00-01 誘拐された少女
修正して1から上げ直し致します。前のを知ってる方は少ないと思いますが、またゆっくりとお付き合いください。
白く、虹色の光りが輝く部屋にそれは存在していた。
長く、長く、床に触れ、幾重にも重なりあう程の髪をもつそれは、眩い部屋の一部であるかのごとく、白く美しかった。
「……あぁ、待っていた。あなたを、待っていた」
銀色に艶めく装飾がゆっくりと伸び、言葉が発せられる。
「アリサ、アリサ。あなたを待っていた」
*****
頭をガンガンと、金槌で激しく叩かれているような痛みが走る。
目の奥と、眉間の辺りの奥。手では届かないずっとずっと奥側から、ズキズキとした痛みを感じて、ありさは意識を取り戻した。
ひんやりとした空気が体に触れ、違和感を感じる。
ゆっくりと瞼を開けると、薄暗い世界は、目覚めたばかりの瞳にはハッキリと映らず、眠気眼でありさは僅かに眉をしかめた。
「えっ? どこ、ここ」
暗闇に慣れた目で、ありさが首を動かし辺りを見渡せば、周りは見たことのない四角い木の箱が並べられた空間だった。
「……何これ」
木箱はそれなりにしっかりとした作りだが、年期が入っており、どれもこれも薄汚れて、角を止める釘も所々抜けかけているようだ。
もっと周りを見渡そうと、ありさが横倒れていた上体を起こそうとした時だ。
何故か、体を支えようとした腕が動かなかった。と言うよりも、両手が後ろで縛られており、動かせなかった。
「えっ?」
何でと思い、ありさは再度腕を動かす。力を込めて左右に腕を引いてみるが、巻き付けられた縄はありさの手首をしっかり捕らえて放さない。
グッと腕に力を込めると、つい足にも力が入る。しかし、驚いた事にその足にも、腕同様に縄が巻き付けられおり、突如として表れた己の身を拘束するそれ等の存在に、ありさはパニックを起こしそうになった。
――――なっ、なに、何なの、ドッキリとか。
状況が分からずに、一瞬悪質なドッキリかと思ったが、少し冷静さを取り戻し考えれば、新しい答えは直ぐに出て来た。
――――これ、誘拐。ってこと?
まさか、自分自身が体験する事になるとは思っても見なかった。時折、テレビやインターネットのニュースで、悲報として上げられているのを見たことはあったが、可哀想と思う半面、自分には関係ない世界だと思っていた。
大学を卒業後、一般的な中小企業に就職して一人暮らしを始めて、約四年間。自宅のマンション付近に不審者を見かけた事も、ご近所さんからそんな情報を聞いた事もなかった。
友人関係は広い方ではないが、その分友人たちとは仲が良く。誰かに恨みを買われるような事をした覚えもない。
男女のもつれ合いなども生憎と経験したこともなく、大学時代から交際している男性と穏やかな関係を築いていた。
至極平凡に生きていて、誘拐されるほど人に恨みを買われる事自体そうそうないだろうし、私怨で誘拐をする何て馬鹿すぎるし、何よりリスクが高い。と、なれば、相手は全く知らない赤の他人なのか。
目当ては身の代金、はたまた海外へ連れて行かれるのか、ただの特殊な性癖を持つ愉快犯なのか。
考えたくはないが嫌な考えばかりが頭に浮かび、ジワジワとありさの心に焦りが生まれる。
バクバクと脈打つ心臓。どうにか落ち着こうと、ありさは深く息を吸い吐き出した。
頭は痛いし、体も冷え切っていたが、甘えている訳にはいかない。
「逃げなきゃ」
身を捩り、どうにか上体を起こす。
周りを見ると、四角い木箱の他には特に何も見当たらず、周りの壁は薄汚れたベージュの布一色で囲まれていた。
ガタガタッと聞こえてくる外の音は嫌に大きくうるさくて、揺れもそれなりに酷いので、どこかの山道をトラックで走っているのだろう。
あまり辺地に連れられると厄介だ。ありさは顔も知らない誘拐犯にバレないように、慎重に行動を起こすことにした。
幸い荷物台であるこのスペースは、運転席からの覗き窓がなかったので、物音に注意を払えば動けないことはないだろう。
「この縄。取り合えず、何とかしないと」
ありさはもう一度、自分を縛り付ける縄が切れる刃物がないか、首を動かし周りを見る。しかし、流石にそんなものが都合良く落ちている筈もなく、直ぐにそれに代わる代用品を探した。
「ここ、何にもない」
木箱以外、物の見事に何もない己の身の周りにありさは落胆した。木箱を開ければ何かは入っているかもしれないが、手が後ろで縛られていては、物音を立てずに器用にそれを開けられる自信がなかった。
「どうにか、外れないっ、かな……」
足を捩らせると、ギチギチと縄の擦れる音がする。
解けない苛立ちと、どうにもならない現実に、情けないことに涙が出そうになる。
気持ちを静めるために一度足元から目を放し、再度周りを見渡せば、いくつもある古い木箱の中で、釘が突き出ている箱が目に入った。
ありさは直ぐ様その箱に身を捩らせながら近付き、足を縛る縄の結び目を突き出た釘の先に引っ掛けて、それを解こうと試みる。
何度か足をつりそうになったが、コーティングなどで補強されていない縄は、素材自体は柔らかく、数回結び目を釘に引っ掛けている内にようやくシュルリと解けた。
「やった!」
思わず少し大きな声を上げてしまい、ありさはハッと息を飲む。体を強ばらせ耳を澄ませると、初めて誘拐犯の声が聞こえてきて、ありさの心臓はギュッと握り締められたように苦しくなった。
「あ、何か聞こえなかったか?」
「あぁ?」
「音だよ」
「いやぁ、べづに。気のせいでろ」
聞こえたのは二人の男の声。
運転席、助手席に一人ずつといったところか。大型車なら三人乗れる車もあるが、ありさがいる荷台スペースを見る限りでは、この車はそこまでの大きさはなさそうだ。
だが自分を誘拐した犯人なら、二人だろうが三人だろうが、恐ろしいものには変わりない。早く逃げ出したい思いと、もう少し息を潜めるべきかと、ありさの思考がぐるぐる巡る。
「にしても、俺達ついてるぜ。こーんな田舎の、ランディム領で亜人に会うなんて」
「んだば、んだば、バーネスにはあーじんがいないって聞いてたがぁ、ええひれーもんだあな!」
「どうせウィンダガから買ってきた誰かが、うっかり逃がしちまったんだろ」
「ちげねえ、ちげねえ。きーぞく様ってのは、こういうのが好きだからな。ちーとも、理解出来ねえなあ!」
「だな。でも、そのおかげで、俺たちはうまいもんが手にはいるんだろ」
高笑いを響かせながら、男たちが語らう内容をありさは何一つ理解出来なかった。
言葉が分からないのではない。口調にやや癖はあるものの、彼らは確かに日本語を話していた。
しかし、彼らの口から出たランディムだの、バーネスだの、ウィンダガだの、明らかに国外の聞いたことのない地名には、ありさは首を傾げる他なかった。
――――そもそも、亜人って、何? アジア人の聞き間違い?
日本人の別称。隠語か何かか。何かで聞いたような単語な気もするが、先程よりも頭痛が酷くなり出したありさは、それをじっくり考えて思い出す余裕がなかった。
「いっ」
痛みに思わず声が漏れる。
連れ去られる際に、頭でも殴られたのだろうか。血の臭いがしないので、出血はしてないと思うが、間違いなく打ち所は悪い。
逃げて、病院に行かないと、いや、その前に警察に。
頭の痛みを堪えながら、ありさは自由になった足で立ち上がった。
「あの女いくらで売れると思うよ?」
「あぁーぞりゃあ、おめぇー。こんぐれえ?」
「はあ? いくら何でも少なすぎる。どうせなら高めに吹っ掛けとけ。女なら成長したら色々使い道あんだろうが、せめてこんぐれえだな!」
「んなにがぁ!」
「目標はデカくだろうが!」
誘拐犯の割には、身を隠したり声を潜めようともしない男二人の下品な笑い声が、ありさの耳にガンガン入り込む。
話の内容は半分すら分からない現状だが、口振りからするに、自分は怪しげな場所に売り飛ばされそうになっていることだけは、理解出来た。
売り飛ばされる相手は金持ちの外人だと思うが、海外まで連れ去られたら、まず助からない。日本は島国故に、海からの侵入が可能だ。国の監視だって完璧じゃないので、彼らがその手のプロだったら、ありさの人生はそこで終わったようなものだ。
「にげ、なきゃ……」
たかだか、二十数年の人生をここで終えて堪るものか。
痛む頭。恐怖に震える体に鞭打って、ありさは荷物台スペースの出入り口に向かう。
ベージュ色の布の向こう側からは、細く短い光の筋がチラチラと差し込む。
出入り口が近付くにつれて、外から聞こえる音がドンドン大きくなる。
痛む頭が幻聴を聞かせているのか、音楽機器の音量をマックスにしたヘッドホンを耳に当てられたような、ガラガラと騒がしい音が聞こえてきて、酷い目眩さえ感じた。
「っ、つう。もう、うるさい……」
釘の飛び出た木箱といい、音のうるさい車といい、彼らの持ち物はどれもこれも信じられないぐらい質が悪い。日本ではとても考えられない品質だが、木箱に関しては自分も助かったので、そう文句は言うまい。
出口を目前に控え、ありさがそこから顔を覗かせようとすると、瞬間車が大きく縦に揺れ、ありさはとっさのことに反応出来ず、バランスを崩して転倒した。
「ったぁ……」
派手に尻餅を付き、ガンッと鈍い音が響き渡ってしまい、ありさは顔を青ざめる。
「なあ、何か聞こえたか?」
「ろーせ。箱がズレたんらろ」
「いや、箱にしてはちょっと……なあ、一旦止めて見てみようぜ」
「んとも、ねえーと思うぞぉ?」
「まあ、念の為だ」
聞こえてきた男たちの声に、ありさはマズいと焦りを覚える。慌てて立ち上がり、出入り口に垂れ下がる布からバッと顔を覗かせると案の定、そこは木々に覆われた山道で、整備されていない獣道を車は進んでいた。
「これ、車?」
光が差し込んだ事により、荷物台スペースが見やすくなる。ありさが立っている台の床は、金属製ではなく何故か木製で、造りが普通の車とは何か違うように思えた。
そんな余計なことに気を取られている間にも、車はゆっくりとスピードを落としていく。
完全に止まった状態まで待っていたら、降りてきた男たちに見つかってしまう。逃げ出すなら車が止まってしまう前が、唯一のチャンスだろう。
減速していく速度。ありさは動く地面を見つめる。
――――転んだら、きっとアウト。よね。
思わずごくりと固唾を呑む。
大きな音が響くだろうし、何よりもまだ両手が使えない状態で派手に転んで、素早く立ち上がれる自信がない。
「よしっ」
覚悟を決め、ありさは体に力を込める。
心の中で何度も何度もタイミングを計り、何度目かのカウントでありさは車から飛び出した。
「っ!」
着地は何とか両足が着いたので出来たが、上体が前のめりになり、フラフラとバランスを崩して、倒れそうになるのを渾身の力と思いで堪える。
何とかバランスを保つと、ありさは走った。
とにかく男たちから離れるために必死に走った。
がむしゃらに逃げることを考えながらも、頭の中にいる少しだけ冷静な自分が、数メートル前進した後に右折しろ。と命じたので、ありさは道なき道を更に右に突き進んだ。
社会人になってから、学生のように定期的な運動をしていなかったありさだが、命の危機に瀕している故か、不思議といくら走っても息が途切れることはなかった。
それでも、後ろに視線を移せば、完全に歩みを止めた男たちの車が僅かに目に入り、ありさの心臓は破裂しそうなぐらい脈打つ。
頭の中は逃げることでいっぱいで、ありさはあの車が、ありさが思う自動車ではなく、馬が引いていた馬車であることに気付くことはなかった。
「くそっ、いねえ。あの餓鬼! どこ行きやがった!」
「逃げらのがぁ!」
「折角の金目になる獲物だったのに、あの亜人!」
男たちの怒鳴り散らす声が耳に入り、ありさは思わず転びそうになりながら、大きな木を探し、その後ろに身を潜めた。
「うっ、くっ、ふっ……」
これだけ走ったのに声が聞こえて来るなんて、なんて大きな声なんだろう。それとも自分が勘違いしているだけで、それ程あの男たちとの距離は離れていないのだろうか。
恐怖に泣き出しそうになりながら、否。半分は泣いているに等しいありさは、一度後ろを振り返り、男たちの姿が完全に見えなくなっているのを確認して、また駆け出した。
木々が行く手を遮る道は視界が悪く、逃げるのにはもってこいだが、葉の擦れる音が響くのが難点だった。
ありさはなるべく音を立てないように、一秒でも早く男たちの手の及ばないところへと向かい、足を早める。
「はぁ、はあっ、はあはあっ!」
長らく走り続けて、男たちの姿も声も聞こえなくなった頃、ありさは自分の行く手に木の根が突き出ているのを見つけた。
巨木の一部であるそれは、根とは言え幹から地面まで大きく弧を描き、楽々跨げる幅ではない。
足を止めたくないのもあって、ありさは走り込んだままのスピードで木の根をバッと飛び越えた。
「えっ?」
ふわりと、体が宙に浮かぶ。
ほんの少し勢いをつけた程度のありさのジャンプは、木の根を避けるどころか、上空凡そ五メートルまで彼女の体を舞い上げ、更には直進するスピードも相まって、前方方向三メートル程の距離を進めさせ、どっしりと構えた太い木の枝の一本に、ありさは腹を思い切り打ち付けた。
「ぐふっ」
今までの二十数年の人生で、出したことのない微妙な声が口から漏れると同時に、今までの人生で感じたことのない強烈な痛みがお腹全体に迸る。
――――何で?
それ以外、ありさは言葉が浮かばなかった。
何故体がロケットのように勢いよく吹っ飛んだのか。
自分では軽くジャンプをしたつもりだったのに、一体何が起きたのか。
視界に映る地面はあまりにも遠く、ありさは木の枝にお腹からぶら下がると言う苦しい体勢を強いられるが、両手を縛られている状態では自ら落下する以外降りる術がない。
――――あぁ、もう。駄目だ。
どうにもならない状態に陥り、頭とお腹、痛みのダブルパンチで限界に達したありさは、枝に引っかかった体勢のまま、ぷっつりと意識を失った。
活動報告にも記載しておりますが、アルファポリス様にも掲載しております。
詳しくは活動報告にて。