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無邪気の楽園  作者: YOGOSI
2/7

お祭りと廃墟Ⅱ

 そして、その祭り当日。


 その日は、祭りには持ってこいの快晴。茜色の夕焼けが周囲に溶け、まるで空気自体が赤みを帯びているようだ。


 過疎化している町には似つかわしくない喧騒と、笛と太鼓の音が響いて、それが人の心をどうしようもなく掴む。


 その神社は、新しく整備された道路から、少し旧道に入るとある。


 周囲を松に囲われ、古びた石段は然程高さもなく、緩やかに境内へと続いていく。周囲から本殿の様子は見えないが、木々の隙間から明るい光が漏れ出している。


「うっわ、結構本格的?」


 愛咲が淡いピンク色の浴衣をはためかせる。帯もそれに合わせたものらしく、あどけなさと大人っぽさが奇妙な割合で混合している。


 一言で言ってしまえば、綺麗だ。


「祭りなんて、あんまり参加したこと無いけど……。賑やかだね」


 紗子は紫色の怪しげな雰囲気漂う浴衣。これがまた、紗子のスタイルを良く映し出す。浴衣で一番変わったのは紗子だろう。制服には無い色気のようなものがある。


「まあ、ここは一番大きな神社だしね」


 掻く言う私は赤い色の浴衣。活発なイメージを生み出す私の印象は、歳相応。似合っていないとはいわないが、今回は二人の引き立て役でいいのだ。


 三人のサンダルが鈴のように、地面を擦る音を立てる。


「しかし、男どもは何してんの?女子を待たせるとか」


「先に来てるって話だったけど。紗子、連絡してみてよ」


 連絡役に紗子を選んだのは、無論、俊明の携帯電話の番号、その他諸々を入手する、いや、させる為だ。


「う、うん……。ちょっと待って」


 やや躊躇いがちに、電話をかける。


 そして、一言二言交わした後に、呆気なく電話は切れる。


「本殿のほうに居るって」


 その様子を見て、愛咲がため息を吐く。


「もうちょっと頑張りなさいよ」


「そ、そうだけど……。やっぱり、緊張するし」


 紗子は浴衣をしきりに気にするが、乱れてしまえば自力では直せない。愛咲もその辺は良く分からないらしく、これが似合っていることを祈るしかないのだ。


「まま、本番はこれからこれから。今日一日で落とせとは言わないし」


 今日は俊明が紗子を知るきっかけでいいと、私は思っている。


 が、愛咲はどうやら違うようだ。


「何甘ちょろいこと言ってんのよ。こういうのは勢いが大事なの。告白するのに今日以上のシュチュエーションはないわよ?」


「確かにそうだけど。紗子、やれる?」


 私たちが視線を送ると、紗子は顔を夕日のように輝かせて首を横にふった。



 本殿へと続く石段の脇には、焼きそば、カキ氷、お面、綿雨、クジ売りなど、様々な店が立ち並ぶ。人並みを避けるように、石段を登っていく。


 男子に奢らせよう、と、三人で眺めて笑う。祭りに誘う代償は文字通り安くない。


「お、いたいた!こっちこっち!」


 本殿近くのその一角に、男子三人はたむろって居た。


 通常開かれない本殿の扉が開かれ、今日だけはその内部を覗くことが出来る。まあ、余り興味は無いが、獅子舞関連の装飾品が納められているのだろう。広場には獅子舞の準備がされ、まだ小さいながらも人の輪が出来つつある。


「なにしてんの、あんたら」


 男子たちは、何か透明な液体を少量、大人たちから分けてもらっていた。


「お神酒だよ。お祭りだし、貰っておかなきゃね」


 そういってそれを飲み干すのは、A組の梶田君。失礼かもしれないが、名前は知らない。



 理系で成績もよく、どこか優男のような顔。身体は俊明とくらべるとなよなよしているが、大人しそうに見えてお祭り騒ぎが大好きらしい。それでよく先生に怒られている。


「そーそー。酒は駄目だけど、お神酒なら許されるだろ」


 大人の人が笑いながら、『んなわけあるか、一杯だけ、特別だぞ』と言って豪快に笑った。


 お祭り騒ぎ。そんな言葉が正しい、皆の中で何かを期待する空気が渦巻いている。


「え、えっと、それ、飲んでも大丈夫なんですか?」


 紗子が声を上げる。


「お、サエちゃんノリいいねぇ」


 そうやって盛り上げるのはC組の佐々木くん。こちらも申し訳ないが名前は知らない。


 体格がよく、柔道部に所属している。筋肉なのか脂肪なのか良く分からない体つきをからかうと、とんでもないことに遇う。


 基本的に仏のように優しい男子だが、怒ると鬼のように怖く、先輩も迂闊に近づかない。柔道部なのに坊主でもない、というのは多少の偏見があるのだろか。


 紗子がお神酒を貰っている間に、愛咲に話しかける。


「確かに悪くない面子だけどさぁ。愛咲、よくこれでオーケーしたよね」


 彼女の判断が何を基準にしているのかはわからないが、愛咲のお眼鏡に適いそうな男子ではないような気がした。


「私を何だと思ってんのよ。クラスメイトの恋の協力ぐらいするわよ」


 二年になって、クラス替えがあり。愛咲も紗子もその時に知り合った。愛咲は男女共に敵が多く、クラスでも賛否あるけれど。


「何だ、意外といい奴じゃん?」


 私がからかうと、愛咲が顔を引きつらせる。


「意外とって何よ。ほら、私たちもお神酒貰いましょ!」


 照れ隠しなのか何なのか。とにかく、彼女がただの意地悪い女子でないということを知っただけでも、お祭りに来た甲斐はあるような気がした。


 さて、そのまま皆で美味しくないお神酒を飲み干し、適当に出店を回り、獅子舞を見て。


「お祭りってさ、付き合ってでもない限り、何をやるって訳でもないのよねー」


 愛咲が詰まらなさそうに呟く。


 何か特別なものを期待するわけだが、まあ正直に言えば、そんなものはなく。


 何もかもが普通。恋人なら何かにつけていちゃいちゃできるだろうが、友人同士ではそんなことも起こらない。


「まあ、私たちにその気があるのが紗子だけだからね」


 私と愛咲は、気持ち遠めに、男子三人の中に勇猛果敢に挑む紗子の姿を眺めていた。


「私としては、親から特別にお金貰えるから、損は無いけど」


 臨時収入の五千円は、懐で温まっている。


「男子に結構奢らせといて、それ言う?雨深も結構悪女じゃない」


「いやいや、お代官様には適いませんて。愛咲様のご助力が無ければ、ここまでの戦果は無かったでしょう」


 焼きそば、綿雨、カキ氷にジュース。まあ、たいした額ではない。筈。


「よきに計らえ」


 そう愛咲が返すと、何だかおかしくて笑い出す。


 獅子舞もそろそろ仕舞いになりそうだ。太鼓と笛の音が一段と盛り上がる。


 周囲はもう真っ暗で、祭りの名残火のように漏れ出す光を頼りに歩くしかない。石段を外れた、眼には感じない緩やかな傾斜は、気をつけて歩かないと転んでしまいそう。


「そういえば、あの噂の幼稚園、この近くなんだよね?」


「あ?ああ、そうだけど」


「何それ!聞きたい聞きたい!」


 そういうものが好きそうな、梶田くんが食いつく。


「心霊スポット的な?」


「いや、そうじゃねーんだけど。まあ、変なことが起こるっていうか?」


 愛咲の表情が一転する。


「何それ面白そう。ちょっと見に行こうよ」


 そういう流れに、なるに決まっているのだ。お祭りで高ぶった精神に油を注ぎ、燃え上がるよう。


「私は嫌だからね」


 愛咲がそうきっぱりと言えるのは、祭りで高ぶっていないからであり。そして、時にその全うな意見を、『空気が読めない』と言う人が居るのは確かである。


「えー、愛咲ちゃん行かないの?」


「行こうよ愛咲!別に、ちょっと見るだけだって」


 紗子は完全にのぼせ上がっている。まるで酔ってしまったかのよう。お神酒がいけなかったのかもしれない。


「行かない。私そういうの嫌いだし。帰ろ、雨深」


 私を呼んで、石段を降りようとする。


「怖いの?」


 紗子の、嫌味を多分に含んだ、優越感のような言葉に、愛咲は立ち止まる。


 しかし、愛咲の視線は冷静そのもの。


「そうよ。怖いの。だから帰る。危うきには近寄らずってね」


「ふーん……。じゃ、私たちだけで行こっ!」


 紗子が男子の腕を取る。


「お、おう……」


 男子は愛咲の明確な拒絶に気が引けたのか、紗子に押されるように歩き出す。


「はぁ」


 私も、その方向に歩き出すと、後ろから声がした。


「雨深は、そっちに行くの?」


 その悲しそうな、拒絶の意を込めた声に、私も反論する。


「別に私は行きたくないけどさ。あの四人、だいぶテンション上がっちゃってるからね。止める奴いないとやばいでしょ」


 帰ってから母さんにあの幼稚園の事を聞いた。


「あそこ、やっぱ不用意に近づかないほうがいいって。傍を歩く程度なら問題ないけどさ。あの様子だと、何しでかすかわかったもんじゃないし。それで問題になってもヤバいし」


 梶田君はともかく、佐々木君はまだ冷静な判断力があると信じたい。


「つーわけで、適当に解散させてくるわ。浴衣、洗って返すから。ありがとね」


 そうして踵を返す。腐っても地元だ。暗くても四人が何処へ向かったのかも朧げに分かる。


 そうして愛咲と別れ、幼稚園のほうへ向かう。石段を真横に進み、林を抜ければ直ぐそこだ。だんだんと、光が遠くなっていく。


 歩きだして直ぐ。私とは違う足音がするのに、気付く。土と草を踏み歩く、独特の音。やや歩調を早くしても、私についてくる。



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