08 行き当たりばったり
それから数日後、また『死神』の襲撃があった。
警吏隊の巡察の隙間を縫うような犯行で、今度の被害者も全員殺害されていた。
盗賊の被害はそれほど珍しくないとはいえ、必ず皆殺しというのはかなり残酷非道な部類みたい。
私はまだ下っ端なので当然、お留守番かと思いきや、付近の捜索に借り出された。
アインと何故か、もう一人、ヨルファも一緒。
朝礼時に毎回顔を合わせているんだけれど、未だに声を聞いた事が無かったりする。
長い黒髪が風にさらさらと舞う、実は隠れ美人だ。愛想ゼロで、背負う影が暗すぎるけど。
「一体、何処に根城があるんだろうな。この辺りは確かに木立も多いけど、すぐに隠れられるような場所はあんまりないのに」
「街の中に逃げ込んでるとかはないの?」
「それはないな。徹底的に荷改めも行っているし、盗品が見つかればすぐさま連行してるからな」
馬にようやく一人で乗れるようになった私とアインは横に並び、その後をヨルファがついてくる。
もしや私たちのお目付け役なのか。
「とにかくこの辺りを一周しておこう。変なものを見つけたら教えろよ」
「現場は近いんだっけ」
「あぁ、すぐそこだ」
「ちょっと見てきていい?」と言うと、アインは特に何も言わず、頷いた。
一人馬を走らせて、犯行現場に向かった。
…予想はしていたけど、酷い。
荷馬車は血だらけ。食器や小物が地面に散らばり、激しい襲撃を物語っている。
死体はもう回収されていた。良かった。
馬から降りて、うろうろと辺りを見回る。…うーん、やっぱり痕跡というか、敵の落し物みたいなものはもう回収されちゃってるかなぁ。
そこから追跡の魔学をこっそり使おうかと思ってたんだけど。
…血の臭いに慣れる事なんてない。
私は両手を合わせて冥福を祈り、アインの元へと戻った。
どうしようか。
でも、これ以上、あんな惨劇見たくない。
私にできる事があるのなら出し惜しみなんてしたくないんだ。
色々考えた結果、私はシゼル隊長に相談しに行く事にした。
一日の隊務が終わってすぐ、隊長の執務室に向かった。
ノックをすると返事があり、緊張しながらもそろっと入る。
正面の机に冷静沈着を絵に描いたようなシゼル隊長の姿があった。
それと、隣の壁際に東イーラウ地区のウェイ隊長の姿を見つけて、ちょっと抵抗を覚える。
いかにも女にもてそうな男って敬遠したくなりませんか?
いや、男と目されている現在、手を出されるとは間違っても思わないけど、醸し出す雰囲気がね、何だか苦手なんですヨ。
「カズミ、何か問題でも?」
「えっと、ちょっと相談したい事があるんですが、お時間大丈夫ですか?」
ちらりとウェイ隊長に視線を向ける。
邪魔しちゃったかなぁ…。
「構わない。こちらの用件はもう済んでいる。それで相談とは?」
ウェイ隊長を追い出してはもらえないのか…。
ここまで来たら一人も二人も同じ?
ま、まぁ、魔学の事ばらして怪しまれたら、転移で逃げればいいんだし。
「あの、ですね。実は、私は探索の術みたいなものが使えるんですけど、『死神』の件で何かお役に立てないかと思いまして」
「探索の術?」
「その、手がかりがあれば、それと繋がる人物や場所を特定できるものなんですが」
し、視線が痛い!
シゼル隊長、そんなに見つめられると穴が開きます!
壁に寄り掛かったウェイ隊長は面白い玩具を見つけたような顔をしているし。
やっぱり言うんじゃなかったと後悔するこの一瞬。
「もう少し詳しく教えてくれ。探索の術とは巫道に通じるものとは違うのか?」
「フドウ?」
「神に仕える者が駆使する事ができるという秘術だ。君は巫子のようにはみえないが」
「うーん、確かに私は巫子さんではないですね」
厳密に言えば違うんだけど、魔学が神様のような存在から力を借りている事は確か。
巫道かぁ。
この世界に魔法使いなんて存在しない事は気付いていたけれど、そんな職業があったとは。
「盗賊を撃退した時もその術を使ったのか?」
…あはは、やはりそこ追求されますよね…。
力無く頷くと、シゼル隊長は「なるほど」と呟いて黙る。
「ま、一見は百聞にしかず、か。やってもらった方が早いだろ、シゼル」
「…あぁ、確か、回収した物が幾つかあった筈だが」
という事になった。
二人は即断即決、行動派らしい。
あっと言う間に保管庫から、犯人が捨てたらしい刃こぼれして使い物にならない剣を一振り(血痕付き…)取ってくると、また地下の練習場に向かった。
やはりというか、ウェイ隊長もついてくる。
必要最低限の人間にしか明かしたくなかったんですが、それを言うのは今更ですか。
シゼル隊長から剣を手渡されて、床に置くと、練習場の床の上に座った。
なんとなく、その方がやりやすいかなと思ってだ。
うぅ、緊張する。
「サ・ウェンテル・トード・テラウン、キリウ・サガ・メサナア・トマーウナ(大いなる風よ、土よ、その手を伸ばし目を与えよ)」
誓印を続けて宙に描き、剣に手をかざした。
「リーク・ファラメッサ・ヤランカ(証の源を求めよ)」
これでいい筈。
私の目には、証拠品の剣が淡い光に包まれているようにみえる。
おそらく成功!
商売道具だろうから、おそらく持ち主が長時間持ち歩いていた筈で、土地の記憶も探りやすいと思うんだけどな。
風に乗って視界が上昇し、ついで、土の視点に切り替わる。西イーラウの町並。何処とも知れない街道。建物。
ん? ここ、何処だろう?
緑少なめな荒地っぽい。こんな場所、西イーラウ周辺にいっぱいありそうだなぁ。
大きな岩が視える。上の一部がちょっとへこんでいて達磨の椅子みたいな。
そのそばの地面に…よくよく見れば四角い線が。って、ええ? 見間違い?
これって地下に通じる出入り口だよね? 土と砂が覆い隠してて―――うわ、こんなの一見しただけじゃ、全然わかんないよ!
あ、術が終わった。
「フィーニ(終われ)」
念のため、手続きを取って術を終了し、私はほうっと息を吐き出した。
うぅ、やっぱり難しい術は疲れる。
シゼル隊長を見ると、かなり眉間を渋くしかめていた。というか、隊長の笑顔とか逆に見た事が無いけれど。
ウェイ隊長は相変わらずというか、こちらが何をしていても気にしていないような感じというか。
「何かわかったのか?」
「え、はい」
さっき見た地形を説明し、地下に潜伏先があるようだと言うと、ウェイ隊長がひやかすように口笛を吹いた。
「町でも洞穴でもなく、地下に潜んでいたとはな。道理で見つからないわけだ」
シゼル隊長は沈黙している。
や、やっぱり出鱈目だと怪しんでいるんだろうか。確かに、胡散臭いとは正直、自分でも思います!
「カズミ、他にも術はあるんだろ? ちょっと見せてみろ」
断定ですか、ウェイ隊長。
ここまで来たら見せるのも見せないのも一緒かなぁ。
こうやって後先考えずに行動して後で痛い目に遭いまくってはいるんだけど。
「わかりました。もう腹を括ります! いきますよ!
ウィドウ・アグア・トーア(水よ、ここに集え)」
裏見の森で使ったのと同じ魔学。するすると水が指先に集まったけれど、今回は手のひらサイズの水の玉を作ってみる。
「へぇ、すごいな。他には?」
「秘密です!」
お腹も空くし、見世物にはなりたくありません。
水の玉を消すと、ウェイ隊長は拍手を送ってくれた。
いや、私、手品師じゃありませんよ? 掴めない人だなー。
「ウェイ」
「行くか?」
「あぁ、日が完全に暮れる前に。急いだ方がいいだろう」
シゼル隊長は颯爽と身を翻すと、「カズミも来い」と命じられた。
…どうしよう。これで無駄足だったなら、顔向けできないなぁ。
失敗しても、殺されはしないと思いたい!
「どうせ行き詰ってたんだ。お前の言葉が無くても、どうせやる事は変わらんさ」
暗い顔になっていた私に気付いたのか、ウェイ隊長が素っ気無くもそう言ってくれた。
あれ? 慰められた? 思ったより、優しい人、なんだろうか。