呪われた序曲
「こんな軽薄な刑事は嫌だ」
「こんな展開は最悪だ」
そんな思いを詰めて作りました。
ご理解の程をお願い致します。
「……うわ、こりゃひでぇや」
薄暗く狭い部屋に鉄の錆びたような臭いが鼻を掠め、新米刑事、桜木は眉をしかめた。
茶色くなった床に横たわるのは、もう二度と口を開くことのない変色している死体だけ。
死体に群がっていた数匹のハエが、耳障りな音を立てながら飛び回る。
「~……うえっ!! 気持ち悪ぃ!!」
嘔吐の真似を大袈裟にする桜木に、
「……少しは、口を慎め、桜木」
”はぁー……”と、溜め息をこぼし、横目で軽く桜木に冷めた視線を送ったのは先輩刑事、小西だった。
部屋に居るのは、小西と桜木だけ。
「はいはい、すいません。
……でも、先輩こんなとこ早く出ましょうよ。
俺、こんな埃っぽくて、悪趣味な場所に居たくないんすよ。
しかも、なんかめっちゃ気味悪いし……死体の目がキモいというか」
「……当たり前だろう?
俺だって、こんな死体があるこんなところに、居たくはないが、これも仕事だ。
少しでも捜査の資料を持って帰れと、上からの命令なんだよ」
「え~……でも犯人は勿論、仏の身元や通報者まで分かんない事件なんか絶対解決しませんって~。
しかも、なんかさっきから、視線を感じますし。
俺の後ろ辺から」
小西にだけに聞かせるようにボソリと呟いた桜木の緊張した声音に、部屋の中がシンとする。
そういった類の話に慣れていないのか小西は若干顔色が悪い。
そんな小西の反応を満足そうに眺めてから桜木が口を開いた。
「……なーんて、先輩ビビりましたぁ?」
静寂を破るようにして響いた桜木の間延びした声の数秒後、絶叫が部屋に響いた。
* * *
「……痛ってぇ~」
後頭部を抱え込むようにしてしゃがみ込む桜木の目には薄らと涙が浮かんでいた。
「何も本気で殴らなくったっていいじゃないすかぁ……」
「……上司を舐めるのもいい加減にしとけよ、次はない」
桜木の涙の訴えにも、目を三角にしている小西には効果が無く、地の底から這い出してきたような声に一蹴された。
「と、とにかく俺は先に出てますよ。
マジでこの部屋はヤバイんですって。
俺、気管支弱くて……何すか先輩、その眼差しは!!
本当ですよ!!」
そう言い、小西の疑いの目から逃げるようにして後退り部屋から出ようとした桜木の足に死体が絡まり、派手に転倒した。
「馬鹿……大丈夫か。
……ん?
おい! 桜木!
いつまでも寝てるな! 死体をひっくり返すぞ!」
「……うぅぅぅ。
倒れた部下に対してこの扱い……。
非道いっ! 酷過ぎる!」
「ふざけてんなよ、桜木ぃっ!! 見つかったんだよ、“手がかり”がな!」
「はいはい……って、え?」
「さっき言ってただろーが、“手がかりなんて無ぇ”って。
けどよ、ほら見てみろお前がつまずいたお蔭で仏の体の下に何か……
よし、どけるぞ。 手伝え」
さっきまでの青い顔はどうしたんだか……。
* * *
意外と死体をひっくり返すのは、大人二人がかりでも意外に大変なことだった。
取り敢えず傷つけないようにそっと裏返すと、そこには血で汚れ、ところどころがシミになった楽譜が現れた。
「……なんすか、コレ」
「……さあな。 ……っ!」
楽譜に目を通した小西の口から小さい悲鳴が漏れた。
「どうしたんすか……そこに、何が」
「……お前は、見なくていい」
血の気が引いた顔で小西は言い、その楽譜を大切そうに、いや大変な脅威であるかのように桜木に見えないようにしまい込んだ。
「……そろそろ、帰るぞ」
と言って、部屋を後にした。
「……」
「……」
車の中に入っても、小西の顔色は悪いままだった。
――遠ざかる車を絶対に逃がすまいと、横たわる死体の目が、動いた。