そこは見知らぬ場所
目を覚ますと、そこは廃墟のような町だった。扉がぶっ壊れている家もあれば、窓ガラスが割れている家もある。屋根が壊れている家もある。
どれもボロボロだった。
とても侘しい風が吹いていた。
空は曇天。
厚く雨雲が垂れ込めていた。
今にも雨が降り出しそうだった。
でもなんで?
なんで俺がここにいるのか、その理由がまったくわからなかった。いくら脳に検索をかけようとも、わかる気配すらない。
数時間前俺は確かに、自分の部屋で布団を掛けて寝た。消灯することも忘れていなかった。おやすみの挨拶はしなかった。睡魔はすぐにやってきた。
(う~む……)
どれほど記憶を辿ろうとも、やはり、俺がこんな場所にいる理由がわからない。
周りにある古びた家。
未だに理由はわからないままだったが、とりあえず、家の中を探索しようか。もしかしたら、家の中に何か手がかりがあるはずだ。
俺は一縷の望みを抱いて、ある家の前まで歩を進めた。
その家は2階立てだった。
ドアの前まで行くと、錆びたドアノブに手を掛けた。そのまま引く。が、ここでアクシデントが発生。由々しきことに、扉が引いても引いても開かないのだ。本気の力を出してもダメだった。
(どうする俺!?)
自分に問う俺。数秒のあいだ熟考して、結局アレを使うことにした。アレ――すなわち銃を使うことにしたのである。
俺は銃を3つも持っていた。
その中から1つ――片手で腰のホルスターに収まっているのを抜き出した。
その名も――レッドファイア。
レッドアームズ社製最高傑作のハンドガンである。素晴らしき持ち心地と、鋼鉄をもブチ抜く威力が特長だ。重さは300グラムほど。とても流麗なデザインをしている。色は光沢の掛かった黒だった。
レッドファイアはホワイトバージョンもあるが、お金がなかったので、俺はブラックバージョンしか持っていない。
悲しいかな、しみじみと呟きながら、俺はレッドファイアを構えた。
目標ドア。
準備はOK
問題は0。
発砲!!
耳を聾するほどの銃声が響き渡った。
錆び付いたドアは、弾かれたように後方へぶっ飛んだ。真ん中には巨大な風穴が空いている。恐ろしい威力だった。
流石だった。威力が売りの、レッドファイアなことだけある。撃ったときの反動は、ひっくり返るぐらいすごかったけれど。
俺は、腰のホルスターにレッドファイアを片手で戻した。
そして、悠々と家の中に入っていった。
家の中は凄まじかった。
ひどい腐臭がする。
家具は見事にバラバラだった。木製のタンスは無様に倒れ、中身を派手にぶちまけていた。机だって倒れている。元は花瓶だったであろうものは、今やただの破片となっていた。近くに落ちている花は枯れていた。
ホコリの積もった床には、色々な物が散乱していた。CDのような物、様々なサイズの本。
(おや……?)
その中から俺は、一際目を引くものを発見してしまった。それはB6サイズの本だった。分厚いハードカバーだった。世にも豪華な装飾が施されていた。
(こういうのは、結構お高いんだよな……)
俺は自分の腰を屈めて、両手でその本を取ってみた。ズシリと重い。ちょっとだけ、かび臭いような匂いもした。
俺は本に付いたホコリを払ってから、おもむろにページをめくってみた。
「な、に……!?」
ショックだった。期待しながら文字に目を走らせたものの、その文字が読めなかったからである。決して、俺の言語能力が低かったからではない。書いてある文字が、ルーン文字みたいな、古代文字みたいな、奇奇怪怪とした文字だったからである。解読不能だった。
(……なんだよ!!)
内心で叫び声を上げながらも、俺は本をそっと元の場所に戻した。そっと、そっと、丁寧に……。幾ら字が読めなかったからと言って、ポイ捨ての如く物は投げていけない。
物は、大事に扱わないと。
などと真面目に考えながら、俺はその場から動き出した。
向かうは階段。1階は特になにもなさそうだったので、2階へ向かってみることにしたのだ。
右足から階段に足を掛けてみると、ミシィ……という危ない音が鳴った。どうやら、とても朽ちているようだった。試しに強く蹴ってみると、案の定、階段の一部が壊れてしまった。蹴った自分の足はちょっと痛かった。
やらなきゃ良かった……。
俺は後悔を噛み締めつつ、ずしずしと階段を上っていった。その道中、小さなキノコを発見した。見たことが一度もないキノコだった。銀色で、随所に赤の斑点があるキノコだった。
2階に着いた。
階段は20段ぐらい上ったと思う。
苦労せずに着いた2階には、幾つかの部屋が点在していた。ざっと見て、6つぐらいはあるだろうか?
俺は考えもなしに、その中の1つに向かっていった。
扉を開けて中に入る。
その途端だった。
思わず鼻を摘まみたくなるような腐臭が、俺に襲い掛かってきた。これは堪らない。あまりの臭いに耐えかねて、俺は部屋から飛び出そうとしたのだが――
「あ……」
撤退しようとした足を、寸でのところで止めた。ある物が視界に飛び込んできて、それから、視線が外せなくなってしまったからだった。
それは死体だった。
すでに腐っていた。
周りには蝿がうるさく飛び交っている。
腕はもうほとんどが骨になっていた。肉は、数グラムも残っていなかった。ただその肉も、今は生気の宿った赤ではない。腐りきった証拠となる、黒の混ざった茶色だ。
気持ち悪かった。
自分でも、なぜこんなものに視線が釘付けになったのかわからない。こんな物、本当は見たくないのに……。
(よし、この家から出よう)
もう気味が悪くてしょうがなかった。
俺はくるりと踵を返す。
ドアの前へ着くなりドアを開け放った。
階段は全速力で駆け降りた。
そして家を飛び出した。
家の外に出てみると、辺りは夜の濃さを増していた。薄闇が、包囲するように俺の周りを囲んでいる。
空も暗くなっていた。
雲が掛かっていて星は見つけられないが、半月は発見することができた。黄色掛かっている。綺麗な淡い光を発していた。
(と、それよりも……)
不幸なことに、俺は家の外に出てから、イヤな予感を感じ取っていた。脳が警鐘を発している。
1秒でもはやく、この場から立ち退いた方がいいと……。
なぜ、そんな予感はするかはわからなかったが。
それでも、自分の本能には従順に従うべきだろう。幸い、この町に残ってわざわざやることだってない。
俺は周囲に気を配りつつ、出口がありそうな方へ足を向けた。
歩く。
やっぱり走ることにした。
するとそのときだった。
(ん……?)
どこからか、まるで悲痛を嘆くような、そんな耳障りな声が聞こえてきた。それも1つではない。四方八方からだった。
空には真っ黒い鳥が飛んでいた。それはカラスようでありながら、絶対にカラスではなかった。カラスなら黒いはずの目が、そいつの場合、鮮血のように真っ赤だったのだ。
悲痛な叫び声は、まだひっきりなしに続いている。
心なしか、こちらに近づいてくるような気配もあった。
なんだかやばそうだった。
俺は危機感をありありと感じ取った。
もしものために、ホルスターからハンドガンを抜いておく。さっきのレッドファイアとは違うハンドガンだった。
その名も――FRドラグノス。
アルゼグルムス社製の優秀なハンドガンだ。その特徴は、なんと言っても瞠目するほどのマガジン量。FRドラグノスはハンドガンという立場ながら、1マガジンに30発の弾が入っている。肝心の連射力だってそこそこある。ただ、威力が平均よりも低いのが欠点か。一発撃っただけでは、3mm級の装甲を貫通できないほどだ。と言っても威力を重視するときは、破壊力満天のレッドファイアを使えばいいだけの話。
FRドラグノスの威力が低いからと言って、嘆くほどでもないだろう。
(やっぱり、武器はたくさん持っている方がいいな……)
俺はそれを改めて実感しつつ、更に歩みを進めていった。
そして、古びた郵便受けのような物を発見したときだった。
「え……」
俺は、バカみたいな、アホみたいな、うつけ者みたいな、簡単に言うと呆けたような声を上げてしまった。
なぜか?
端的に言うと、俺の後ろで、死体であろう物が動いていたからだ。
そう――奴らは死体のはず。
頭は斧で叩かれたように割れている。顔面は比喩なしに崩壊。腕の肉はボロボロだし、足の肉もボロボロだった。損傷し、機能していない贓物だって見えている。
奴らは腐っていた。
数十分前に見た、腐敗した死体のように……。
数は、約20体と言ったところだろうか?
全員が、俺に向かって全速力で走ってきている。陸上選手顔負けの素晴らしいフォームだった。
って――
(こんなところで、悠長にマジマジと観察している場合ではない!!)
逃げるぞ!
俺は音速のスピードで反転する。
奴らに背を向ける格好になってから、全速力で走り出した。――逃げる!
もう心臓はバクバクだった。
冷や汗だって掻いている。
だって死体が動き出すなんて考えられない。死体は本来、動かないはずのものなのだ。動くなんて世の中の摂理に大きく反している!
なにより死体が動くのは怖い!
おそるおそる後方に目を向けてみると、そこはもう信じたくない光景だった。
俺はかなりのスピードで走っているつもり。だというのに、奴らとの距離がまったく離れていないのだ。
それどころか、目の錯覚を祈るばかりだが、奴らとの距離は縮まっている気がする。最初は80メートルばかりの距離が開いていた。それが今では、なんと20メートル。火を見るよりも明らかに縮まっている!
もう目の錯覚だとか言っていられない!
(こうなったら……!!)
FRドラグノスの出番だ。
弾がもったいないので極力撃ちたくなかったが、こうなってしまっては仕方がない。弾は一発一発が高いのだが、追いつかれるよりもは幾分かマシだ。
背に腹は変えられない。
俺は銃口を奴らの方に向けた。
走りながら。
――発砲。
連続で、トリガーに掛けていた手を引いた。
薬莢が何回も排出される。
腕には反動が伝わってきた。
俺が狙ったのは奴らの心臓。一撃で仕留めようと思ったのだ。
狙いはうまくいった。
真っ直ぐに飛んでいった弾丸は、寸分違わず奴らの心臓にヒットした。その証拠に、胸の辺りに小さな風穴が空いている。
肉片も辺りに飛び散った。
が――
(えぇぇぇええええ!?)
信じたくないことに、奴らは息絶えていなかった。心臓を、貫通されたのにも関わらず。おかしい……。
しかも奴らは、苦しむ素振りさえ見せていなかった。
心臓に小さな風穴を開けたまま、尚の俺のことを追いかけている。空いた距離も段々と縮まってきている。
(どうする……!?)
俺はこの状況の打開策を考えた。思考は約0・1秒の内に終わった。
俺はマガジンの再装填をする。
使い終わったマガジンは道端に捨てた。
拾っている暇などはない。
照準。
俺は奴らに狙いを付けた。だが今回銃口の先にあるのは、奴らの心臓ではない。
足首だ。
(……人は普通、足首を損傷すれば立てなくなるからな)
今回、俺は奴らを倒すことが目的ではない。奴らから、逃げることが目的なのだ。だから行動不能にしてしまえば、俺の目標は達成したも同義。
ふふっ……。
俺は不敵な笑いを零しながら、引き金を素早く引いた。
発砲音が響き渡った。
間髪入れずに奴らは、地面にバタバタと倒れていった。それも一匹も残らずに。嬉しいことに、俺の放った銃弾は全て当たったようだった。
かなり爽快な気分だ。
俺は勝利の余韻を味わいつつ、FRドラグノスをホルスターに収納した。シュッパっ、という感じに。
「ん……?」
さっきまで俺を追いかけていた奴ら。こいつ等は銃弾を足首に喰らって、もはや立てないような有様になっている。現に今は、地面に這いつくばっているような状態だ。
これでは、流石に俺を追いかけることはできないだろう。心から、俺はそんな風に思っていた。
けれど、奴らの執念深さは感嘆に値するほどのものだった。
足が使えないのなら、腕を使って進めばいい、などと叫びそうな感じで、腕だけを使って、こちらに進んで来ていたのだ。俗にいう匍匐前進である。と言っても、そのスピードはかなり遅い。
走っているときと比べたら、雲泥の差があるというものだ。
とても俺には追いつけそうにない。
安心だ。
俺は余裕の体で「じゃあな」と手を振って、そのまま、悠々と歩き出した。――やっぱり走ることにした。
油断して追いつかれたら、それこそ、冗談抜きにバカらしい。