07 実験
それから雑用という名の鬼のような隊務が課せられ、掃除、洗濯から始まり、馬の世話、備品の買出しとこき使われた。
毎日、剣の練習も課せられた。その相手はアインだったけれど、年は変わらないのに経験はずっと上だ。
しかも馬に一人で乗れない事がばれると、それも日課に組み込まれた。
体力…体力が限界!
けしてひ弱なわけではないけれど、苛酷な肉体労働には正直参った。
五日に一度やって来る最初の休日は寝台から起きれずに死んでいた。
二週目の休日はようやく身体も慣れて、街に散策にでも出ようかと思い立ってみる。
…それと、魔学も何処まで使えるのか、試してみたい。
魔学が使えないと、実戦ではほとんど役立たないだろうと思われる昨今。
警吏隊は今、交易路に出没する『死神』と呼ばれる盗賊集団を追っている。
このイーラウに向かう途中の商隊や旅人が襲われ続けて既に二ヶ月。『死神』と呼ばれる理由は襲った獲物を皆殺しにするその手口にある。
その所為で情報もなかなか集まらず、まだ根城も特定できずにいる。
『死神』の所為で商隊の足が遠のくとなれば交易都市イーラウの死活問題にも変わる。
そんなわけで、西イーラウ地区警吏隊は『死神』の討伐の為、巡察を強化して日夜活動している。
…追跡の魔学が使えればいいんだけど。
私が隊に所属してから十日、厳重な警戒の効果が出ているのか、その間『死神』は現れていない。
さてさてと。
アインから教えてもらった一人の世界にひたれる絶好ポイント、その名も裏見の森。
引きこもりのヨルファが好みそうな場所だなぁ…。
というか、昼時なのに暗すぎやしないか。お空が繁った枝で真っ暗じゃないか。
この裏見の森、町を取り囲む北側の外壁と接するように広がっており、西イーラウが建設される前から存在しているらしい。
奥深くに足を踏み入れれば道を見失う帰らずの森でもあって、度胸試しにはオススメなのだそうだ。
この中なら魔学の練習をしていても見つからないんじゃ!と期待して来てみました。
ちなみにアインに対しては、ストレス発散の為、大声で叫ぶ場所が必要なんだ!という、わけのわからない主張をしてこの場所を教えてもらいました。
「さてと」
しばらく使っていなかったので、まずは最初から。
銀貨を取り出して、手のひらの中央で握る。
「イル・サ・ヤランカ(証を示せ)」
指の隙間から仄かな光がもれる。
それを確認すると、私は満足そうににんまりした。
「火は危ないから、水、かな。ウィドウ・アグア・トーア(水よ、ここに集え)」
水の神に捧げる誓印を切り、すっと手を頭上に伸ばすと、その上で小さな水滴がみるみる内に膨れ上がった。
「エイン!(消えよ)」
その一言で霧散する。
順調だ。
よぉし!
「サ・ウェンテル・トード・テラウン、キリウ・サガ・メサナア・トマーウナ(大いなる風よ、土よ、その手を伸ばし目を与えよ)」
鮮やかに誓印を結び終えると、意識がふっと遠のく感じがして、視界が変化した。
風に乗ってイーラウを見下ろし、地の繋がりを借りて、地上に目を配る。まずまずだ。
この辺りの魔学が使えたらまず問題は無いだろう。
「フィーニ(終われ)」
といっても、探索の魔学は上級レベル。
意識を閉じた後、身体はぐらりと傾いた。今晩は三人前くらいゴハンを食べてしまいそう。
後は試してみたいのは転移の魔学。しかし、これに失敗すると、また変な所に飛ばされてしまいそうな気もする。
けど、まいっか。
この魔学の便利さには替えられない!
「テアド・ウェンテル(風よ運べ)」
風の神に捧げる誓印を描き終えると、舞い上がるように、指を下から上へと跳ね上げる。
寮の個室へ!
身体から重力が掻き消えるような奇妙な浮遊感の後、既に目的地に運ばれていた。
ここ数週間ですっかりお馴染みとなった狭い個室。
「やったー!」
思わず成功した嬉しさに寝台に飛び込んだ。
固い寝具がちょっと痛い。けれど、転移の魔学に成功した!
よし、これで行った事がある場所なら大体、何処でも跳べる。まー、体力が続く限りという注釈はつくけれど。
ぐっとガッツポーズを決めたとたん、お腹がものすごい音で鳴った。
よくある話(笑)