どうにも株式会社は存在しないらしい。前編
洞窟の中は氷のような冷たさだった。外とは比べものにならない程である。
俺は少女の後ろを着いていき、目指した場所まで着いたのだろう、少女の足が歩みを止めた。
すぐ近くには小さな岩がある。その表面は平ら。
座るにはちょうど良いだろうな~、と思っていると、少女がそこに腰を降ろした。
「……あなたはそこに座って」
言いながら少女が示した先には、これまた小さな岩が発見できた。少女の座っていると岩と同じく、見事に表面は平らだった。
ちなみに暗い洞窟の中で、どうして俺が少女の動きを認められるかというと、それには1つの理由がある。
魔封石。
少女がポケットから取り出したソイツが、とんでもない光量を誇っているからである。おかげ洞窟の中は、真昼間のような状態だ。
(それはそうとして……)
魔封石の正体って、一体なんなんだ。
俺はもう18年の時を生きているが、魔封石なんて初めて見た。今までに聞いたこともない。
暗い場所に持っていくと発光する石……そんな物は見たことなくもないが、魔封石とは光量違いすぎる。
天と地の差だ。
このままだと気がかり過ぎるから、あとで少女に聞いてみようか。100パーセント、彼女なら知っているだろう。
なんせ持ち主なのである。知らないほうがおかしいというものだ。
俺は心の中で思慮しながら、少女の示した岩に腰を降ろした。
岩は冷ややかだった。
「……まず聞きたいことがあるんだけど、いい?」
俺をここまで連れてきた少女は、起伏の少ない声で尋ねてきた。
「ま、まあ、いいぜ」
俺は噛むことなく、平静な声で応えることができた。よくやったぞ――俺。自分で自分の頭を撫でてやりたいぐらいだ。
いや、流石にそれは気持ち悪いか?
――うん、想像したら、吐き気を催すほどに気持ち悪かった。
眼前に座る少女は、不思議そうな瞳をしていた。その視線の先にあるのは、俺の腰である。そこにはちょうど、レッドファイアが収められていた。
「……それはなに?」
少女は言いながら、視線だけではなく、指まで駆使して俺のレッドファイアを示してきた。ほっそりとした薬指が、レッドファイアの方を向いている。
「これか?」
俺はレッドファイアを取り出して、
「こいつはレッドファイっていうハンドガンだ」
別に隠蔽する必要もないので、至極正直に応えてあげた。
「……ハンドガン?」
小首を傾げる少女。その表情はまるで、ハンドガンという物を知らないかのようだった。
だが、そんなことはありえない。
この世界は魔物の跋扈する世界。
魔物は、厄介なことにいつどこからでも現れる。そんな魔物に対抗するため、ほぼ確実に、老若男女が武装しているはずなのだ。もう大人子供とかは関係ない。まだ筋肉もない赤子などはその限りではないかもしれないが、最低でも、7歳ぐらいからは武装している。
で、その武装に便利なのがハンドガン。
ハンドガンの利点は携帯性。
威力はライフルやマシンガンと比べるといささか劣るが、それらの武器は、反動が尋常ではないのだ。マズルフラッシュも半端ない。それに重い。訓練を受けていない凡庸な子供が、扱えるような代物ではないのである。
大人だって、かさばるからという理由で、ハンドガンを好んで使う者は多い。
まあ実際、ハンドガン以外の武器は大分かさばる。ヘビーマシンガンなんて最悪だ。あいつは最も小さいのでも、60キログラムほどの重さがある。
筋骨隆々のたくましい大人でも、持ち歩けるような物ではない。
ゆえに、この世界の主流はハンドガンなのである。世界にある物のなかで、一番有名と言っても語弊はない。
少なくとも、テレビや鉛筆などよりもは遥かに有名だろう。
だから、少女がハンドガンを知らないなんてことはありえない。
断じてないはずなのだが……少女は、ハンドガンってなに? というような表情をした。俺の目がおかしくなれければ、間違いない。
(これは、真偽を確かめる必要がありそうだな……)
俺はドキドキの心境になりつつも、自分的には真摯な表情で、少女に向かって尋ねてみた。
「おまえ、もしかして、ハンドガンというものを知らないのか……?」
すると少女は、
「……うん」
と頷いた。
(なんだって……!!)
少女の答えを聞いて、俺は飛び上がるほどに愕然とした。失礼な行為だとはわかっているが、身体が勝手に反応してしまったのでしょうがない。
(まさか、ハンドガンを知らない奴がいるなんてな……)
しみじみと、感慨深く、世界の広さを実感させられる俺である。そう、世界は広い。なんてたって、徒歩では一周できないほどなのだ。そういう風に考えていけば、なんら、少女がハンドガンを知らないのはおかしくないのかもしれない。
いや、でもなぁ~……。
やっぱりハンドガンを知らないのはおかしいか?
そんなことを思考していたら、それが顔に出てしまったのだろう、少女は苛立ちを含んだ声音で、
「……わるい?」
「いや、ぜんぜん!」
ギロッと少女に睨まれた。ついビクッとなりつつも、俺は、顔の前でワタワタと両手を振った。
「……いちおう言っておくけど、わたしはそれなりに色々なものを見てきた……と思う」
「それで?」
少女の言いたいことがよくわからなかったので、俺は先を促がした。
「……なのにそのわたしが見たことがないということは、そのハンドガンとやらが珍しいだけ……絶対にわたしはバカじゃない。うん、絶対にそう」
「そ、そうか……」
少女の独白じみたものを聞いた俺は、なんと反応していいかわからず、曖昧に頷いておいた。
俺の性格的に、「ハンドガンを見たことがないなら、色々な物を見たことがあるなんて言えねぇぞ! ゲラゲラ」とは言えなかったのだ。もっとも、こんなことを言える奴のほうが少ないだろうが……。
「なんか納得してないような返事……」
少女は、不機嫌そうな声音で呟いた。俺の、なんとも言えない返答を聞いてしまったからだろう。
わかってはいたが、俺はお茶を濁すのが苦手なようだ。
では、どうすればお茶を濁すのがうまくなれる?
(知らん……!!)
俺は自分の質問に自分で応えてから、これ以上少女の機嫌が悪くなるのを阻止するために話題転換を試みた。
「ま、まあ、そんなことは置いといてだな! それよりも、おまえはハンドガンの正体を知りたいんだよな!」
「そうだけど……」
「よし、じゃあ俺が説明してやろう!」
意気揚々と声を張り上げて、
「まず、ハンドガンというものは、銃器の一種である。昔は、短筒とか、馬上筒などと呼ばれていたそうだ。ちなみに今俺の使っているレッドファイアは、レッドアームズ社製のハンドガンだ。それから――」
ここから更に、俺は、長々とハンドガンの説明をしていった。一度も噛まずに、一度もつっかえることなく。どうにもこの俺、銃器の話になるとパワーアップしてしまうようなのである。それが悪い癖なのか良い癖なのか、それは自分でもわからない。
考えてみようとも思わない。
説明は30分ほどで終了した。
こんなに喋ったのは久しぶりな気がする、と俺は思う。
終始黙って、俺の説明を一心に聞いてくれていた少女は、最後に、
「専門用語が多すぎて、よくわからなかった……」
という感想を漏らしてくれた。
ショック。
そういうことは話の途中で言って欲しかった。そうすれば、専門用語まで解説して上げられたのに……。まあそこまでしていたら、軽く、3時間以上は説明するはめになりそうだが。俺の説明は面白いから、あまり問題にはならないだろう。多分……。
少女は尋ねるような口調で言った。
「ちなみに……貴殿は、さっきレッドアームズ社って言った?」
「まあ、言ったな」
うん、俺は確かに、さっきレッドアームズ社という言葉を口にした。少女がなぜ、それを確認してきたのかは不明だったが……今は、それよりも気になることがあった。
少女が俺に使う呼びかただ。
なんだよ貴殿って!
どっかの時代劇みたいにじゃねぇか!
俺はそれについて言ってやった。――言ってやろうとしたのだが、タッチの差で少女に先を超されてしまった。
「……で、そのレッドアームズ社っていうのは、会社?」
「ああ、会社だな」
「……株式会社?」
「そうだな」
よくわからない質問に怪訝になりつつも、俺は偽ることなく応えていった。
「……本当に株式会社?」
「だからそうだって」
「でも、それはおかしい……だってもう、株式会社は存在しない」