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拳銃使いのデッドナイト  作者: 夜風リク
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どうにも株式会社は存在しないらしい。後編

「ええぇええぇ?」


 少女のセリフを聞いた俺は、突拍子もない声を上げてしまう。少女の言動があまりにもおかしかったからである。

 ――株式会社は存在しない。

 はっきり言ってやろう、誰がなんと言おうとも、それは絶対にありえない。


 株式会社は、この世界にしっかりと存在するのだ。しかも少しではない。俺の記憶が正しければ、零細企業まで含めれば、1000以上、いやもっと存在していたはずだ。逆に、存在していない方が甚だおかしい。

 自分の会社を作りたい奴なんて、それこそ、掃いて捨てるほどにいるのだから。みんな一攫千金を夢見ているのだろう。


 ちなみに、俺は一攫千金を夢見ていないし、まして会社を作ろうとも思っていない。会社を作るのって、詳しくは知らないけれど、なんだか面倒そうだからさ。


「……なに、その反応」


 俺の深い思考を断ち切るように、少女は、気に食わないというような表情で見つめてきた。

 俺はそれに反応する。


「いや……だってさ、おまえが株式会社は存在しないとか言うから」


「……だって、株式会社はもう存在しない」


 不機嫌そうな顔で反駁する少女。そのセリフを耳にして、俺はなんとなく引っかかるところを発見した。

 それを言ってみる。


「『もう』ってことはつまり、株式会社も前はあったってことなのか?」


「……うん、前はあった。たしか、え~と……2060年……今から20年ほど前に、パンでミックが発生して、感染体――つまりゾンビが出現。そのゾンビが猛威を振るったことによって、もう、株式会社は存在しない。もちろん、株式会社以外の場所だって被害を受けて、ほとんど壊滅した。警察も、軍も、医療機関も、ぜんぶぜんぶ……」


「――ちょとっまたぁぁ!」


 少女のツッコミどころが有りすぎる話を聞いて、ほぼ本能的に、俺は大声を上げてしまう。

 それに少女が顔をしかめる。

当然だ。自分でやっといてなんだが、自分でも、さっきの大声は嫌気が差すほどにうるさいと思った。


 これは謝るべきだろうと思って、俺は「わ、わるい」と頭を下げた。

 それに少女は、「べつにかまわない……」と極小のボリュームで呟いた。俺の耳にはギリギリで届いてきた。


(まさか緊張しているのか……?)


 俺の脳には一抹の疑問がよぎってきたが、そんなことよりも少女に言ってやりたいことがある。

さっきの少女のセリフについてだ。さっきも言ったと思うのだが、少女のセリフにはツッコミどころが多すぎる。数え切れないほど……ではないが、見過ごせないほどではある。


 訂正してやろう。

 俺はしょうもない決意を胸に秘めながら、口を開いた。


「さっきおまえは、『2060……今から20年ほど前に、パンでミックが起こった』。そう言ったよな? けどそうすると、現在は2080年ということになってしまう。2060+20は2080だから……うん、合ってるよな。――けど、それははっきり言っておかしい。だって今は、2080年なんかじゃない。2030年なんだ! それに、軍や警察だってまだ残っているし、医療機関も全滅してない! まだまだ現役バリバリだ!」


「……ちがう、今は2080年。絶対に。それに色々な機関だって、ほとんど全滅した。今残っているのは、LES武装鎮圧総合機関ぐらい」


 俺の言葉を聞き、だが少女は、尚も反論を仕掛けてきた。頑なに、今は2080年だと言い張る。その様子から見るに、簡単に意見を変えることはないだろうと思われる。強情な女の子だ。よく言えば初志貫徹。わるく言えばわがままと言ったところだろうか。


(どちらにせよ、今は2030年なんだけどな……)


 胸中でしみじみと呟きながら、俺は少女の顔を見てある一言を言ってやった。

「じゃ、じゃあさ、なんか、今が2080年だって証拠付けるようなものを見せてくれよ。なんでもいいからさ。そうすれば、今が2080年だってことを信じてやるよ」


「……ほんとう?」


「お、男に二言はない」


「……わかった、じゃあ、今が2080年だって証拠付けるような物を探してくる」


「ああ……」


 俺は控えめに頷いた。

 少女は、本当に探す気になったようだった。

 ツルツルの岩から立ち上がった、と思ったら、やる気満々の顔で自分の身体をまさぐり始めたのだ。


 まずはポーチ。

 腰辺りに付いたポーチに手を突っ込んで、ガサゴソと頑張り始めた。しかし手触りだけでは、証拠品を見つけることはできなかったようである。

 少女はなんの躊躇もなく、ポーチの中身を地面にばら撒き始めた。ゴトゴトと音がする。


 中には色々な物があった。

 色の褪せた地図、携帯用の小さなナイフ、数個の飴玉、ロープ、そして木製の櫛。髪留め。

他にも様々なものがあったが、ポーチの中に証拠物はなかったのだろう、少女が早々にポーチの中にしまったので、よく見ることができなかった。


 ポーチの中の物色を終えると、次に少女は、懐の中を探り始めた。後ろを向いて、自分の服の中を覗いている。

 幾らなんでもそんなところには入ってないだろ……と思ったが、マジマジと見ていることがばれるとイヤだった。少女と初めて出会ったときは、実際マジマジと見つめてしまったし……。


 今回の事がばれたら、実に2回目の犯行となってしまう。仏の顔も3度まで、という言葉があるように、これ以上の犯行は露見してはいけない。


 ――て、あれ? 3度までということは、2回目はまだセーフ? というか3度までなら、3回目まで大丈夫じゃないか? 言葉の意味をそのまま捉えるなら、必然的にそうなるな。となると、少女に声を掛けて犯行がばれたとしても大丈夫なのではないか? 少女も、2回目の犯行は見逃してくれるのではないか?


(おお……!)


 仏の顔も3度までという言葉の偉大さを思い知って、強く、俺は感嘆の息をもらした。それでも結局、少女に声を掛けることは自重したが……。なんだかよくない予感がしたのだ。


 等々俺が黙考している内に、少女は作業を終わらせたらしい。諦観したような表情で、服の中を覗くのをやめていた。 

 その身体からは悲壮な雰囲気が漂っている。

 残念なことに服の中にも、証拠となりそうな物はなかったようだ。数分間、躍起になって探し続けていたというのに……。苦労は報われないものだな。


 一転して、俺の勝利は刻一刻と近づきつつあるが……。

 それでも少女は諦めなかった。

 悲壮な雰囲気を漂わせながらも、瞳には揺ぎ無い闘志が! 不屈の闘志が! 炎のような闘志が! ありありと宿っている。……気がした。


 歯切れの悪い思考をする俺をよそに、また少女は捜索を開始した。

 だが今度は、自分の装備品から捜索するのではなかった。

 ふらふらと頼りない足取りで歩き初め……と思ったら、なんと、洞窟の中を探索しはじめた。必死さの伺える行動。どうやらこの少女は、なにがなんでも俺との戦いには負けたくないらしい。

 負けず嫌いなのだろうか?


(まあ、少女の行動を見るからにその線は濃厚だな……)


 別にどうでもいいが。

 俺は無駄な思考をシャットダウン。


 それから少女に視線を向けた。

 その動きと同時だった。


 少女が腰を屈めて、既視感のある紙を手に取った。

 それは新聞紙だった。

 カラーの写真が載っていて、文字の海が躍っている。モノクロの写真もあった。

 汚れはひどかった。

 破れている箇所もあちこちに見受けられるが、ギリギリ解読はできそうだった。


 少女はそれをコチラに持ってくる。俺の目の前に立つと、得意満面の表情で突きつけてきた。


……近い。

少女の突きつけてきた新聞紙は、俺の顔面から距離にして1ミリすらも離れていない。もはや密着状態だ。おかげ新聞紙から放たれる悪臭が、俺の鼻を直撃している。臭すぎだろ……。それはもう我慢できないほど。

 鼻がひん曲がってしまうレベルである。


 耐えかねて俺は息を止めて、


(この新聞いつのだよ……)


 心の中で毒づいた。

 そして新聞紙をさりげなくどかし、


「おまえ、近すぎ……」


 また息を吸ってから少女に言った。

 新聞紙をどかす時にに使った掌には、気持ち悪いヌメッとした感触が残っている。少女の持ってきた新聞紙が、嫌というほどヌメヌメしていたからだ。湿ってもいた。小さなキノコも生えていた。

顔に押し付けられたときに見えた白いのは……うん、想像するのはやめておこう。


「……とりあえずこれ見て」


 勝ち誇ったような表情で、少女は新聞紙のとある場所を差す。

 俺はそちらに視線を向けて、


(なっ……)


 背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 なにを隠そう、新聞の発効日が2078年だったからである。


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