには悪意がないのかもしれない。態度にすれば、むしろ友好的なのかもしれない。しかしそれでも、やはり受け入れられるものでは決してない。



「さ、紗子に買っていくもの決めよう!」



 私が気分を切り替えるために手を叩く。



 そうして、私の話は終わりになる。



 だけど。



 きっとこれからも『悪い子』は、あの扉の鍵を開け、外に出て、ブランコに跨って外を眺めるのだろう。



 次の『先生』で遊ぶために。



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