お祭りと廃墟
日本では少子高齢化が進んでいる、というが、田舎は実にそれが顕著だ。
私の住む某県某町も、その中の一つだ。
町だからという理由ではなく、隣の市も、子どもの数は着々と減少傾向にある、らしい。
「そんなこと言われても、実感ないよね」
私こと、八城雨深が言うと、友人も頷く。社会の勉強後の休み時間だった。
七月上旬にして、うだるような真夏の日差し。学校には、空調があるがその冷房は微弱である。節電がどうとか言われているが、こちらとしたらたまったものではない。
高校二年、文系。大学に進学希望。
それ以外は特に自分で自慢できることのない女子である。強いて言うなら、胸も頭も運動も、すべてが平均値であることくらいか。これは意外とすごいことだろう。
「でもさ、幼稚園とか、保育園とかじゃないけど、学外保育所みたいなとこ、結構潰れてるよ?」
「わかるわかる。中学校も昔は六中まであったらしいよ?今は三つしかないけど」
私は隣にある福田市の、変哲もない公立高校に通っている。自転車で三十分の距離。
「うちの地域は元々、そういうの一つしかないから」
我が町は小学校も中学校も一つしかない。幼稚園に至っては、ない。
都会では、小学校で『お受験』なるものが通例らしいが、私たちは基本的に、高校受験までエスカレーターだ。
「クラスは二つが精一杯だよ」
過疎化。
それは私たちでも、如実に感じる。小学校が統合したり、空き教室があったりと。
『もしかして、ここって将来性ない?』
と、実は皆、内心では思っている。だからこそ、将来をかける価値がある都会に皆旅立っていく。
その結果、やはり地方はますます過疎化し、都会は潤う。
そんな悪循環、というか、都会に良い所を吸われているような理不尽感が、田舎にはある。
確執めいた間柄ということではないが、やはり都会と田舎というのは、どこか利害関係で敵対しているように思える。
「皆は大学出たら、こっちで就職する?」
まだずっと先のこと。そう思いはするけれど、その瞬間はやがて訪れる。
さあ、と控えめに答える声。
「でも一応、大学は行かないとね。ここに戻ってくるにしても、少しは都会の経験も欲しいし」
幾島紗子がそう答える。紗子は高校で出来た友人だ。
頭はいいけど、少し考えが硬い。目や鼻はくっきりとしていて、長い黒髪の美人ではあるのだけれど、委員長をしているように見えるせいか男子には然程人気がない。本人もそれを気にしている。実際は委員長などではないのだけれど。
「大学は同意だけど。私はそのまま都会か、そこでできた彼氏の地元に住みたい。専業主婦で悠々自適の生活もいいわね」
そう思いを語るのは片桐愛咲。
垢抜けた茶髪に、露出が普通の四割増。可愛い仕草や写真写りを研究しているだけあって、男にモテる。
小悪魔的な雰囲気で男を手玉にとって遊ぶのが趣味なちょっとヤバイ奴。彼女にしたいという男は校内外から後を絶たないが、真剣に交際というものをした男子はいない。
『都会の大学に入るまでの男は遊び』と女子に豪語していて、彼氏だのなんだのには興味がないそうだ。女子内でも彼女の好き嫌いは大いに別れる。
私がなぜこんな二人と会話をしているかというと、まあ同じクラスで席が近いという、ただそれだけだ。
友人ではあるが、親友ではない。そんな距離感。
紗子はともかく、私は別に愛咲も嫌いじゃない。自分に正直な人は好きだ。それに、根は良い奴だと思うのだ。
女子というのは、基本的に猫をかぶる生き物だから。
そう言う意味で、『大学に入ってから猫被る』と宣言している彼女は実に潔い。
夏の暑さを誤魔化すように、私たちは宛のない会話を続ける。冷房はあるが、直射日光が当たる窓際の席は、夏場は暑く、冬場は寒い。
前にいる人間の学力が高いとか、真面目だとか言われるのは、黒板の右上に着いているエアコンの恩恵を一心に受けることができるからではないのだろうか。
「なになにー?真面目な話!?」
「でたな、海坊主」
おちゃらけた調子で話に割り込んでくるのは、金田俊明。
私の幼馴染、というほどではないが、小中と同じ時を過ごした男子。テニス部所属の、爽やか系ボーイ。お調子者だが、それが女子には好印象だったりもする。私はタイプじゃないけど。
「海坊主ってなんだよ。ただの坊主頭だろ?テニスやってると、髪の毛邪魔なんだよ」
そう言って俊明は頭を撫でる。こいつのテニスへの情熱は本物だ。幼少の頃からやっていて、昨年は一年にして県大会上位。今年は全国大会を目前にしている、と噂されている。
そんな付加価値もあり、こんな坊主頭でも女子には人気だ。
「私的には、髪の毛あってテニスしてたら最強だったんだけど?」
愛咲が笑いながら青い頭部を見つめる。男に求める物が愛などではない彼女にとって、見た目でマイナス判定なのは致命的らしい。
しかし、もう片方にはどうか。
「どう思う?紗子」
私が話を降ると、紗子は小さく飛び上がり、こちらを向く。
「へっ!?ああ、うん……、別に、いいんじゃないかな」
「だろ!?いいよな、坊主頭!洗うのも乾かすのもスゲー楽だぜ!?」
「……女子に説明してどうする。私たちは坊主になんかしないよ」
その頭を叩くと、ざらついた感触と、いい音がする。
いってーなぁ、と頭を撫でる俊明を見て、紗子が笑う。
紗子が俊明のことを好きだ、というのは、まあなんとなくわかる。俊明は、紗子を見た目で差別せずに、気安く話しかける数少ない男子だから。
そうなると、まあちょっと協力してやらんでもない、というのが友人、というか私の性である。
「で、何の話?」
こいつはなんで私たちの間に割ってきたのか。少し気になる女子がこの中にいるのではないか。
いいじゃないか、紗子。希望はあるよ。私は恋のキューピット気分だ。
「大学出たら、ここに戻ってくるかどうか、って話」
私が切り出す。
「紗子は戻ってきてもいいって言うけど、愛咲は嫌だって。あんたは?」
私が適当に話を振ると、俊明は大げさに自分を指差す。
「俺?俺は将来プロノテニスプレーヤーだからな。都会どころか、舞台は世界中って感じ?」
「あーはいはい。もし億万長者になったら、愛人にでもしてよね」
愛咲がげんなりとした表情で一蹴する。夢を見ているようで、一番現実を知っているのは彼女なのかもしれない。
「でも、将来戻ってきて、この学校がなくなってたら、少し寂しいよね」
紗子の言葉に、私たちも、調子に乗っていた俊明も、言うべき言葉をなくす。
今はなくなってしまえと憎しみさえ抱く場所ではあるが、私の通った小学校、中学校、幼稚園。確かになくなってしまうのは悲しいような気がした。
まあ、確かに――。
そんなセンチな言葉を返す前に。センチメンタルという言葉を知っているのかどうかさえ怪しい男が口を開く。
「そう言えば、うちの町にあるあの幼稚園、まだ取り壊されてないよな」
「へ?うちの町に、幼稚園なんてないっしょ」
「今はないけど、母さんたちの時代はあったんだって。ほら、あの駄菓子屋の向かい側」
「あ、ああー。そう言えば、そんな建物あるね」
私の家の近くではないが、俊明の家から、町で唯一の小学校までの道のりに、確かにそんな建物があった。
少子化の煽りを受けたといっても、随分前。まあ私たちが通っていないことから、二十年前くらいには閉園しているはず。
「でも、二十年前ってことはバブル期でしょ?その頃に閉園なんてありえるのかな?」
日本にはベビーブームという、よくわからないブームがあったそうだし、その頃は少子化とは無縁だったような気もするのだが。
「そんなの俺でもわかんねーよ。でも、子ども向けの遊具もまだ撤去されずに残ってるしさ。どう見ても幼稚園だ」
「解体費用がないとかじゃないの?建てるのにもそうだけど、結構お金かかるってさ、ああいうの」
「そうかもしれないけど、そのまま放置ってのは、流石にどうかと……」
紗子と愛咲が答える。と、俊明はにやりと笑って二人に向き合う。
「まあ聞けよ。その幼稚園、俺の母さんに聞いたところ、『あそこで遊ぶな』って強く言われたんだ」
「廃墟なわけでしょ?建物も遊具も、劣化して危ないんじゃない?」
二十年放置すれば、建物も痛むだろう。
「確かにな。だが、それだけじゃない。あそこは旧道で、車も滅多に走らないが、それでも人通りが全くないわけじゃない。それでな、こんな話があるんだよ」
曰く、風もないのに、遊具が揺れている。
曰く、幼稚園の中で何かが動く気配、または音がする。
「これは曖昧だが、視線を感じたという人もいる」
そこまで言うと、愛咲が焦った声を上げる。
「ちょ、ちょっと、そっち系の話?私マジでパス。そういうの、信じて無いし、苦手なんだよね」
「えー、意外。私は結構好きだけどな」
紗子が興味津々といった様子で頷く。まあ、俊明の発言ということも加味して、ということだろう。
「心霊スポット的な?私、そんな話聞いたことないけど」
近くに全国的にヤバイ、テレビで霊能力者が入ることを拒否した心霊スポットがあることは知っている。が、その幼稚園が心霊スポットであるという噂はたったことがない。
「そう言うんじゃないと思う。でも、閉園してるのに、なんか業者みたいな人が出入りしてるらしい。なんつーか、怪しくね?」
「怪しいのは確かだけど、好奇心は猫をも殺す、っていうじゃん。どうせ、昔に誰か死んじゃったとか、そういうのでしょ」
愛咲がとことん拒絶する。
しかし、その可能性も俊明は否定する。
「いや、その幼稚園で誰かが死んだとか、そう言った話は一切ないんだ。でも、心霊的な現象が起こる。不思議だろ?」
「まあ、確かに不思議ではあるね」
程度はあるにせよ、心霊スポットというのは、それらしい『曰く』がついていて当然だ。それを知った上で行くことが、恐怖を煽る。
つまり、『ここには幽霊が出る』という認識で行くからこそ怖いのだ。そこがそうと知らずに行けば、少なくとも怖くはない。何かが起こらない限りは。
ちなみに私も、そんな噂を聞いたことは全くない。
「で、そういうことで」
俊明の口調が変わる。
「……そういうことで?」
私は聞き返す。
「実はさ、今週末に、その幼稚園の近くの神社で、祭りがあるんだよ。獅子舞とかもあるしさ。出店もそれなりにでるし。お三方、どうかなって」
その現実的な誘いに、愛咲は安堵し、紗子は強ばる。
「へぇ。そう言う魂胆か」
愛咲が笑うと、俊明も媚びた笑みを浮かべる。アホらし、と私はため息を吐いた。
「夏祭りには、随分早いね」
紗子が真面目な返しをする。
「うちらの町は、地域ごとに神社があって、その地域ごとに祭りをやるんだよね」
つまるところ、小さな祭りが数回、夏の間に繰り返される。最初の地域の祭りが、今週末ということだろう。
「そういうこと。適当に騒いだら、その幼稚園で花火でもやろうかって」
「うえぇ……。それ、怒られないの?」
愛咲は露骨に嫌そうだ。
「旧道沿いであまり車も来ないし。それに、水道もまだ通ってるらしい。後始末きっちりやれば大丈夫だって」
で、どうする?
俊明が改めて聞く。
「私はいいけど……」
紗子のために、私が先に頷いておく。
「じゃ、じゃあ、私も、行こうかな……」
紗子が、普段見せない勇気を見せる。委員長のような厳格な雰囲気だが、紗子には自分から何かをするという意識があまりない。無論、ふざけている男子に注意もしない。
「花火しないんなら、行ってやってもいいけど。そもそも、廃墟って言っても人様の土地なんだし。勝手に入るのはダメでしょ」
そして怖がりゆえに、意外と常識のある愛咲。
人から嫌われるのと、幽霊から祟られるのでは、俄然後者の方が恐ろしいことは確か。
「よっし!じゃあ決まり!金曜日だから、学校終わったら集合で!場所はまた後日教えるから!」
金曜日が本格的な五穀豊穣を祈る獅子舞。
土曜日は神社に縁のある、まあつまることろ、神社を祀る地域を回る。人が最も集まるのは金曜日。ご老体は、ああいう見世物が好きらしい。
「で、男はあんただけ、ってことはないんでしょ?」
愛咲が興味を示した。
彼女は彼氏がいない。大学に行くまで彼氏を作らないとは言っていないから、彼女のお眼鏡に適う人物は現れていないということなのだろう。
「C組の佐々木と、A組の梶田が同行を希望していますが、宜しいでしょうか?」
私は、まあ誰が来ようとどうでもいい。紗子も俊明がいればいいだろう。要するに、愛咲の一声で決まる。
「……まあ、暇はしなさそうね」
期待を含んだ許可の言葉に、俊明は顔を綻ばせる。
「じゃ、そういうことで!浴衣、準備してこいよ!?」
「はいはい。わかったわかった」
私がそう言うと、俊明は他の男子に伝えるために教室を飛び出していく。
「浴衣かぁ。昔のでいいかな?」
不安そうな紗子。
「それでもいいけど、私の浴衣貸して上げようか。好きなんでしょ、俊明のこと」
愛咲が紗子をおちょくるように言う。赤面して俯く紗子。
「お、それいいね。私も借りていい?」
「いいよ。浴衣なんて着る機会あんまないのに、うちのお父さんが持ってくるんだよね」
「愛咲のお父さんが?」
「そ、うちのお父さん、デザイナーだから。こんな片田舎でなにやってんの、って感じだけど」
「マジ!?それって凄くない?」
私たちは、心霊スポットの話など忘れ、数日後に着るだろう、浴衣の煌びやかさに心を奪われた。