ナイフを使って救世主
逃げた先は深い森の中だった。見上げるほどの木々たちが、頭上を葉っぱで覆っている。ときどき風に揺られてざわめいた。
寒かった。
俺は竦み上がるように身震いをした。
視線の先には、小さな池がポツンと点在している。
腰を屈めて覗いてみるが、中は暗くてよく見えない。
(さて、今からどうするかな……)
当然のことながら、俺はこの森にも初めてきた。便利な地図だって持っていないので、家への帰路はわからない。
とほほ……。
俺はひどく途方にくれながら、希望を込めて辺りを見回した。なにか、休憩できる場所がないかと思ったのだ。
今日はもう夜だった。今から動く気には到底なれない。
動く死体にも追いかけられたし、とりあえず今日は休みたかった。
「あ……」
奇跡が起きた、とはまさにこの事だろうか。
視線の先に、日ごろの俺の行いが良いゆえか、ついに俺は発見してしまったのだ。
休憩には最適な場所を。
それは木製の小屋だった。
大きさは小さいホテルの1室ぐらいだろうか? 小さな穴がところどころに散見できる。はっきり言ってぼろかった。でも、野宿をするよりもは大分マシだろう。
小屋の中には誰かいるだろうか?
俺は僅かな可能性を考慮して、一応ドアをノックしてみた。
返答はない。
幸か不幸か、誰も住んでいないようである。
(なら入ってしまおうか)
俺は、ドアノブを引いて扉を開けた。
中に入ってみると、木独特の匂いが鼻をついた。
小屋の中は特に何もなかった。
家具らしき物は一切ない。
まるで馬小屋から、馬と藁を無くしたような有様だった。
(まあ、寝れればいいか……)
俺は誰にともなく呟いて、身体を地面に預けてみた。冷たい。布団があれば良かったのだが、生憎、俺はそんなものを持っていない。
起きた時には、37℃ぐらいの風邪をひいていそうだ。
と――そんなことを考えていたら思い出した。
夢の世界へ旅たつ前に、俺はやらなければならない事があったのだ。
それは弾丸の補充である。
このご時勢、いつ敵が襲ってくるかわからない。ゆえに俺は寝る前は、マガジンを最大にしとかなければ気が済まないのだ。
敵がきた! でも弾が補充されていない! よし、仕方がないから装填だ。――カチャカチャ――ぐしゃ!
などという展開になったら、とても笑い話にもならないし。
ということで、俺は弾丸の補充を開始する。
今回補充するのは、レッドファイアとFRドラグノス、この2つのハンドガンだ。
俺は腰に付けたポーチから、2つのマガジンを取り出した。このマガジンには、それぞれ別種の弾丸が入っている。
1つには、レッドファイアに対応している――60㎜Xギガント弾というとても大きな弾丸だ。軽く、親指と同じぐらいの大きさはあると思う。
もう1つには、FRドラグノスに対応している――パラミディア弾という弾丸。こちらはとても小さくて、小指ぐらいの大きさだ。
それらが入ったマガジンを、俺は2つのハンドガンに差し込んだ。カチャ、というような音がする。
元から入っていたマガジンは、すでにポーチの中に戻してある。
マガジンを新しくしたレッドファイアとFRドラグノス。
それらを、俺は腰のホルスターに再び収納。
これで、今回の作業は無事終了だ。
(ふう……)
特段たいした事はしていないのに、俺は小さく息を吐く。それから、後顧の憂いもなくなったことだし、身体を地面に横たえた。
瞼を閉じる。
視界が黒くなる。
相変わらず地面は冷たいままだったが、身体が疲れているのだろう、眠気はすぐにやってきた。
意識は虚ろ。
夢の世界に行くまでもうちょっと。
ちょうどそのときだった。
少女の悲鳴が耳を衝いたのは。
(なんだ……!?)
ただならぬ悲鳴を聞いて、俺は地面から飛び起きた。
虚ろだった意識は、すでに明瞭すぎる物となっている。眠気なんてどこかへ吹き飛んだ。
(様子を見に行くべきか……?)
悲鳴が聞こえてきたということは、そこで何かあったのは確かなことだ。何にもなしに、悲鳴を上げる奴はそうそういない。
もしそんな奴がいたら、そいつは悲鳴癖で間違いない。
うんそうだな、俺は内心で頷きながら、手を付けて立ち上がった。
結局、悲鳴が聞こえてきた方へ行くことにしたのだ。
一体なにがあったのかとても気になるし、なにより、人助けをするのもたまには良いかなと思ったのだ。聞こえてきたのが、少女の悲鳴ならば尚更である。絶対、見捨てるわけにはいかないだろう。
助け出したら、ムフフなイベントが起こる可能性だってあるわけだし。
(……よし!!)
俺は自分に気合を入れて、ついでに妄想もして、そのまま小屋から飛び出した。
外は肌寒かった。
◆
小屋から飛び出して、悲鳴の原因がわかったのは、それから20秒後のことだった。
俺は目にしてしまったのだ。
腐った死体が、17歳ぐらいの少女に襲い掛かっているのを。
少女は組み伏せられていた。
その上に、腐った死体が乗るような状態になっている。
でも決して、腐った死体は、服を脱がすとか、そういう淫らな行為をしようとしているわけではなかった。
ギャーギャー言いながら顔を近づけて、少女に噛み付こうとしているのだった。顔の向きから鑑みるに、狙いは首筋の辺りか。
少女はそれに抵抗していた。
腐った死体の首辺りを両手で持って、必死に押し返そうとしている。
顔は、目を瞑って横に向けていた。
腐った死体の口元から、汚い液体が落ちてきているからだろう。それは緑色だった。
少女はとても非力だった。
頑張って押し返そうとしているものの、押し返している気配がまったくない。それどころか、段々と間隙を詰められている。これでは、噛み付かれるのも時間の問題か。
(……よし、助けてやる!!)
少女を助けてやる理由はまったくないが、かと言って、助けてやらない理由もない。色々と打算した結果、俺は少女を助けてやることにした。
俺ってやさしい!
自分で自分を賞賛しながら、ホルスターからFRドラグノスを抜き放つ。
一拍の間も入れずに、すぐさま腐った死体を照準しようとしたのだが――
俺は気付いてしまった。
この腐った死体シリーズは、銃弾なんてものともしないという事実に。今まですっかり忘れていた。
廃墟のような町で、痛いほどそれを実感させられたというのに。
(ああ、俺は何をやってるんだ!!)
自分に憤りが湧いてくる。自分で自分を殴ってやりたいほどだ。だが、今はそんな事をしている場合ではない。
今は少女を助けなければ!
俺が使える武器は銃器だけではない。
もう一種類だけ、使える武器が残っている。
それは刃物。
よく暗殺などで使われる、鋭利な武器――ナイフである。
俺は、それを懐から取り出すなり地面を蹴った。
地を駆ける。
身体軽い……のは気のせいか。
思いながら奴へ肉薄。
「HAHAHAHAHA!」
自分でも不気味だと思える哄笑を零しつつ、俺はナイフを振り下ろした。本気の振り下ろしだった。ナイフが狙うのは奴の腐った首筋。心臓を貫いてもダメなら、首を胴体から切り離せばいいだろう。
俺は本気でそう思ったのだ。
いくらこいつ等の生命力がゴキブリ並みでも、流石に、胴体だけでは生きられないだろうと……。
「なっ!?」
俺は驚愕に目を見開いた。
後少しで奴の首にナイフが届く、その瞬間、奴の腕が伸びてきた。そして、俺のナイフを持つ手を掴んできたからだ。おかげナイフを持つ手は止まってしまう。
必然的に、奴の首へナイフが届くということもなくなった。
ちっ……。
悔しいことに、腕を掴んでくる奴の握力は凄まじい。俺以上、軽く60以上はありそうだった。これでは、振りほどくのにも無理がある。
(ならどうする……!?)
それはもう決まっていた。
善は急げ、俺はすぐさま実行に移す。
ナイフを使っている右腕は押さえられているが、ナイフを使っていない左腕は、超が付くほどフリーだった。
その左腕を使ってレッドファイアをドロー。FRドラグノスでは威力不足だと思ったため、こちらのハンドガンを選定した。
(……吹き飛びやがれ!)
銃口の先には、俺の右腕を掴む奴の腕。その肘辺りに狙いを付けて、俺は、レッドファイのトリガーを絞った。
ズドーン
重い銃声が響き渡る。俺の腕には、骨が痛くなるような反動が伝わってくる。
直撃したのだろう、腐った死体の片肘は、見るも無残に粉砕された。
茶色っぽい鮮血が飛び散った。
腐った死体の肘から先は、まだ俺の右腕を掴んだままだったが、もうほとんど力は入っていない。
振り払うだけで落とせそうだったので、振り払って肘から先を地面に落とした。
目の前の奴は苦痛の叫び声を上げている。
攻撃を仕掛けた、俺のことはあまり視界に入っていないようだった。
明らかにチャンスである。
そして、俺はこのチャンスを見逃すほど甘くはない。
(――チェックメイト)
奴の首にナイフを当てて、俺はそのまま横へ切り裂いた。容赦は一切加えなかった。切り裂く際、手にはブヨンという感触が伝わってきた。まるでゴムのようだった。
胴体から切り離された奴の首は、ボトンと地面に落下した。ボールの様には転がりはしない。落ちた首は、落下点から動く様子が微塵もなかった。
奴の胴体は、一度けいれんを起こした後それきり動かなくなってしまった。首がなくなったことで、死体がまた死んでしまったようである。
(なんとかなったな……)
ちょっとしたアクシデントもあったりした。だが最終的には勝利を収めることができたので、結果オーライというものだろう。
終わりよければ全てよし。
うんうん、俺は独りで頷きながら、レッドファイアをホルスターに戻しておいた。ナイフは懐にしまっておく。
そうして思い出した。
すぐ近くに、助けてあげた少女がいるという事実に――