凍てつく狭間
京の滞在が一月を越えて季節は秋を迎えようとしている。
草むらからは虫の音が煩いほど響く。夜風はぐっと涼しくなっていた。
盛一成の攻め上がる気配も無いことから、いくらかの兵を京の守りとして残し、高時は駿河へと帰国する事になった。
が、伊勢を中心として勢力を広げている名倉家が帰還しようとする高時の軍勢に襲いかかってきた。
先に偵察に走っていた垂水からもたらされてその報せに、高時は凛として言い放った。
「鈴鹿を越えてすぐに布陣する。先に着くようにここより急ぎ参るぞ」
「敵は一万二千とのこと」
「我が軍は五千です。真っ向勝負はなりませぬ」
周囲の反対にも平然としたものだ。身を乗り出して口の端に歪んだ笑みを浮かべる。
「ぬしらは俺が勝てぬとでも言うのか?」
「いえ、しかしながら兵の差は歴然。苦しい戦いになるのは必須」
「だから戦は避けよと? 俺に尻尾を巻いて逃げろとでも言うのか! この機に名倉を壊滅させる。良い機会だ」
「ではどのように戦うと申されるのか!」
「援軍の到着までは数日はかかります。それまで待つべきでございます」
「戦を急いではなりませぬ!」
たまりかねた野間春義が声を荒げると、それに続いて歴戦の将を務めてきた者が怒号にも似た否定を口々に叫ぶ。
だがそれを高時は大音声で一喝した。
「黙れ! 俺は既に決定を下した。これ以上の話し合いは不要だ!」
威圧する言葉は、人の口を閉ざすには効果ある。だが人の心は威圧されればされる程に不満を募らせてしまう。
(いけない、高時。その威圧は暴力に近い)
朔夜は心の中で止める。
以前の高時は人を従える圧倒的な威圧感を放っていたが、それは自らが納得して屈服してしまう威光のようなものであった。今の威圧は言葉と態度による暴力でしかない。
これでは人は屈服しても従わない。
――いけない。これ以上、強いお前の魂を汚すな。
祈るように朔夜は瞳を閉じた。
「ならば、わが美濃の軍もお使い下され」
高時の隣には美濃の弘龍が座っている。その弘龍が口を挟んできた。
「先に美濃に返しました軍、八千をすぐによびもどしましょう。駿河よりは近い。美濃からならば一日あれば来られましょうぞ」
家臣の顔が一様に明るくなる。
美濃の援軍を得られるならば心強いことこの上ない。願ってもない申し出に一気に気勢が盛り上がる。
それをただ一人冷めた目で見ていたのは朔夜であった。
真っ直ぐに高時を睨むように見つめていた。刺すような視線に気がついた高時が顔を上げて朔夜を見つめ返す。
二人の間には冷えた空気が流れる。
凍てつくような絶対零度の気だ。
背後に控える友三郎は胆が冷える思いで成り行きを見守っていた。
弘龍が来て以来目に見えて高時と朔夜の間に溝が生まれていた。
あれほど朔夜を頼りにしていた高時が、近頃は何でも弘龍に相談しているようだ。
以前のようにどこか距離がありながらも、蜜事のような空気を漂わせていた雰囲気はなくなり、今はただ冷えた距離感が横たわっている。
これは妄想だろうか?
友三郎は自分の妄想癖のせいなのか、実際にそうなのかが分からない。 だが以前なら朔夜が座っていた場所に弘龍がすわっているのは事実である。
「早速軍議に入る。弘龍殿も交えての話し合いとする」
「はっ」
一斉に平伏し頭を下げた中に朔夜は入っていなかった。
ただ真っ直ぐに睨むように高時を見つめていた。




