恐怖から逃げて
目が覚めた。ボヤけていた視界も目の前に映る少女を認識して危険を感じ、すぐに正常な動作に戻る。
動かない両腕を感覚だけで確認すると頑丈そうな紐で両腕を万歳の状態で縛られ、壁にもたれ掛るように寝かされているようだ。金髪の少女は濁った両目で自分を静かに捉え、ニコニコと笑顔を作っている。
パルスィ「目が覚めたわね…」
青年「あ…貴方は誰でしょうか…?」
パルスィ「私は水橋パルスィよ。これから貴方の恋人になるの。そして、貴方は私の愛しい人…」
青年「え…どういう」
パルスィ「もう全部失っちゃったけど…貴方がまだ残ってる。だから、私は貴方を愛するわ」
青年「意味がわからないですよ!ここはどこなんですか?!それにこの拘束は…って、え!?」
今更気が付いたが、自分の上半身の服は脱がされていた。幸いズボンは穿いていたが、これから何をされるかわからないことと、自分を気絶させたであろう女が恐ろしかった。
青年「な、何が目的だよ…金なんて持ってないぞ?!それに、なんで脱がされてるんだよ」
パルスィ「あ、口調変わった…必死なのね。そそるわ…」
そう言ってゆっくりと近づいてくる少女パルスィ。恐ろしさで抵抗することもできず、あっという間に艶めかしく抱き寄せられてしまう。意味の分からない行動に背中に寒気が走り、鳥肌が立つ。
パルスィ「こんなに鳥肌立ってる…寒いの?大丈夫よ。私がこうしてれば、すぐにあったかくなるわ」
青年「な、何がしたいんですか…?」
パルスィ「何がって、ただ貴方を愛でるだけよ?」
人差し指で腹をツゥっと撫でられ、余計にゾワゾワした感覚が襲ってくる。
パルスィ「そういえば、名前聞いてなかったわね…、貴方、名前は?」
カズヤ「カ、カズヤ…」
パルスィ「そう、カズヤね…これからよろしく…。私と一緒に居れば、もう何も必要無いわ」
カズヤ「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺を外に出してくれ!」
パルスィ「ダメよ、私を一目ぼれさせれおいて勝手に帰ろうだなんてさせないわ。貴方は死ぬまで…いや死んでからも私のものよ」
カズヤ「ふ、ふざけるなよ…!」
震えた声で強がるが、なんの覇気も無い。只々、自分に纏わりつく恐怖を体現しているかのように抱き着いている彼女に怯えるしかなかった。
パルスィ「ふふふ…貴方貴方温かい…これが人の温かみなのね。妬ましいわ…私に無いもの…」
モゾモゾと体を捩らせならが、体全体で舐めるようにカズヤの体温を味わう。
カズヤ「…」
パルスィ「…どうしたの…?私が怖い?それとも…その気になってきたかしら?」
カズヤ「じょ、冗談じゃないよ!頼む、欲しいものなら…命以外なら何でも上げるから、だから俺をここからだしてくれ!」
体を左右に揺らして抵抗をするが、すぐにパルスィに首をガッと捕まれ、一言。「貴方がほしい」そう言われ、絶望した。
カズヤ「…」
茫然とした表情で固まるカズヤを見て、ニヤニヤと笑みを浮かべ、カズヤを縛っていた紐を解く。
カズヤ「え、どうして…急に」
パルスィ「一回だけチャンスを上げるわ…ここから出て真っ直ぐ行けばさっき貴方が居た橋がある。その橋を渡りきるまでに、私に捕まらなかったら…妬ましいけど、諦めてあげる」
その言葉を聞いた瞬間、カズヤはズボンの奥に隠してあった小型中の小型ナイフをバッと取り出し、パルスィの右足の太ももを切り裂くと同時に突き飛ばして、部屋の扉を突っ込むようにこじ開けて出ていく。
カズヤ(冗談じゃない!俺は帰りたいんだ!あの女には悪いけど、こうしてでも自分は地上に出ていく…!)
人間必死になると自分でも思いがけない力を発揮できるもので、今までにない速さでグングン周りの景色を置いてけぼりにしながら走ることができた。無我夢中だった。捕まれば自分のしたかったことは全部青の女に潰されてしまう。
洞窟に来たのは、本当に偶々だったんだ。彼女に、夜空を見渡せる山があったら、一緒に登ろうって思って探してたらこんな所に…修学旅行の時に居なくなってしまった友人だって、未だに行方不明のままだ。変な奴だったけど、唯一の友達だったんだ。家族とだってまだまだ一緒に居たい。母の笑顔や父の偉大さをもっと身近に感じていたんだ。
心の中では、パルスィに対する恐怖と、逃げ道の先に待つ光の両方が対立している。が、その対立も、もう光の方が圧倒的に優勢であった。橋はもう目の前だ。50m程の長さで、頑丈そうな木で造られた横幅の広い橋の一歩目を風のように踏み込む。
カズヤ「やった!もうちょっとだ!」
体が軽く感じていても、体力ももう限界だった。けれど、この橋を越えればあの女は追ってこない。それに、出発する時に脚も斬ったんだ。今の自分に追いつけるわけがない。必死になっていた表情も、自分の勝利の喜びでだんだん両口端が上がってくる。
カズヤ「あともうちょっと!」
渡りきるまであと5m…。
気が付けば、自分は橋の上に突っ伏していた。そんな自分の頭を片手で押さえつけ、背中にはパルスィが乗っている。
カズヤ「そ、そんな…」
血が流れ出る脚は、確かに自分が斬った証拠だ。なのに、なんで追いつかれたんだ。希望の光が、一瞬にして恐怖と絶望を含んだパルスィの両目に食い殺されていく。
パルスィ「捕まえた…。もう、貴方は私のもの…」
満更でもないケンとは違い、こちらの青年は超必死でしたね。パルスィ怖いです。
一応パルスィのお話は今回で終わりで、明日からはヤマメのお話に戻ります。また、機会があれば、ボチボチ、パルスィや他のキャラのお話に切り替えたりするかもしれませんので、ご了承ください。
読者様につかの間の安らぎとジェラシーを
「kanisaku」