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慣れない手



「祝宴ですと? 今は一刻も早く京へ向かい天皇と将軍に謁見するのが道理。京はもう目前ではありませぬか!」

「黙れ、野間春義のまはるよし! 我ら上の者はそれでも良い。だが戦った兵には腹を満たし勝ち戦の味を十二分に満たしてやってこそ、次の戦にも向かえる。それをないがしろにするは愚なり」

「いいえ高時様。従う兵は京に入ればそれだけで意気も上がりましょうぞ。未だ伊勢、大和方面は敵対しておりますれば、一刻も早く宣司をもらうべきでございます。これだけの軍勢で、もし伊勢や大和の軍とぶつかれば……」

「うるさい! 俺の指示に従え。ただの一日だ。もう準備は命じてある。下がれ!」


 朔夜が陣に戻って来た時、中から言い争う高時と野間春義の声が外まで響いていた。


(またか……)


 小さくため息をついたところに、未だ怒り冷めやらぬ風情の野間春義が出てきて、朔夜の顔を見るや小さく顔を横に振って無言のまま去って行った。

 息子の義信よしのぶに似た甘さのある目元は険しい色を含んでいた。

 今入るかどうか瞬時迷ったがすぐに中へ入ると、憮然としながら地図を眺めている高時が顔を上げて問いかける。


「朔夜か。捕虜の兵はいかがした」

「とりあえず放ってきた。後は知らないがな」

「分かった。こっちへ来い朔夜」

 入口で立ったまま報告していた朔夜は、高時の言葉を受けてその隣へと移動する。

「明日京へ起つ。その時に連れて行く兵の数だが……」

 高時の言葉を聞きながらも朔夜は違う事を考えていた。


 ――すぐ隣にいながら、なぜか以前よりも距離があるようだ。


 この一年で龍堂高時の名は全国に鳴り響いた。

 今は亡き父、龍堂時則りゅうどうときのりも破竹の勢いで駿河の小さな一領主から、駿河、遠江とうとうみ、伊豆を瞬く間に領地にしてしまった強者で名が知れていた。

 だがそれ以上の功をたった十八歳の若さで為している高時は、その激流のような攻めを雷神と称され、その後の巧みな懐柔が智慧者と崇められ、今や「天神の龍」と渾名あだなされて恐れられながら崇敬されている。


 人から恐れられ崇められるようになるにつれて高時は目に見えて変化してきた。


 ほんの少し前まではガキ大将よろしく奔放ながら、人を魅了する大らかさを放っていたのだが、ここにきてやや独善的になり、自分の意見を押し通そうとする一面が強くなってきた。

 それが悪いとは思わない。

 支配範囲も大規模になり、気の置けない家臣ばかりではなく、敵将も家臣となっている以上、有る程度の威圧をかけていなければならないだろう。

 だが、と朔夜は思う。


 今の高時は違う。


 威圧をかけるのは己の身の内から出ている性質ではない。

 本質的には人を信じて人と和したい性質なのだろう。こうして威圧し押しつける事に、自覚はないようだがどこかで心苦しさを覚えているようだ。


 裏切りもあった。

 家督争いの末に自害して果てた兄、則之のりゆきの母が扇動したであろう、久能城くのうじょうのいくらかの家臣が反旗を翻したこともあったし、相模の地方領主の裏切りもあった。

 その頃からだろうか、まるで何かに急かされているかのように先を急ぎ威圧を身に纏い始めた。


「朔夜、聞いているのか?」

 ふと目を上げると高時が間近から顔を覗き込んでいる。

 一瞬、返事が浮かばなかった。

 ゆるりと高時が手を伸ばして朔夜の頬に触れようとした途端、体を引いてその手を避けた。


「すまない、ぼうっとしていた。だが話は聞いていた」

「……そうか。疲れているのかもな、もう休め。宴は出ずともよい」

 行き場を無くした手を握りしめた高時が、背を向けて静かに告げた。


 朔夜は僅かに眉を寄せる。


 まだ慣れない。

 人に触れられることにまだ慣れないのだ。


 高時の手を拒んではいけないと思いながら、受け入れられないでいた。


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