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愛別離苦

 邸に戻った志岐は迷うことなく高時の部屋へ向かう。


「高時様、よろしいでしょうか」


 締め切られた部屋の前で膝をつくと、中から泣きはらした顔の友三郎が襖を開けた。

「志岐……」

「高時様、よろしいでしょうか」

 再度問いかける。


 部屋の中では座る高時が呆然としたまま顔を上げた。

 志岐の顔を認めた途端、はっとして立ち上がると飛びつくように志岐の胸元を掴んだ。

「お前、志岐! 朔夜、朔夜の行き先を知っているだろう! どこだ! どこに行ったんだ! 今すぐ連れ戻せ!」

「落ち着き下さい」

「うるさい! 早く連れてこい!」

「知りません! 私も朔夜の行き先は知りません!」 

 叫ぶように告げた志岐の声に、腕から力が抜けてずるずるとその場に膝をついた。

 項垂れた高時と目の高さを合わせて座ると、しっかりとした声で朔夜と先程会ったことを伝えた。


「朔夜と……」

「はい。もう朔夜は心を決めておりました。俺には止める術がありませんでした」

「どこに行くと言うのだ。朔夜は身よりなどないのに……」

「高時様。くれぐれも朔夜を探そうとなさりませぬように」

 志岐の言葉に訝しげに眉をひそめる。

「俺に告げた朔夜の言葉をお伝えしたくて参りました」

「朔夜の言葉……」

 うわごとのように呟いた高時を真っ直ぐに見つめて志岐は告げた。


「朔夜が、高時様と自分は『共命ぐみょうの鳥』だと申しておりました。側にあれば互いを思いながら傷つけ合ってしまうのだと、苦しみの輪廻を回り続けるのだと……。本当は別れなど嫌だ、身を裂かれるほど辛い、絆の為にならばこんなちっぽけな命など惜しくはなかったのにと告げて……」

 そこで一旦、感極まったように息を飲み込み、それから静かに続ける。

「それでも今は離れる決意をしたのです。互いの為にと苦しんで出した答えなのです。その朔夜の心を、あいつの最後の我が儘を受け入れてやって下さいませんか。よしんば連れ戻したとしても朔夜の心は戻りません。高時様は光だと、血を吐く様に告げました。高時様を本当に心から思っているからこそ離れたのです。どうかこの通り、朔夜の我が儘を許してやって下さい」

 おもむろに平伏する。これ以上ないほど頭を下げる。


 ――朔夜と、同じだ……。


 こんなに深く頭を下げる志岐を初めて見て、高時は全てが終わったと感じた。



 空は夕闇から間もなく漆黒の夜へと帳を下ろす。

 こんな麗らかな春の日に心が冷え切って体が震える。

 平伏し続ける志岐を見下ろしながら、何も目には入っていない。


「……朔夜」

 呟くと、もう抑えることは出来なかった。


 朔夜、朔夜、朔夜――。


 何度もその名を繰り返して呼ぶ。もう二度と応えのないことを受け入れることが出来ずにその名を何度も呼ぶ。


 ――共命の鳥……。


 俺はお前に毒を喰らわせたのか? それともお前が俺に毒を喰らわせたのか?

 共に生きる術はないのか?

 そうなのか?

 命など惜しまないと言うお前が、共に生きられないと思う程に俺は追い詰めていたのか?


 いつか茶席でずっと側にいることを求めた時、だくと約束してくれなかったお前だ。

 いつかこんな日が来ることを覚悟していたのだろう。

 それなのに俺は何一つ覚悟などしていなかった。

 お前はそんな日を恐れながら、それでも互いに寄り添える道を模索していたのか。

 ただ一人で。


 奥歯をぎりぎりと食いしばり、色を失うほどに拳を強く握りしめる。

 だん、と強く膝を叩き、それから立ち上がった。


 迷うのは己が弱いからだ。

 もっと強くならなくてはならないのだ。

 朔夜は決めたのだ。だから俺ももう覚悟しなくてはいけない。 


 そうだろう、朔夜?

 俺がお前に最後にしてやれることは、黙って見送ってやることなんだろう? 


 闇に沈み行く庭に裸足のままで降り立ち、暮れた空を見上げた。

 輝きだした細い月に目を細める。


 もうすぐ、朔の夜が来る。


 月の消え失せた朔の夜が来るたびに俺は何度でも思い出すだろう。


 獣のように野蛮で、誰にも媚びずに獰猛に輝く瞳を。

 しなやかで細く小さい体を十二分に動かして剣を振るう姿を。

 決して飼い慣らすことの出来ない強い魂を。


 この先、何度でも何度でも思い出すだろう。決して忘れることなどないだろう。

 だが今は決別する。


 共命の鳥は、いつか極楽浄土に生まれ変われると言われている。

 いつか俺たちも生まれ変われるのだろう?

 きっとそうなんだろう?

 そう信じているんだろう?


 朔夜、答えろ。俺に答えろ……。


 ――ああ……さらばだ、朔夜……。


 天に祈りを捧げるようにあおのいたまま瞳を伏せた。

 

 春の夜は、別れを惜しむかのように温んだ風を京の都に吹き続けていた。


 高時十八歳、朔夜十五歳。

 春に駿河で出会った二人は、春の京で別れを迎えた。



                    二部完


ここまでお付き合いありがとうござました。

「戦国を駆ける龍」第二部が終了いたしました。

読んで下さる皆様のおかげで毎日更新を続けて来られました。

感謝の思いばかりです。


小さな亀裂の入った高時と朔夜の二人は、

互いの想いのすれ違いから離別の時を迎えました。


この後、第三部に続きますが、続編の投稿開始につきましては

今しばらくお待ち下さい。

準備が整いましたら投稿を開始いたします。

どうか、また引き続きお読み下されば幸いです。


よろしければ、活動報告も覗いて下さいませ。


寿 葛


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