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降りそぼる雨


 男たちはかなりの酒を呑んでいい加減酔ってきている。呂律の回らない者もいる。

 一人の大柄な男がゆらりと朔夜の側に近付いて、おもむろに着物を剥いた。

 朔夜が声なき悲鳴を上げる。

「おらあ我慢ならねえや。もういいでしょうお頭あ。こりゃ堪らねえよ」

 呂律が怪しい。酒の匂いがキツイ。完全に酔ってしまった男が朔夜の肌を撫でた。それを見た他の男達も一気に朔夜に群がった。


 柱と体を結えていた縄が外されてその場に押し倒される。

 さらにぐるぐると手首に巻きつけられていた縄も誰かがほどいた。だからといって腕が自由にはならなかった。

 頭の方に回った男が二人ががりでその場に朔夜の腕をぬい止めたからだ。

「やめろ! 勝手に手え出すなって言っただろうが!」

 完次は男たちを叱り飛ばすが興に乗った男たちはその制止を聞こうとはしなかった。

 その途端、数人の男が悲鳴を上げた。


 見れば床板の上に血が散っていた。

「てめえら俺の言う事が聞けねえなら、容赦しねえぞ」

 完次が匕首に付着した血を舐め取る。手をスッパリと斬られた男と頬を切られた男が床に転がって呻いていた。


 昔から容赦のない男だった。

 旅人がどんなにすがりつこうが幼い子供だろうが、仲間であろうが、何の躊躇もなく殺すことの出来る男だった。

 完治の目が光っている。

 毒マムシの正気には見えないその目に男達が怯え、そこで興醒めになったからか、ぶつくさと文句を言いながら自然に宴会はお開きとなる。そこここで男がごろりと横になって眠る。


 起き上りながら着物を整えようとする朔夜に、完次が血の付いた匕首を突きつけながら、いきなり強く首を締めあげた。

「逃げようとなんてするなよ。お前が逃げたらお前の縁ある者を全部殺してやる。龍堂高時とか言う領主もな。他にも色々といるんだろう? あの城には。楽しみだなあ。一人ずつ殺してやるよ」

 手を緩めた途端、急に息を吸い込んだ朔夜が激しく咳き込む。

 青ざめているその頬を完二は冷たい指先で愛しそうに撫で上げてから立ち上がると、奥の間へと姿を消した。


 今は縛られてはいない。だが言葉で縛られてしまった。

 あの男なら執念でもって高時や友三郎を殺すだろう。果ては秀海和尚にまで及ぶかもしれない。どんな卑劣な手段だろうが汚い手だろうが平気な男だ。

 大鼾で眠る男達の中で、朔夜は着物さえ肌蹴たままで呆然としていた。


(やはり決着をつけなくてはいけないようだ。志岐……お前の思いに沿えなくて済まない)


 先程まで縛られていた柱にもたれかかって、仰のいて吐息を零した瞬間、強い殺気に身を翻した。

 そのすぐ脇の床板に霧雨が突き刺さる。

 若い男が憎悪に満ちた目で見下ろしていた。源太と呼ばれていた朔夜を馬に乗せていた男だった。

「霧雨っ!」

 霧雨がこの男を乗っ取ったのか、源太が血走った目で見下ろしながら冷たく告げた。

「おめえなど要らない。今すぐ殺してやる」

 霧雨が怪しく光る。血を欲しているようだ。

「邪魔者め。お頭はおめえのものになんかならねえ。おらだけの大事なお頭だ!」


 どうやら年若い源太は完次を尊崇しているのか。もしくは朔夜のようになにがしの関係を持たされているのかもしれない。

 突然現れた朔夜に、完次が並々ならぬ執着をしている。それを恨んでいるのか。源太が本気で斬りかかる。

「やめろ、霧雨!」

 二人の声を聞いて、周囲で寝こけていた男たちが数人目を覚ました。


「なんだ? 騒がしいなあ」

 起き上った男に、霧雨が唸る。

 源太の意思を無視して起きたばかりの男に躍りかかると一瞬で血の雨を降らせた。

「ダメだ! 霧雨!」

 朔夜が立ち上がると同時に、他の男達が怒りに駆られて手に手に刃物や刀を握り締めて源太に襲いかかる。だが、霧雨は滅茶苦茶な踊りを源太に強要する。

 その踊りの餌食になった男達が血を流す。

「やめろ! これ以上は止めろ!」

 朔夜が源太の背後に飛びついたが思い切り振り払われ、壁際まで飛ばされた。

 そこへ霧雨が振り下ろされる。


 間一髪で飛び退いた。

 その背後から斬りかかった男が呻いて倒れた。騒ぎに目を覚ました完次も起きだしてきて、部屋の惨状に目を剥いた。

「てめえ、何をしてやがる! 源太ぁっ!」

 その一喝に源太の体が瞬時動きを止めた。

 その瞬間を朔夜は見逃さない。


 素早く懐に飛び込むや鳩尾に拳を叩き込み、緩んだ手元から霧雨を奪い取る。

「落ち着け、落ち着くんだ……霧雨」

 まだ霧雨は興奮状態から冷めやらない。

 朔夜の押さえこもうとする気持ちを凌駕しそうになる。溢れてくる力に歯を食いしばる。

「源太の奴がやったのか? それはお前の刀だな」

 完次が歯を食いしばる朔夜に手を伸ばしてきた。


(やめろ、やめてくれ!)


 朔夜は怯えた。

 伸ばされる手に怯えた。

 触れようとする手が迫る。

 思わず目を閉じて意識を遮断する。

 その途端――


「うぐっ!」

 完次が呻いて、そしてゆっくりと朔夜の方へと倒れこんできた。


 雨が降りだした。

 その時、朔夜は呆然と思った。

 それが部屋の中にも関わらず、雨だ、と思った。


 赤く温かい雨だと。


お休みをいただきました。

本年も毎日更新を目指していきますので、宜しくお願いします。

読んで下さる皆様に感謝です。


寿 葛

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