火傷してイケメン
目の前に現れた試練が、逃げたくなるぐらいに過酷そうだったからである。それは灼熱の試練だった。
俺も初めて見たときは驚いた。
今までの通路は涼しいぐらいに冷えていたが、なんとそこの通路だけ、赤熱していたのである。通路が真っ赤になっていた。そこからは、薄い煙が常にもうもうと上がっていた。形容しがたい、物の焼けるような音だってしていた。
床の温度は、甘く見ても300度ぐらいはありそうだ。支障なく、焼肉が出来てしまうレベルである。焼きそばや、卵焼きだって出来てしまうかもしれない。炒め物や、スクランブルエッグだって余裕だろう。
試しに足で赤熱した部分を突いてみたら、反射的に引っ込めてしまうぐらいに熱かった。こりゃ、人間の肉なんてすぐに焼けてしまうな、と当時の俺は思っていた。そのときの俺はもちろんの如く靴を履いていたのだが、もし履いていなかったら、足が焼肉になっていただろう。
誰も、食べたくはないと思うが。
(まあ、それは良いとして……)
どうして、ここの洞窟の通路は赤熱しているのだろうか? 普通、洞窟の通路は、人間の手が加わらない限り赤熱することはない。地下にマグマが埋まっているとすれば別かもしれない、と一瞬思ったには思ったのだが、やっぱり、赤熱するまでにはいかないだろう。そこまで熱くなる例なんて、一度も聞いたことがない。
(これは少女に聞いてみる方が良さそうだな……)
いつも俺は少女に聞いているばかりな気がするが、知的探究心だけは抑えられない。それに俺は、少女に襲っていたゾンビを倒した、少女の命の恩人でもあるのだ。その当人に質問するぐらいの権利は、有ってもおかしくないというだろう。
そう、俺は自分に言い聞かせるように思ってから、少女に質問をぶつけたのだ。
なんで、ここの通路は赤熱しているのかと……。
この質問に対して、少女はこう丁寧に応えてくれた。
恐らくこの洞窟には、何らかの魔術的要因が絡んでいるのでしょうと。
そのときの俺は「なるほど」とわかったように頷いていたが、はっきり言って、魔術的要因? なんですか、それ? といった感じである。だから俺は、少女にもう一度聞こうと思ったのだが――思い直してやめた。
魔術的要因ってなんだ? と俺が質問をして、少女がそれに対して、長々と説明してくるような気がしたからだ。こんな危険な洞窟には、そんなに長居したくなかった。それとただ単に、時間の経過と共に、知的好奇心が薄れていったというのもある。まるで、山に張っていた霧が段々と薄れていくように。
ということで、『なぜこの洞窟の通路が赤熱しているか』、その疑問はとりあえず保留となった。
そして俺は、代わり……というわけではないが、本来の課題、『この赤熱した通路をどうやって渡るか』それについて考えた。
言うまでもなく俺は超人ではない。側面にある壁や天井が赤熱していないからと言って、そこを走るのはまず無理だ。一発の跳躍で、長々と続く通路を飛び越えるのも無理。手品師でも魔法使いでもないため、空中に浮いて通路を渡るのも無理。
(と、まてよ……)
目下で述べた通り、俺は魔法使いでは断じてない。が、少女はどうだろうか? ワニの怪物を倒したあと、自分は魔法使というような事を言っていた。それについて、まだ俺はまったくと言っていいほど信じていない。
しかし状況が状況である。
プライドを捨て、俺は少女が魔法使いでありますように、と切実に願いながら、少女に聞いていた。
なにか、この赤熱した通路を渡れるようになる魔法はないか? と。
少女は即座に答えてくれた。
ない、と……。
その返答を聞いた俺は、
なんだとぉおおおおおおおおお!
と胸中でうるさく、加えてバカ者ものみたいに唸っていた。
一方現実では、平静を装って「そ、そっか……」と声を出していた。少女に、慌てふためいているところを見せたくないからだ。
どれも記憶に新しい出来事だ。
(さて……)
心機一転、少女が魔法を使えないと言ったことにより、他の方法を考えねばならない。といっても、あった装備でこの赤熱した通路を渡るのは、ほぼ不可能なことに思われた。どう工夫しようとも、できるはずがない。
落ちている石を地道に集めて橋を作る、そんな方法も思いつくには思いつくのだが、時間が掛かりすぎるので却下だった。
石を集めている途中で、月が変わってしまうことだろう。
なら、一体どうすればいいんだ?
もう、あの方法をやるしかないのか?
それは正攻法。
誰もが思いつく方法ではあるにもかかわらず、確実に、赤熱した床を渡ることができる。もっとも、俺の足の裏へのダメージは半端ないのだが……。
仕方がない。
元きた道を戻るのも億劫だ。かといって完璧な方法が思いつくわけでもない。
こうなったら、もう覚悟を決めるしかない。
数日間の痛みぐらいは我慢しよう。
意を決めた俺は、腰を屈めて姿勢を低くした。それから言った。
少女の顔を見ずに、
乗れよ、と……。
あのときの自分は、本当に格好良かったと思う。突然どこからか女の子が現れて、「かっこいぃぃ!」と賞賛を飛ばしてもおかしないぐらい。もちろん女の子は、低身貧乳でお願いします。顔も幼い感じで。
少女は逡巡する素振りを見せていた。
そしてか弱い声で、いいの……と聞いてきた。
なるほど……。
少女のそんな様子を見た俺は、独りで勝手に納得していた。どうやら少女は、俺を気に掛けてくれているようである。貴殿の足は大丈夫なの……と、わたしが乗ったら余計に重くなって、通路を進むのも遅くなるのでは、と……。俺はそこまで想像して、少女のことがとても可愛い存在に思えてきてならなかった。もはや女神級。
心中では、容姿も最高で性格も最高なんて超最高! と叫んでいる自分がいた。こんな少女のためなら、数日間の痛みなんて些少事!
気付くと俺は、そんなの気にすんなよ、と呟くように、なるべく格好良く見えるように、言っていた。
それでも少女は色々と、「でも……」と躊躇う素振りを見せていた。俺が説得しても、テコでも動いてくれそうになかった。
だから悪いとは思いつつも、俺は強行作戦を決行した。
ずっと躊躇している少女。その少女の身体を強引に引き寄せ、物言わず背中に乗せた。乗せられた少女は「降ろして!」と俺に訴えていたが、俺はそれを無視。無視して、そのまま通路を突破したのである。