06 配属先
ゼイアス国西イーラウ地区シゼル隊長率いる警吏隊に入隊して嵐の一週間が過ぎた。
半端無い。半端無かったよ…。
何度、入隊を後悔したか。
入隊初日、まず最初に世話係のアインを紹介された。
アインも比較的入隊したのは最近らしく(といっても半年前だけど)、お互い足りない部分を補完し合うようにと言われた。
アインは二つ年下で、何でもすぐに口に出してしまう所が玉に瑕とは言え、その分、正直でさっぱりとした性格は好感が持てる。
いつもくしゃっと毛先が丸まる金髪を見るとひよこを思い出した。目の色はびっくりするくらい明るい緑をしている。
「へぇ、お前、女みたいに細っこいな。そんなんで隊務をこなせるわけ?」
だから、あなたたちがでかすぎ以下同文。
人種の違いだ! きっと。
というか、女はやっぱり隊に入っちゃまずいんでしょうか…。今更訊けないこの疑問。
「ま、隊長が許可出したんだから俺が言う事でもないか。とにかくよろしく」
この悪意の無いからりとした物言いは良かった。
私は握手をして友好を深めた。
アインは制服など明日からの隊務に必要な備品の手配をしてくれ、寮に案内してくれた。
狭いながらも個室だ。しかし、浴室、トイレは共同だという。合掌。
それから食堂。毎日決まった時間に食事が出るこの贅沢さ。
記憶喪失である事を話すと、アインは驚きつつ、色々とこの国や街の事についても細々と説明してくれた。
「国名はゼイアス。王政を敷いているけど、幾つかの都市に監督官を置いて自由自治権を与えてる。このイーラウもその一つさ。
イーラウは昔からある有名な交易都市なんだ。この西イーラウが百年前に出来たのが最初。
ゼイアスに接する他国とも、海洋からも足を運びやすい場所にあって、一旦、物は何でもここに集まると言われてる。
その分、人の出入りも激しくて治安維持も大変なんだけどさ。街の中も迷路みたいだったろ」
アインは西イーラウ出身らしい。ありがたい事に、物を良く知っていた。
「東イーラウ地区は何処の事なの?」
「東は西イーラウに後から増築された富豪層が多く住む区画なんだ。
ほら、西と接してるあの門から出入りできるけど、入門検査は恐ろしく厳しい。
街を上から見たら、西イーラウにくっついたこぶみたいにみえるぜ。
この街に生まれて十八年間ずっと暮らしているけど、俺も未だにあっち側に入った事はないんだけどな」
なんだか色々ありそうだ。
西イーラウ地区警吏隊は二百人。東イーラウ地区警吏隊は百人。総計三百人の隊員が配備されている。
シゼル隊長とウェイ隊長の下に部隊長がおり、部隊は各十五人ずつ編成されている。
隊長の上には総隊長がいるが、それは名ばかりの貴族で他の都市に住んでおり、実際、指揮を振るう事はほとんどないのだとか。
つまり実質のトップはあの二人。
通貨の単位など、あとは生活に必要な知識を色々と訊いてみたけれど、何とか応用が利きそうな感じ。
調味料とかの名前とか、細かな差異はあるだろうけど、充分順応できるレベルだ。
それと、魔学。この世界には存在しているのかなー。
不審人物扱いをされない為にも、その辺りの確認もしておかないと。
その夜遅く、皆が寝静まった頃を見計らって風呂を使い、早く元の世界に戻れる事を祈って、私は眠りについた。
持ち歩いていた目覚まし時計で起床し、制服を着る。思ったより伸縮性のある生地でびっくりだ。
アインと朝食を済ませて、二人で隊長の執務室に向かうと、シゼル隊長が部隊長を兼任する二番隊に所属するように言われた。
ちなみにアインも二番隊。
「へぇ、カズミも結構やるんだなぁ。自分で言うのもなんだけどさ、二番隊は一癖も二癖もあって個人プレイが目立つけど、腕は他よりずば抜けてる奴が揃ってるんだぜ。
お前と仕事すんのが楽しみだよ」
にかっと眩しい笑顔を向けられ、ぶんぶんと首を横に振る。
「いやいや! 私、剣は駄目駄目だし、体術は普通だし! なんで、二番隊に配属になったのか全然わかんないんだけど!」
「へ? そうなのか? まぁ、シゼル隊長が理由無く決める事はないと思うけど」
うぅ、嫌な予感がする…。
やっぱり追剥の件で、なんか変な疑いでもかけられてるんだろうか。
「とりあえず、二番隊の奴らに挨拶に行こう。お前を入れて、丁度十人だ」
「あれ? 十五人で一部隊って言ってなかった?」
「あー、元々数いないんだけど、この前、二人退職したからなー」
「…それって殉職?」
「いや、寿退職」
それって、性別はどっちで考えれば!? もしや男で寿退職って事もあり!?
会議室に通されると、予想通りと言えば予想通り、個性溢れる七人の猛者たちがそれぞれに寛いでいた。
壁に向かって延々とナイフ投げをしている少年。壁には既に三十本くらいナイフが突き立っている。
一体、何本、ナイフを隠し持っているのだ、少年よ。
椅子に座った妖艶なお姉さん、にしか見えない隊員。
いや、女の人のように胸はないんだよ! 確かに胸はないんだけど、何だろう、制服を着ているのが勿体無いくらい金髪がゴージャスな色気の滴る姉御なんだけど! 性別はあえて問えない。
壁に背を預けたままぴくりとも動かない黒髪の青年。
明後日の方向を見たまま、完全無視という態度。何か、アナザーワールドを三つくらい持ってそうだな。
そして、二人でジャグリングをし合っている猫耳を付けた双子。カラフルなボールが二人の頭上で代わる代わる飛び交っている。
片方は右耳に銀の環、片方は左耳に同じ銀の環をしている。間違い探しの題材に使えそうな二人だ。
あとの二人はいわゆる大人の男で制服がよく似合う事ったら。鞭でも手に持てば、何処かの独裁政権を思い出す。
チョコレートブラウンの髪の男は卓の上に腰かけ、赤毛の男はその斜め前に向かい合って話し込んでいる。
…何と言うべきか、何だろう、このサーカス団を結成できそうなこの面子は。
見ているだけで疲れてくる。
「おーい、新しい奴連れてきたぞー」
アインはさすがと言うか、目の前のこの有様に怯みもしない。
「今日から二番隊に配属されたカズミ。そんでもって記憶喪失らしいから適当に面倒見てやってー」
「…はじめまして、よろしくお願いします」
何だその自己紹介と思いつつ、無難に挨拶をしておく。
「私はオードだ。よろしく」
そう言って友好的に笑ってくれたのは、赤毛の男だった。
さすが大人だ。穏やかな微笑みがとても優しそう、かつ、まともにみえる。
「アイヴァンだ。まぁ、頑張れよ」
ぶっきらぼうにそう言ってくれたのはチョコレートブラウンの方。
この人も何だかいい人そうだ。
「ちっちゃいね」
「顔も平凡だし」
「あんまり面白くなさそう」
「残念だ」
「俺は、ユーク」
「俺は、サイド」
「適当に頑張れば」
「邪魔になるなよ」
ジャグリングを続けたまま、振り向きもせずに双子が言う。
また、ちっちゃいって言われた。私は敵のカテゴリーに彼らを分類する事に決めた。
と、頬にちりっとした痛みが走って、視線だけを横に向ければ背後の扉にナイフが刺さっている。
…これは。
どういう。
挨拶。
だ!
「おいおい、ルイ。こっちに投げてくるなよ」
呆れたようなアインの声。いや、それだけで済ませるんかい。
「鈍いわねぇ。あれくらい避けなさいよ。そんな事だからお肌に傷なんて作っちゃうのよ。顔に傷を許すなんて最悪ね!」
なんて言われようだ。というか、やっぱりその低い声、オカマさんなの?
美肌至上主義らしい彼の名は、マグノリア。
「…」
そして、その背後でひたすら自分の世界に沈んで戻ってこない黒髪の彼は、ヨルファ。
「…アイン」
「ん?」
「他の隊に替わることって出来る?」
「そりゃ、無理じゃないか。正当な理由があるんならともかく」
「…だよね」
なんだか泣きたいぞ、本当に。