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無邪気の楽園  作者: YOGOSI
4/7

楽園の始まり


 最初の部屋は、特に変哲もない十五畳ほどの部屋。部屋の隅には机や椅子が重なって置いてある。


 確かに、不思議と床は埃っぽくはなかった


 収納スペースのような場所も梶田くんが開けてみるが、特になにもなかった。


「御札でも入ってればおもしろかったのに」


 そう梶田くんは笑っていた。


 左奥の通路からその部屋を出ると、二人くらいが並んで歩ける廊下で、正面と左に部屋がある。左は同じような造りの部屋で、奥の部屋は本を置いてあった部屋なのか、大きな本棚が二つあるだけだった。



 右には正面玄関へと続くだろう十五段程の上り階段があり、赤いカーペットが敷かれている。



 建物全体に言えることだが、蜘蛛の巣もなく、鼠などが生息している気配もない。言葉はおかしいが、綺麗な廃墟だ。


「普通だね」


 つまらなさそうに、梶田君が呟く。


「しかし、なんで手入れされてるんだろうな。このカーペットだって、多分そうだぜ」


 佐々木君がカーペットをなぞる。ゴミは付着していない。


 部室の畳より綺麗だ、とジョークを混ぜる。まあ、笑いは起こらなかったが。


「避難所とかに指定されてるんじゃないの?」


「いや、それは小学校あるし」


 階段を上った先は左折になる。また暫く廊下があり、左手には幾つかの部屋、通路の奥にはトイレ。途中で右に曲がれば体育館らしきスペース。そこから正面入り口に繋がって、終わりである。


「正面入ったら、直ぐに体育館なんだね」


「幼稚園で体育館って言い方はおかしくない?」


「じゃあ何ていうの?」


「さぁ、それはわからないけど」


 愛咲もだいぶ慣れてしまったようだ。口ぶりにも余裕がある。


 廊下の左には、先ほどと同じような何もない部屋と、職員室らしき大きな部屋。入ってみると、中には片付けられたデスク、そして椅子が放置されている。


 皆で中に入り、周囲を見渡す。


「この部屋、外から丸見えだな。ライト消そう」


 ライトを消しても、月明かりが部屋を照らしていた。弱々しい光だが、薄い影が六人分伸びる。


「しかし、思った以上に何も無いな」


 机の引き出しなどを容赦なく漁りながら、俊明が笑う。


 廃墟といえど、あるのは机や棚だけで、他のものは一切撤去されていた。まあ、当然といえば当然だが。


「後は体育館だけだしね」


 そうして、梶田くんが園長先生のと思わしき席の椅子に腰掛けた、そのときだった。


 水の流れる音が、あたりに響く。


 聞き覚えのない音ではない。水洗のトイレの、水が流れるような音。


 それはまさに、この先にあるトイレから発せられていた。


「……なんで?」


 佐々木くんが引き攣った笑みを浮かべる。


「水はまだ流れるって、話だったけど……。だ、誰かがトイレを借りに、先に入ったとか?」


 その現実味のなさは、言葉の震えが証明していた。


「……シっ!」


 愛咲が皆に沈黙を強要する。そして、次の瞬間。


 部屋の前の廊下を、歩く足音が響く。絨毯なのでそこまで大きな音はしないが。




 トト、トトト……。




 皆、息を呑み、言葉を失う。


 足音は下のほうへと去っていった。


 視線を合わせる皆、冷や汗を浮かべ、引きつった顔をしていた。


「何今の……」


 声を潜める。何かに見つからないように。


「足音、じゃね」


 状況を把握して尚且無意味な回答をする俊明に、イラついた声を愛咲は出す。


「そんなのわかってるわよ」


 それがなぜ苛つくのかというと、その足音は大人ではありえないほど小さかった。


 そう、まるで子どもが駆けるような。


 廃園になった幼稚園で、子どもの足音。誰だって、子どもが侵入しているとは思わない。


「と、とにかく、出よう」


 佐々木君が提案し、皆それに応じる。


「ここから外に出るか?靴は外から回収しておけばいいだろ」


「でも、そしたらここの鍵はどうするの?」


「そんなの、管理人のミスってことになるだろ。とりあえず、出よう」


 そうして、窓ガラスをあけようと試みるのだが。


「……開かない」


「なんで!?」


 紗子が声を張り、皆に視線でとがめられる。


「……後から溶接されてる。此処、見ろよ」


 窓ガラスは動かないように固定されていた。手の込んだことだ、と言いたいが、普通の廃墟にはない現実に、焦りが襲う。


「割っちまうか?」


「いや、流石にそれはやばいだろ?」


「大丈夫だって。俺らが割ったなんて証拠はないし」


「携帯は?」


「……圏外!?嘘だろ?民家もあるんだぞ!?」



 男子のああでもない、こうでもないという切羽詰った議論を聞き流しつつ、皆の様子を伺う。ちなみに、私の携帯は電源すら入らなくなっていた。


 愛咲は予想外に冷静だが、紗子の様子はどうもおかしい。


「どうしてこんなことに!そもそも、俊明君がここに行こうなんて言うから!」


 男子たちの会議を遮るような、ヒステリックな叫び声がした。愛咲もそう言いたかったのだろうが、状況が状況だけに声を潜めていた。


 怖がりの方が、実際恐怖と対面した時に冷静を保てるのかもしれない。


「ちょ、大声出すなって!」


 声を潜めようともしない紗子に、俊明が人差し指を口に当てながら注意する。


「だって――!」


 その言い訳は、最悪とも言える反応によって掻き消えた。



――先生?



 閉じたドアの向こうから、華奢な声がした。


 私たちはまた閉口して、気配を消す。


 扉の向こう側に、何かがいる。皆、それを理解していた。が、その次の瞬間。


 大勢が押し寄せる足音と共に。




――先生?先生だ。先生が来た。




 左から右へ。



 先ほどとは比較にならないほどの足音と、明確に聞こえる声。それは明らかに人間のものではない。



 高かったり低かったり、ハウリングしていたりそうでなかったり。ガラスと扉が揺れる。


「鍵は!?」


 声を潜めて、佐々木くんが指示を出す。


「かけてる訳ないじゃん!」


 私も声を小さくして返す。今から鍵をかけるにも、扉に近づくことは恐怖でできない。



 そうこうしているうちに、廊下にいる彼らの行動は苛烈さを増していく。




――トン。トントン。バンッ!



 扉をノックする音から、扉を叩く音へ。


 ポルターガイストとでも言うのだろうか。机が揺れ、壁が揺れ、ガラスが揺れる。




――先生、いるんでしょう?遊ぼう?遊ぼうよ。退屈だよ。何してるの?ねえ。ねえ。




「やめてっ!」


 男女なのかどうなのかもわからないその声に、紗子が反応してしまう。


 その言葉通り、声も、扉を叩く声もぴたりと止まる。


 沈黙が、恐ろしい。私たち五人は、紗子を危険物のような瞳で見ていた。






――先生だ。先生だ。先生だ。先生だね。





 無数の声が紗子を確認する。嬉しそうにはしゃぐ気配に、悪寒が走る。扉の向こうでは何が起こっているのか。考えるに恐ろしい。





――遊ぼう。遊ぼうよ。何する?鬼ごっこ?縄跳び?それともかけっこ?





 ドタドタと騒ぐ気配がする。こちらの気配が知れた以上、紗子に何かしらいい答えを返してその場を凌いで欲しい。のだが。




「もう、何なの!?あっち行ってよ!私は先生でもないし、遊びたくなんてない!」



 そう叫ぶように紗子が言い放つと、怒号のような声が響く。




――遊んでよ!遊んでよ!どうして遊んでくれないの!嫌だ嫌だ!



 そして、最悪の言葉が飛び出す。



――遊んでくれない先生なんて。




 要らない、要らない、要らない、いらない、いらない、いらない、いらない――。



 まるで子どもが癇癪を起こしたような、しかし不気味で恐ろしい声。



「やばいぞ、紗子!」



「五月蝿い!あっち行って!」


 紗子は全てを拒絶するかのように、私たちの言葉さえ拒絶する。




「あ、あー。隠れんぼ、隠れんぼしよう!せ、先生が鬼な?」


 総言葉にしたのは梶田くんだった。


 一瞬の静寂。





――隠れんぼ。隠れんぼ。先生が鬼。




 嬉しそうな声が響く。


「ナイス梶田!」


 俊明が親指を立てる。


「じゃ、じゃあ、二百数えるから、その間に隠れるんだぞー?」


 震える声を押して、梶田くんが言葉にする。


 そうして、梶田くんが数を数えだす。


「悪霊、って訳じゃないのか?」


「知るかよそんなの!とにかく、これで出られるんじゃないか?」


 佐々木くんも、梶田くんのアイディアに乗る。


「梶田、できるだけゆっくり数えろよ」


 この状況で一人声を張り上げる梶田くんは、負担も大きいだろう。しかし、梶田くんは頷き、できるだけゆっくりと数を数え始める。


「そもそも、紗子ちゃんが声を上げるから!」


「何よ!ここに連れてきたのは俊明君じゃない!」


 身も蓋もない議論にすり変わりそうなのを、私と愛咲が止める。


「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」


「そうだよ。なんとか逃げなきゃ」


 そう言うと、皆一旦静まる。梶田くんが数える数字は二十になった。


「あの部屋まで行けば、出られる」


 俊明の言葉を、皆すがるように信じる。


「それも無理そうなら、ガラスを割って一目散だ。土下座してもいいから隣の民家に駆け込もう」


「私としてはもうガラスブチ割りたい気分なんだけど」


「ま、まあ、穏便に済ますことができる手段ができたことだし。でも、もしかしたら、今なら普通に出られるんじゃ――」


 私がそう言った、言ってしまったとき、皆、気付いた。




――梶田くんが数を数えている間は、彼らは出てこないのではないか?




 しかしそれは、ここに梶田くんを置いていくということでもあり。


 梶田くんの表情が、怯えに変わる。


「何言ってんだよ、数え終わってからのが確実だろ?なんせかくれんぼなんだ――」


 そう俊明が言うにも拘らず、動き出す陰。


「紗子っ!?」


 紗子は一目散に駆け出し、扉を開けて廊下に出て行った。


 梶田君のカウントは三十。全力で走ればあの部屋まで十数秒。気配を消しもせず、浴衣が乱れるのも気にせず、紗子は、逃げた。



「紗子っ!」



 私が廊下を覗き込むと、またあの声がする。




――先生だ。女の先生だ。一緒に隠れよう。隠れよう?鬼が来るよ?鬼が、鬼が――。




 私は瞬間、扉を閉めていた。




「雨深!紗子は?」



 私は全力で顔を横に振る。その刹那、紗子のものと思われる悲鳴が、小さく響き、そして消えた。



「……マジか」



 佐々木君の顔から、はりぼての笑顔さえ消える。



 沈痛な時間が流れるが、梶田くんのカウントは進む。皆、それに押されるように意識を持ち直した。



「何があったのかは知らないけど、気絶してるだけでしょ。あの部屋に行くわけだし、回収していけばいいよ」



 愛咲のその意見に、しかし佐々木君が反論する。



「そんな簡単によく言えるな!こんな訳分からない状況で!」


「静かにしろよ!お前も『先生』になりたいのか!」


「机も、六個あるしね」



 私の言葉に、皆静まる。



 よく見ると、職員室の机は園長先生のものを入れて丁度六つ。偶然なのだろうが、それに気付いて俊明が顔を蒼くする。



「――とにかく!カウントが終わったら、外に探しに行く体で外に出る!そこからはダッシュで敷地外に!紗子もいるだろうから、佐々木、頼む」



 私は気丈に振舞っている愛咲の元へと。


「全く、だからガラス割って外に出ればいいのに」


 声は震えているが、理性は失っていないようだった。


「でも、こんなことになってるってことはさ、ガラスとかさ、破ったら駄目なんじゃない?」



「どういうことよ?」


 私は推測で話す。残りのカウントは百。なんとも長い二百秒だ。




「あれってさ、子どもだよね?」


「……まあ、そうでしょうね」


「ガラスとか割る姿を見たらさ。あの子たち、そういうことを覚えるよ。そして、ここから出ていくんじゃない?」



「出て行くって、どこに……?」




「そりゃあ……、知ってる人たちのところに」



 寂しさを埋める為か、それとも冒険心か。無邪気に、そして悪意無く。



 だが、決してそれが私たちに害を為さないと決まっているわけではない。



 そう、私たちと彼らはもう、違う存在なのだから。



「あの子達は、職員室に入ってこなかった。つまりは、ここは少なくとも、今は安全で。そして、彼らは真面目な『良い子』」



 しかし、いくら呼んでも出てこないのならば、彼らもここに入ってくるだろう。私たちだってそうするから。



「私たちは先生。先生がガラスを割って逃げたのなら、きっと彼らも真似をするよ」



 子は親の背を見て育つ、という言葉もある。少なくとも、彼らの前で不当な行為をすることは、自分たちの生存すら危うくさせるような気がした。



 ここを取り壊しもせず、隔離しているのには、それ相応の理由がある。やはり、ここに立ち入るべきではなかった。少なくとも、私たちのように遊び気分でこういうところに入る『悪い子』は。



「知ってる人って、私たちも含まれるわけ?」



「見られちゃったら、そうじゃないかな?」



『先生』になってしまった紗子や、梶田くんは、二度と此処に近づかないほうがいいだろう。出きれば、の話だが。



「っていうか、雨深、余裕あるわね」


「いや、怖いって言えば怖いけどさ。まだ、皆居るから」



 正直に言って、滅茶苦茶怖い。紗子の悲鳴がしたときは、脚から力が抜けそうになった。



 俊明は馬鹿だけど、此処に来た責任を取ろうと奮闘している。佐々木君もそうだ。梶田くんも、震える声でカウントを決してやめない。紗子は、まあ、今日一日強がって、疲れていたんだろう。そう思うことにする。



「人がいいわね」



「よく言われます」



 こんな状況でも、小さくても笑えることが救いだった。



「つまり、ここのガラスやら何やらを壊さないほうが後々の為じゃない、って事」



 私が考えたことを、皆に愛咲が伝える。そちらのほうが説得力がありそうだったからだ。リーダーシップという奴だ。悲しいかな、私は統率力に欠けている。



「まあ、確かにここから出れても、憑いてこられたら意味無いもんな」



 佐々木君も同意する。



 ここに確かに存在する『彼ら』を、『良い子』にしたまま、私たちは外に出なければならない。



 とどのつまり、良い子であれば私たちに害を為す存在ではない、ともいえる。そう考えると、紗子のことにも希望が持てる。隠されているかもしれないけれど、この廃墟には隠れるところは少なく、相手はこの世のものではないが子どもだ。隠れんぼだろうが、異次元とかにいなければ見つかるだろう。



 それが『悪い子』になればその定かではない。だから、ガラスを割るような真似はするべきではない。人間でさえ恐ろしい不良に、霊がなるのだ。その恐ろしさは想像ついたものではない。



 私の意見は、多少なりとも皆に希望を与えたようだ。少なくとも、下手な行動をしなければ呪いたたられることは無い。憶測だが、希望がないよりマシだ。



「に、二百……」



 梶田君のカウントが終わる。数秒の沈黙。安全な時の終わり。

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