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拳銃使いのデッドナイト  作者: 夜風リク
13/15

紡がれる言葉

想起を終え、時は現在に戻る。


 目の前には切り立った崖。

 高さは100メートル以上あるだろうか?

 いたるところに凹凸が見られる。指を掛けられそうな凹もあれば、どう見ても掛けられない凹だってあった。凸に限っても同じようなことを言える。楽に乗り越えられそうな凸もあれば、どう足掻いても上れそうにない凸がある。

 まるでロッククライムで使う壁のようだ。

 植物の類は一切生えていない。


 地下の洞窟を粉骨砕身の努力で抜けて、最後にこの切り立った壁があった。いわば最後の試練。

 上を見上げれば天井ではなくて暗い空があって、この切り立った崖さえ突破すれば間違いなく外に出られるはず。


(よし……!)


 やってやる。

 この壁はなんとしてでも突破してやる。

 俺は自分に喝を入れた。

 ねぇ……、と少女が声を掛けてきたのはそのときだ。


「ん?」


 俺は声に出して返事をする。


「……足、だいじょうぶ……?」


 少女は俺の足――つま先の方を見つめながら、憂いを含んだ声で尋ねてきた。別に心配しなくていいのに、少女はよほど俺のことが心配なようだ。心配性なのだろうか?

 まあ確かに、赤熱した通路を強引に渡り、俺の足は看過できないほどの火傷を負っている。跡は、一生残ることになるだろう。現に今だって、けっこうズキズキと痛む。まるで電撃でも喰らっているかのようだ。一応言っておくと、立っているだけでこの痛み。


 歩いたりすれば、泣きたくなるぐらいの激痛が襲ってくる。

 本気で、病院にて治療を受けたいレベルだ。

 でも、それでも、少女に心配は掛けたくなかった。少女には笑っていて欲しかった。冗談を交えて、軽口でも叩いて欲しかった。

 それに俺は、『傷を負ってでも少女に優しくする自分』そんな自分に、心から酔いしれたい。だってそういうのは、めちゃくちゃ格好いいじゃん。俺、かっこいい事は、すごく好きだからさ。


 少女はというと、まだ俺の足を心配そうに見つめていた。そういえば、まだ俺は少女の「足大丈夫?」という質問に応えていなかった。それはまずい。

 このままだと無視してしまう形になってしまうので、俺は質問に応えた。


「ああ、大丈夫だ。もう痛くもなんともないね」


「ウソでしょ……?」


「ん、ウソじゃねぇよ」


 強がっておく。


「……じゃあ見せて」


「やだね。だってズボンをたくし上げたりしたら、布が傷に当たっていてぇもん」


「……ほら、やっぱりウソ」


「あ……」


 しまった!

 俺はバカなことをしてしまった!

 少女には心配を掛けさせないつもりだったのに、何も考えずに、「だってズボンをたくし上げるときに、布が傷に当たったらいてぇもん」とか言ってしまった。

 失策だ……。

 慌てて取り繕うとするもののダメだった。


「いや、さっきのは!」と言おうとして、『いや』のところで言葉を遮られた。ウソはやめて、と少女が言ったのである。


「わ、わかった……」

 少女の表情は真剣そのもの。その少女に対してこれ以上のウソはダメだと思い、気付くと俺はそう口走っていた。

「……よろしい」と少女は頷いた。

 それから、


「……ということで貴殿、痛いとは思うけど、ズボンをたくし上げて」


「なんで?」


「……傷の具合を見たいから。わたしの予想よりもその傷がひどくなければ、多分、わたしが治療できる、と思う……」


「え、ほんと?」


「……ほんとう」


「あ、魔法か?」


 魔法。

 もう何回も述べていると思うが、俺はその存在を信じていない。熱く赤熱した通路を渡ろうとしたときだって、結局、少女は魔法を使ってくれなかったし。信じろという方が土台無理な話である。

 とは言うものの、あのときは俺が頼みを振って、少女が断ったという形だった。が、今回は違う。


 今回は、少女の方から魔法が使えると言ってきた。いや、少女はわたしが治療できると言っただけだったが、それは、魔法でということなのだろう。魔法が使えないのにこんな話を振ってくるとは思えない。

 魔法が使えないのにこんな話を振ったら、墓穴を掘るだけだからである。

 しつこいようだが、俺は魔法を信じてない。だが今回は、ちょっとだけ期待が持てる気がした。


 本当に、少女が魔法を発動させるのではないかと。そうして、火傷を治療してくれるのではないかと。

 まだ半信半疑ではあったのだが、俺は少女の言う通りにした。絶えず続く激痛を堪えながらズボンを脱いで、加えて靴下も脱いだ。

 目も当てられないような火傷があらわになる。


 それは予想以上にひどかった。

 焼け爛れた皮膚に、見たこともないほど腫れた肌。

 俺は、自分でもうっと息を呑んだ。これが、自分身体の一部だとは思えなかった。思いたくもなかった。

 一方少女は、俺のそんな傷を眼に留めても、息を呑んだりせず、イヤな顔1つさえしかなかった。

 顔に浮かんでいるのは、いつもの無表情のみ。


「……じゃあ、治療する」


「ああ」


 俺は顔を顰めながら頷いた。

 治療をしてくれるらしい少女は、両手を前に突き出して両の瞼も瞑った。

 静寂が辺りを満たす。

 少女の身体からは、いつも違うオーラが放たれた。ただならぬ雰囲気。俺は思わず固唾を呑む。

 身体に緊張感が走る。

 少女は、一歩も動かずに言葉を紡いだ。


 

原初よりありし聖なる泉 その泉は穢れを知ることなく、純粋な悪さえも知らず、ただ純粋 水は透明であり無色 その水は無限の治癒 この世に顕現する全ての傷を、無に帰す力を持っている 泉の在り処はアルミスティア それは天上の界 天使、神、聖母、ありとあらゆる善がそこには住んでいる それを犯すものは無い 絶対不可侵領域 そしていま、我は願う 泉の施しを ――〈ア・ライディス・オールヒーリング〉



 少女の言葉は完成した。

 その瞬間。

 視界一杯に、眩いばかりの光が弾けた。

だがそれは一瞬の出来事。

 俺は反射的に瞑った目を、すぐに開けることが出来た。


 そして見た。

 自分の足に出来ている火傷が、時間が遡って行くかのように、塞がれていくのを。ありえない回復速度。

 俺の身体には、狂おしいほどの癒しが満たされる。

 火傷を負った足も、今では綺麗な水に浸しているかのように気持ちが良い。それは腕も、頭も、胴体も、全てに当てはまることだった。

 足の火傷は綺麗さっぱり完治した。

 もう、痛みなんてない。



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