秋の終わりの月
見上げた秋の夜は見事な月を浮かべていた。
朔の夜には享受出来ぬ光を、庭で佇む朔夜の身に惜しみなく降り注いでいる。
高時を思う。
悪いのは高時ではない。彼に圧し掛かる重圧と責が彼を変えて行く。
変わらねばならぬところもある。それは分かっている。綺麗ごとだけで多くの国を従えることなど出来ない。
だが、高時の本来持つ性質は人を率いる魅力を具えている。無理な威圧をすることでその美しい資質が歪んでしまう。人を力ずくで押さえて率いるのではない。魅了させて率いるのが高時の資質だ。
今の高時は必要以上に強く大きく見せようとしている。虚勢を張っているようにも見える。
そんなもの、本当は高時には必要がない。高時自身の首を絞めるだけだ。
威圧しようがすまいが本当はどうでもいいのだ。ただ見失って欲しくないだけだ。
そのままの姿が、一番美しく気高いのだと、それを見失って欲しくない。
「朔夜、どうした?」
志岐が背後から問いかけた。
相変わらず気配を全くさせずに人の背後を取る。敏感な朔夜でさえも直前まで人の気配に気がつかなかった。
朔夜の隣に並んで佇む志岐にも月光は降り注ぐ。
「……そろそろ、潮時かもしれない」
自分に言い聞かせるように小さく呟いた声を志岐は聞き逃さない。だがそれを問い返すようなことはせず、ただ黙って一緒に月の光を浴びている。
秋の虫の声ももうすぐ消え果てるだろう。夜気は涼しさを越して冷えたものになってきている。
もうすぐ冬がくる。
いつまで……高時と一緒に生きていけるだろう。
一緒に生きてもいいのかと、願うように思ったのに。
志岐の手が朔夜の肩に乗る。その重みが有難かった。
何も言わずにいる。それが有難かった。
互いに未熟だった頃を思う。
獣のように生きて、周囲全てに警戒をして、生きるためではなく、死なないために生きていた。生きる目的など、死なないこと、ただそれだけだった。
その中で生きることに誇りを持ち、人を魅了する輝きを持つ高時との出会いは衝撃だった。
こんな自分でも人として扱い、あの光の中に取り込んでくれた。
幼い日だったのだと、朔夜は吐息を零す。
今ではこうして志岐の側にいることが安堵につながり、高時の側に為になることに意義を見出し、友三郎との話に心癒され、そして無垢な姫に気持ちを乱される。
それは人として生きているとの証し。
生きる目的も人との交わりも、明日を望む気持ちもこうして手に入ったのに……
どうして心はざわめくのだろう。
ゆるりと広がるような温かさを、いつの間に見失ってしまったのだろうか。
日だまりのような光を放つ高時を、見失ったのは自分だけなのだろうか。
自問する朔夜に、志岐はだた黙ってそっと寄り添い続けていた。




