不思議
外は町だった。俺が、最初飛ばされてきた村なんかよりもは、遥かに規模が大きい。
ただこの町も、廃墟のように古びている。
伸びる道には亀裂が走り、何かの拍子で割れてしまいそうなほど。そんな道の上には、幾多の車が乗っていた。どれも風化して錆びている。フロントガラスは朽ちて割れ、色はひどく褪せていた。
扉が無くなっているのもある。中のイスだけ抜き取られているのもあったりして、とにかく悲惨な有様だった。
その車を挟むようしてあるのは、数多のビル。コンクリートがむき出しの壁に、剥げ落ちた塗装。
そのビル全てに共通することは、斜めに傾いでいるということだ。
「こりゃ、ひどいな……」
あまりの惨さを見て、俺の口からはそんな言葉が零れ出る。
「これも、ゾンビとやらのせいだったりするのか?」
「……うん、まあ、ゾンビのせいでもあるけど、人間のせいでもある」
「どういうことだ?」
人間が自ら、自分の壊したとでも言うのか? んなバカな。そこまで人間は愚かでないと願いたい。
少女は言った。
「……ゾンビが発生したときは、全ての町が混乱して、警察や軍も混乱した。だからこの世界からは、規律が無くなってしまった。こうなると、どうなるかわかる? 人が、法に縛られなくなると……?」
「自由になる?」
「……それで、悪いことをしても罰を受けないとすれば?」
「ああ……」
少女の言わんとしていることがわかった。
世界は混乱して、無秩序な世界となった。悪いことをしても、誰にも咎めらない。とすれば、悪いことをしたかったけれど、罰を受けるのはイヤだ、という理由で今までは普通にしていた奴らが、頭角を現してくる。軍も警察もいないのだから、もはややりたい放題だ。
やんちゃな奴らが店の物を奪ったり、人の車の中身を奪ったり、ビルを荒らしたりしたのだろう。
まさに荒廃した世界だな。
ゲームではありがちな設定だが、まさか現実で起こるとは思わなかった。世の中、何が起こるかわからないものだな。
適当に思っていると、
「……どう、わかった?」
「ああ。けど単純に、ビルが朽ちていたりするのは、年月の影響もあったりするんだろ? ほら、人の手が加わらない人工物は、すぐに朽ちるとかよくいうしさ」
「まあ、それもあると思う……」と少女。
それから歩き出す。
ずっと立ち止まっているのも時間の無駄だと思ったのだろう、「ついてきて」と言って少女は俺の前を行く。
俺も歩いて少女の横につく。にしても、歩くのは疲れた。何かあればいいのに。馬とか、そこらへんに落ちているやつではない最新の車とか。
「けどおまえ、よくこんな荒廃した世界で生きてこれたな」
俺は周囲を眺めながら、感慨を込めてそう言った。
少女はまだ年端も行かない女の子だ。
いくら魔法が使えると言っても、こんな混沌した世界で行きぬくには、かなりの苦労を要しただろう。ゾンビなんて神出鬼没、たがが外れたヤバそうな奴だっているようだしさ。文明も俺がいた時代に比べて、衰退してようだし。俺でも、こんな世界を生き抜くには困難を要するだろう。
一日一日が命がけである。
少女は遠い眼をして、
「色々な人に助けてもらったから……」
「色々な人?」
「……うん。0~11歳までは、生みの親である家族に助けてもらってた。お父さんとお母さん。ゾンビが現れてからは、朝から夜まで食料を探してくれて、わたしに食べさせてくれていた。でもある日を境に、帰ってこなくなった……。それで11歳~14歳までの間は、途方に暮れていたわたしを引き取ってくれた、よくわからない組織に入ってた。その組織は世界の復興を目標として掲げていたけど、本当がどうかはわからない。でも、わたしがその人達に助けられたのは確か。ある日突然、全員いなくなっちゃったけど……。1人、わたしだけを残して」
「いなくなった?」
それは妙な話だ。
ただ、家族云々の話については、絶対に触れないようにしようと思った。少女が、安い同情を求めているような気がしなかったからである。それになにより、俺は、家族を失った子に対して掛ける言葉がわからなかった。家族とはどういうものなのか、それが俺にはわからないからだ。――いや、知識としては知っている。でもそれだけ。
それ以上の事は露ほどもわからない。
少女は歩きながら言った。
「……うん、いなくなった。わたしにはなんにも知らされなくて、本当に唐突に、忽然と姿を消した」
「不思議な話だな……」
怪奇現象でも起きたのだろうか?
「……たぶん、組織のみんなは、わたしに愛想を尽かしたんだと思う」
「――なんで?」
俺は堪らず聞き返す。
「だってそのときのわたしは、魔法も使えなくて、ただの役立たずだった。ほかのみんなは魔法を使えるのに、わたしだけ使えなかった。わたしだけ1人、戦えなかった。筋力もまったくなかったから、剣を振るうこともできなかった」
「なるほど……」
と俺は頷き、
「けどまあ多分、俺は勝手に消えたりしないから、それは安心してくれ。どうせ、目的もないもなしな。元の世界にだって戻る気は当然ない。それにほら、おまえ可愛いからさ、俺的には手放したくないわけよ。はっきり言って、ずっと一緒にいたいぐらいだな、うん」
これは俺の本心だ。
虚飾はなに1つしていない。
少女が拒まないのならずっと、俺は、少女と一緒にいて良いと思う。1人になる理由だって、今のところ何もないしさ。
それでもさっき「多分」と言ってしまったのは、世の中なにが起こるかわからないからだ。と言っても、そんなことが起こる確率は、ほぼ0に等しいとは思うけどな。
「……今のは告白?」
「――ば、ちげぇよ!」
少女の予想外の一言に、俺は慌てながらも否定する。俺に、告白なんてできるわけがないのだ。彼女を作る気だって、露ほどもないしさ。どれほど少女が可愛くて性格が良かったとしても、その信念が変わることはありえない。彼女を持ったら負け、そんな定理が俺の中に住み着いているからである。なぜか? 俺が、恋愛映画に出てくるような主人公を、疎ましく思っているからだ。
恋愛ごとに悔やんでいる姿を見ると、吐き気が込み上げてくる。
彼女ができてハッピーになっている姿を見ても、吐き気が込み上げてくる。
絶対に俺は、こんな奴のようにはならないと心を決めているのだ。
一瞬、少女は憂い顔をして、
「……そう。でも、ありがとう」
「ん、ああ、どういたしまして」
俺はちょこっとだけ頭を下げた。
ややあってから前方に大量の車。
横一列に配置されていてどれも、ボロボロに輪を掛けたようなボロボロさだった。
俺たちの道を、まるで通せん坊するように点在している。
一応、一番端まで行けば迂回も可能そうだったが、あまりに距離がありすぎる。俺たちの場所から一番端までは、ゆうに200メートルはありそうなのだ。
(それならば……)
少女と一言交わしたあと、俺は車の窓枠に足を引っ掛け、腕の力も使って車の上に登った。
見晴らしは別によくない。
まあ車に登ったと言っても、1メートルぐらいしか高さは変わらないからな。
一歩少女は、躍起になって頑張って車に登ろうとしているようだが――苦戦していた。面白いのでちょっとだけ眺めることにする。
少女は身体が硬いのかわからないが、どう工夫しようとも、窓枠に足が掛からないようだった。だからと言って筋力のない少女では、膂力で車に登ることもできないだろう。さて、どうする!?
10分後……。
「…………」
窓枠に足を掛けられない少女は、未だに車に登れていなかった。登れる気配すらない。このままだと、なんか日が暮れてしまいそうだ。
それはまずい。
危機感をありありと感じ取った俺は、助け舟を出すことにした。
なんと優しいことに、少女に手を差し伸べてあげたのだ。
イケメンプレー!!
少女はなぜか俺を恨めがましい目で睨んだあと、小さな手で、俺の手を握った。まるで赤ちゃんのように、柔らかくて弱々しい手だった。
ヨイショ、と掛け声を上げて、俺は力一杯少女を持ち上げた。少女はあまり重くなかった。
見た目と体重は反しないようである。
俺に持ち上げられた少女は、無事車の上に着地した。