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暗い感情


 隣の部屋にいる友三郎に、朔夜の行方を聞いた。

「いつも自分の隊と一緒に野外で宿営しているので、外だと思いますが、呼びにいきましょうか?」

「いや、すぐに済む用事だから俺が行く」

「では一緒に」

 言いかける友三郎を制して高時は一人で砦の外に出て朔夜の隊を探した。


 若者が特に多い小隊だから目立つ。皆酒を呑んだりして他の隊より幾分華やいだような雰囲気だからすぐに分かったが、朔夜だけはその近くにいない。

 辺りを見渡すと、少し離れた暗い場所に志岐と並んで座っている朔夜の姿を見つけた。

「相変わらず人と過ごすのが苦手なんだな」

 と苦笑してそちらへと足を運びかけたが、次の瞬間、凍り付いたように動きを止めた。


 高時の視線の先で志岐が朔夜の肩を引き寄せた。

 何を話しているかはここまでは届かない。だが何かを話しながら、更に強く引き寄せると朔夜は凭れながら慌てたように酒を口に運んだ。

 それからも何かを話しているようだったが、高時はくるりと踵をかえすと足早にその場を離れて部屋へと戻った。


「朔夜は見つかりましたか? 高……時様?」

 廊下で行き会った友三郎が問いかけたが、高時は気がついてもいないように足早に部屋へと入ってしまった。

 訝しげに見送った友三郎だが、脳内で


(きっと朔夜が高時様を怒らせてしまったのかもしれない。まさかまた朔夜を殺そうと!? いや、もしかして朔夜が高時様を殺そうと?)

 とぶつくさと呟きながら妄想していた。



 暗い感情が湧き上がる。これは何の感情なのか。

 いや、分かっている。

 分かっているが醜過ぎて考えたくない。


 力を込めすぎて高時の握る拳が白くなる。その拳をしばし見つめてからゆっくりと息を整えながら開く。


 この手。


 この手を朔夜は拒んだ。


 珍しく上の空だった朔夜の様子を気にして伸ばした手を、あからさまに避けた。それはいい。

 朔夜は人に触れられるのを極度に嫌う。出会ってからもう四年が経とうとしているが、自分だけでなく友三郎の手さえ拒む。

 だが――。


 志岐にはどうだ。


 手を触れるどころか肩を組まれてさえ嫌がらないで受け入れていた。あまつさえ酒を二人で飲んでいた。食事も人と一緒に取るのを嫌う朔夜だ。

 酒など飲んでいるのを見たこともない。いや、酒が飲めることさえ知らなかった。


 なぜ志岐だ?

 朔夜が仕えるのはこの俺だ。朔夜の一番近くにいるのはこの俺だ。


 また湧き上がる。

 これは知っている。

 兄上が朔夜を手に掛けようとした夜に湧き上がった感情だ。


 ――独占欲


 醜い。酷く醜い感情だ。

 そんなものを持たなくとも、俺はすでに多くのものを手にしている。

 それなのに何故、こんな感情が湧き起こるのか。


 俺はこれから天下を狙う。上にあるものが独占欲を持てばどんな悲惨なことになるかは充分に分かっている。だからこんな感情は一欠片も持ってはいけないのだ。


 刀掛けに置かれた刀を手に取るや、スラリと鞘を抜き放ち、己の心を切り裂くよう力強く刃を振り回す。

 刃は柱を一太刀、二太刀と深く傷つけてやがてがっつりと刃を食い込ませた。

 肩で息をしながら高時は刀から手を放し、その場に膝をついて深く項垂れた。


 静かに夜は更けていく。

 夏の生ぬるい夜風が部屋の中で緩く踊っていた。


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