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闇は光を知る


 翌日、京へと向かった一行はまず将軍がいる一条堀川にある花山はなやまの御所へと向かい、謁見を済ませると、次に天皇のおわず御所へと向かった。


 きっちりと衣冠束帯いかんそくたいで現れた高時の姿に御所の公達は度肝を抜かれたようだった。

 田舎じみたの野蛮な男を想像していたようだが、その姿は凛々しくあっても粗野な感は一切無かった。

 それに何より若くて男前である。さらに並み居る武将さえも圧する存在感を持つのだ。


 高時の姿に皆完全に呑まれてしまった。

 官位は右大将の位を拝領し、京にやしきを造るように土地も拝領した。


 京の町は大きな戦があって以来、いまだ復興の為されていない場所も多々あったが、それでも天皇のおわす都である。華やかで珍しい物が売り買いされていた。

 高時も綺麗なくしと珍しい織物を二人の妻への土産に購入し、邸造営の手配を終えて帰路についた。



 ほとんどの兵は野外で寝る。夏場は平気だ。

 朔夜のように一軍を率いる将となれば高時らと同じように砦に入るか寺などで部屋を借りるものだが、朔夜はいつもかたくなに一兵卒と同じように野外で夜を過ごした。

 ただし兵の群れを離れて、一匹狼よろしく一人で木の下などにもたれて過ごす。


「なあ、外で寝るくらいなら皆の側で寝たらどうだよ」

 背後から声を掛けられたが振り返りもしなかった。

 声で分かる。垂水たるみ一族の志岐しきだ。

「俺は人のそばでは寝ないと言ってるだろう」

「用心深いんだな」

 志岐がクスクスと楽しそうに笑う。


 忍びの垂水一族を高時は重宝して使っている。

 忍びは諜報活動のみならず、扇動や誤報をばらまいたりと相手方に深く忍び入って活動するのを得意としていた。

 朔夜も以前、情報収集を怠った為に痛い目にあった事があり、今は志岐を含めて三名の垂水一族を配下に加えてもらっている。


 志岐はとても優秀だった。

 朔夜が欲しいと思う情報を的確に素早く集めてくれる。背後から廻り、伏兵がいるような偽装を難なく行ってくれる。

 十九歳の若さでありながら垂水一族の中でも一際優秀な忍びだ。朔夜自身も今や右腕として信頼しているほどだった。


「俺は妖刀を持っている。寝相の悪い奴がいて俺に当たって来たりしたら、本能で斬り殺しかねない」

「怖いことだな」

 全く怖くなさそうに笑いながら、よいせと隣に腰を下ろし、すらりとした長身の体から伸びる長い足を投げ出した。

「酒、呑もうぜ」

「お前……人の話聞いてないだろう。そばに来るなよ」

「聞いてた聞いてた。でも大丈夫。俺、お前より敏捷で動くの早いし、寝相悪くないし」

 手にした竹を切っただけの入れ物に酒を注いで朔夜へと渡す。受け取った朔夜が口元に運ぶと、立ち上るほど青竹の良い香りがした。

 横顔をじっと見ていた志岐が得意そうに微笑む。

「竹の香りがいいだろ? さっき切ってきたばっかだし。こうするといつもの酒も数段上手くなる。今夜は朔で星が良く見える。良い晩だ」

さくの夜か……」

「俺は朔の夜が好きだ。月も良いが闇も良い」



『――月の無い夜は暗いぶん星が無数に見える。燦然さんぜんと輝く月だけが有難いのではない。光がないからこそ分かるものもある。暗い夜にも感謝する。光の当たる道を歩いて来なかったお前も、暗い道を歩いたからこそ分かることがあろう。それを大事にするが良い。朔夜、お前の名は、それを大事にする為の名だ』


 名もなく山中で人の物を奪って生きていた朔夜を拾った秀海和尚が、名を付けてくれた時に語った言葉だ。朔の夜に出会ったからと『朔夜』と安易な名前を付けたことを揶揄やゆしたら、こう語った。


 名などどうでもいいと思っていたが、今はこの名を大事にしたいと思っていた。だから志岐が朔の夜を好きだと言った言葉が胸に沁みた。


 闇も、悪くないのだと。


「……良い夜だな」

 しみじみと呟く朔夜に志岐は笑って応える。

「年寄りみたいだな、お前。若いくせにしみじみすんなよ。ほら、もっと飲めよ」

 がばりと肩を組んで朔夜に酒を注ぎ足す。

 大きな体の志岐に肩を組まれると、細身の朔夜はすっぽりと包まれたようになってしまう。

「暑苦しいぞ、お前」

「まあそう言うな。互いにもたれた方が楽だ」

「重い。明らかに俺の方が損だろう。お前の方が断然重い」

「だから朔夜が俺に寄りかかればいいだろ。ほら」

 ぐいっと引き寄せられて倒れるようにもたれ掛かる。手の中の酒が揺れて零れそうになるので慌てて口を付けた。

「阿呆だな、お前。こうしたら俺は楽になるけどお前が損だろ」

「いや、互いに力が分散されて俺も楽になる」

「そんなもんか?」

「そんなもんさ。だから、朔夜はもっと人にもたれていいんだぞ。一人で立とうとするな。俺もついつい一人で大丈夫だ、一人で立てると思ってしまう。だがこうしてもたれ合えば楽になる事もある」

 志岐の肩にもたれながら見上げると、間近で志岐の大らかに笑う目が見下ろしていた。


 人と交わらぬ自分をいつも強引に引き寄せる。

 志岐のそばだけはなぜだか緊張せずにいられる。


 怖がらない、怖くない。


 深い闇を背負う志岐だが、いつもその闇は大らかに笑う笑顔の下だ。朔夜の闇もこの笑顔が一緒に隠してくれるように感じるからか。


「そんなもんか……」

 同じ言葉を呟いた朔夜に志岐が笑みを深くした。

「そんなもんさ」

 再び酒を注ぎ足しながら

「な、覚えておけよ。俺、結構いいこと言っただろ? 忘れるなよ」

 ニッと悪戯いたずらな笑顔を浮かべる。

「阿呆だな、お前」

 呆れたため息と一緒に零した朔夜だった。


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