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短編

Hortensia

作者: 夜風 牙声

微ホラー要素があります。梅雨の時期、咲き誇るは紫陽花の華。

 昨晩から降り続いていた雨は午後になって漸く止み、厚い雲の隙間から夕陽が覗く。梅雨の合間に咲き誇る紫陽花は、花や葉に乗った雨粒が反射して宝石の様に輝いていた。緩く凪いだ風が心地良い。

 雨だったからなのか子供ひとり居ない公園に、一組の男女が足を踏み入れた。まだ幼さを残す顔立ちからすると小、中学生くらいか。雨上がりでぬかるんだ公園で散歩でもしに来たのだろう。不意に少女が少年の傍を離れ、一際目立つ紫陽花の前で立ち止まった。

「綺麗だね」

 その紫陽花を眺める彼女の言葉に少年が頷く。

「嗚呼、そうだな。でも、色が濃すぎやしないか? これじゃまるで、――」

 彼の言葉は風に掻き消され聴こえなかった。再び辺りを静寂が包む。まだ、夏を知らせる蝉の声は聴こえない。

 静寂を破ったのは静かに紫陽花を眺めていた少女だった。紫陽花から少し離れた場所で立ち止まっていた少年と紫陽花の間に踊り出る。少女は悪戯に微笑んでいた。何か良い事でも思い付いたかのように右手の人差し指を唇に当て、小首を傾げて彼を見遣る。

「ねぇ、知ってる? ()()い紫陽花の下には死体が埋まってるって噂」

「下らない、そんなのは迷信だ」

 愉しそうに笑う少女に、少年は呆れたように溜息を零した。

「紫陽花の色は土の酸性度合によって変わるんだ。無論、品種改良に()る物もあるが。基本的には酸性の土壌でアルミニウムが溶け出し紫陽花の根に吸収されれば青に、中性かアルカリ性の土壌でアルミニウムが溶け出さなければ吸収されず花は赤になる。つまり、ここの土はアルカリ性でアルミニウムが溶け出さなかったからここまで深紅い紫陽花になっただけの話だ。」

 一度紫陽花に視線をやり、再び少女と目を合わせれば彼女は堪え切れなかったように声を上げて笑った。

「何が可笑しい」

 未だ笑い続ける少女に訝しげな視線を向けた少年に、紫陽花を眺めていた少女が再び視線を合わせた。

「私が言ったこと、本当に迷信だと思ってるの?」

「当たり前だ、馬鹿馬鹿しい。理由は今説明してやったろ。そんな事ある筈が無い」

 不満気な少年に少女は再び右手の人差し指を自らの唇に押し当て、自慢げに微笑んだ。

「案外そうでもないかもよ?」

「何を根拠にそんな事を、――」

 少年の先の言葉は少女が彼の口に自らの人差し指を押し付ける事で遮られた。そして少女は紫陽花を一瞥し、再び少年と目を合わせる。彼女は愉しげに笑っていた。

「だって、」

――――あの花の下に居るのは貴方でしょう?



 不意に強い風が吹き抜けた。舞い散る雨粒と葉が再び地に落ちる時、日暮れを告げる鴉が鳴く。

 誰も居ない公園には、大きな紫陽花が独り佇んで居た。

タイトルの『Hortensia(オルタンシア)』とは、フランス語で紫陽花の意味。


紫陽花の花の色は~ってのは本当ですよ。

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