表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拳銃使いのデッドナイト  作者: 夜風リク
15/15

スポンジって一体どんな味?

夜。

 外は黒いペンキで塗りたくったように暗くなっている。

 俺と少女は、ある古びたビルの一室にいた。床は若干斜めっている。物体を置けば、徐々に滑っていってしまうほどだ。

 周りを囲うようにある壁は、ボロくて黒い。無骨な、鉄筋とコンクリートが無様にもむき出しになっている。

 室内は元々暗かったが、少女の使っている魔封石により明るくなっている。


 ホコリが宙に浮いていた。

 廃墟となった町を歩いている最中、昼も明け暗くなってきたので、今日俺たちはこの一室で夜を明かすことになったのだ。

 少女の提案だった。

 俺も、野宿よりもは室内で寝る方が断然いいので、もろ手を挙げて即座に賛成していた。ただこの空間は、空気が鬱陶しくなるほど非常に汚い。

 おかげ目が痒くなったり、鼻がむずむずしたりする……。俺、ハウスアレルギー持ちだからさ。

 治せるなら治したい。


 切実に思っていると、

 ガサゴソガサゴソガサゴソ。

 一言も喋らずに少女が、自分のポーチの中を探り始めた。探し物か? 思いながら俺がその光景をなんともなしに見つめていると、探し物が見つかったのだろう、少女がある物を取り出した。

 見た事も触ったこともない缶詰だった。

 ラベルには魚の絵が描かれている。そのラベルの上には、掠れた文字で表記があった。解読は不能。

 缶詰めの大きさは野球ボールぐらいだろうか?

 よくある缶詰と、そこまで大きさは変わらない。

 少女はそれを開けようとする。


 と同時に、

「ちょ、ちょっとまった」

 俺は声を挟んだ。


「……なに?」

 少女は不思議そうに首を傾げる。


「お、俺の分はないのか?」


 恐らくあの缶詰は、夕食だったりするのだろう。この世界は混沌としているから、普通の料理は残念ながら作れない。

 そして、俺は悲しいことに缶詰さえも持っていない。当たり前だ。1秒の準備期間さえ与えられずに、この世界に飛ばされてきたのだから。普段から身に付けているものしか、この世界に持ってこれていない。

 今になって悔やむが、普段から、缶詰を持ち歩く癖は俺にはなかった。非常食だって、むろんのことながら持ち歩いていない。

 ゆえに、俺は食料というものを1つも持っていなかった。銃の弾丸や、ナイフを食べるわけにもいかないし……。


 等々の理由から、俺は少女に乞食をしてみたのだが、

「……なんで?」

 と少女の反応は冷たいものだった。


 だが――、うん、まだ希望が潰えたわけではない。

 少女は「なんで?」と理由を聞いてきただけであり、「ダメ」と断定しているわけではないのだ。

 まだ希望はある。

 俺は自分を奮い起こしながら、さきほど考えていたことを少女に言った。

 10分間ぐらい時間を掛けて、説得力を持たせるように。じっくりと、じっくりと……。


 それを聞いた少女は、

「……じゃあ、良いものをあげる」

 と、シニカルな笑み、意地悪そうな笑み、悪いことを企んでいるような笑み、それらが混ざったような表情を浮かべた。

 俺は良くない予感を感じ取った。が、背に腹は変えられない、「くれ」と率直に言った。


「……わかった。じゃあ、あげる。――でもちょっと準備するから、わたしから少し離れてて」


「おっけ」

 少女はなにをするんだろうと怪訝に思いながらも、俺は素直に少女から距離を取った。後ろに大またで3歩ぐらい。

 元は2メートルほどあった距離が、一気に5メートルぐらいまで広がる。

 少女は、その細腕を前に突き出した。続いて、ゆっくりと瞼も下ろされていく。

 ん……

 この構えには、すごくすごく見覚えがあった。


(少女が魔法を使うときにするかまえではなかったか!?)

 間違いない。

(でもいきなり魔法なんて使ってどうするんだ?)


 まさか……

 俺はイヤでも思い当たってしまう。

 魔法で、食料を作りだそうとしているわけではないだろうな……? もしそうなら、ちょっと、いや逃げ出したいぐらいにはイヤなんだが……。

 だって――魔法で作った食料ってなんだよ!? 元はなに!? 未知の物質!? それ毒ない!? 食べて大丈夫なの!? ってな感じになるだろ……。

 はっきり言って、魔法で作られた食料なんて口にしたくねぇよ。

 と心の内で毒づいていたら、少女の口からは不思議な言葉が紡がれた。



 にく にく にく にく にく にく にく にく にく にく にく にく にく にく にく にく にく にく にく にく にく にく にく にく にく にく



 ……なにこれ洗脳?

 俺は本気でそう思った。

 それに、

 なんで俺の傷を癒してくれたときの言葉は格好良かったのに、今度の言葉は、『にく にく にく――以下略』なんだよ。

 ださすぎだろ!

 とも思った。


 ドスン、という重厚な音が響いたのはそのときだ。

 まるで空から、コンテナのような大きな物が落ちてきたかのよう音。

 見てみると、あら不思議、さっきまで何も無かった場所に、大きな肉の塊が鎮座していた。

 ……え?

 俺は目を疑った。

 予想外にも、少女の魔法で召還された食料が、なんだかおいしそうだったからだ。

 ダンボールぐらいの大きさの大きな肉。

 表面は綺麗にこんがりと焼けていて、網で焼いた時にできる網目も出来ている。うまそう……。

 立ち上る湯気は更に俺の食欲をそそってくれる。

 じゅるり。


「お、おまえ、これ、本当にいいのか……?」

 抑えがたい食欲を必死に抑えながら、俺は少女に聞いてみた。


「……うん」

 少女はこちらを見ながら頷いた。


 つまりそれは――

 食べて良いということだ!

 思ったが吉日、俺は猛然とダッシュ。

 こんがりとやけた肉の前に着くなり、がぶりと獣の如く噛みついた。

 途端に広がる肉の味。

 肉はジューシーでありながら柔らかく、堪らない肉汁が口いっぱいに広がった。芳醇の香りも鼻腔を突き抜けて、うまい。うますぎる! こんなにおいしい物がこの世にあったのか! 

うまさのあまり、俺はほろりと涙した。


 ――なんてことはなかった。


 実際の肉の味は、その真逆さえも超越したかのような真逆。

 誇張とか一切なしに食べた肉は、マズすぎた。噛めば、まるでスポンジでも噛んでいるかのような感触が返ってくる。口の中に広がる味はゲ○。この世では考えられないほどのまずさ。

 俺は気持ち悪さに耐え切れず吐きそうになったが、踏ん張って耐えて飲み下した。さすがに女の子のいる前では、嘔吐してはいけないと思ったのだ。もしすれば、自分がキライになる。一生残る、トラウマにもなったりするだろう。


 俺は憤懣やるかたない思いで、

「おま、よくも俺にこんなまずい物食わせてくれたな!」

 少女に文句を言ってやった。


 口の中ではまだあのバカマズイ肉の味が残っている。水ですすぎたいぐらいだが、ここは荒廃した世界、水道なんてどこにも見つからなかった。

 ちっ。

 俺は舌打ち。


 少女はパチン、と指パッチンで大きな肉を消してから、

「……だって貴殿が、あまりにも乞食の目をしてたから」


「だからってな……」


 と俺は続けて文句の一つや二つ言ってやろうと思ったのだが、再考してやめた。少女だって、俺のためを思って魔法を使ってくれたのである。(多分……)それなのに文句を付けるのは、鬼畜野朗というものだろう、と思ったからだ。

 ちょびっとだけ反省。


 少女は、そんな俺を見つめながら、

「……しょうがない。このまま貴殿に恨まれるのもイヤだから、ちょっとだけ、わたしの缶詰を分けてあげる」


「え、ほんと?」

 意外な少女の優しさに触れて俺は驚きを隠せない。


「……わたしは嘘をつかない」

 そう言って少女は、缶詰のプルたぶに手を掛けた。そのまま引く。しかし開かない。何度も挑戦していたが開く気配は微塵もない。

 本当に非力な女の子である。


 しょうがないので、

「開かないなら、俺が開けてやるよ」と俺は言った。

 だが少女は、

「……もうちょっとやらせて」


 と、缶詰を譲るつもりはないようだった。どうも、何としてでも、缶詰との戦いに勝ちたいようだ。まあその気持ちわからなくもない。俺も缶詰が開かなかったり、瓶が開かなかったり、ペットボトルが開かなかったりしたときは、自分で開けたくなってしまう性だ。なんででかというと、少女はどうかわからないが、俺の場合は、開けた奴に、良い顔をされたくないからだ。

 大体の奴は他人が開けられなかった蓋を自分が開けると、どやぁ、みたいな顔をするからな。

 どうにもあの表情はイラッとする。特に男がやると。

 などと黙考している間にも、少女は缶詰と奮闘している。


 がんばれ~、と俺は心の内で応援していたのだが、

「もうむり……」

 少女は万策尽きたようであり、へな~、とまるで萎れたナスのようになってしまった。


「大丈夫か……?」

 俺は心配になって声を掛ける。


「だいじょうぶじゃない……。だから代わりに、これを」

 心底疲れきった様子の少女。その手には1つの缶詰。俺の前に、まるで意志を継がせるかのように差し出してきている。

 俺は、優しく両手包み込むかのようにそれを受け取った。

 少女を破った缶詰。

 なんとしてでも開けてやる。


(仇はなんとしてでも討つぞ……!!)


 俺は自分を叱咤激励するように胸の内で叫び、ゆっくりと、金属質のプルタブに手を掛けた。

 そして――力強く引っ張る。

 と――


 スポン。

 快音を部屋中に響かせて、蓋は、いとも容易くまるで赤子の手を捻るかのように開いた。

 ……あ?



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ