05 遭遇
曲がり角の先は予想通り、似たような人気のない裏通りが続いていた。
大通りから一つ道を外れただけで、気のせいか、がらりと空気が変わる。
問題の不審者は探すまでもなく見つかった。
目と鼻の先で、気を失った男の人の両脇に手を差し込んで、後ろ向きに引きずっている。こんな寂れた場所で。
これは十中八九、犯罪の臭いがする!
しかし、見るからにどんな状況なのだか。
引きずられている男の人はアメフト選手よろしく大柄な体格で、対して、荷物よろしく運んでいる相手は私よりも背が低いくらいの小男だ。
布製の帽子を深く被り、顔は見えないけれど、年は若くはなさそうだ。引きずる速度も自然、ゆっくりとしている。
引きずられている男の人は生きているのか、前のめりに深く首が折れているので確かめられない。
でも、どう考えてもこのまま黙って見送ってしまってはマズイ気がする。
「あの、ちょっとすみません!」
とりあえず、職務質問だ!
「そちらの人、意識を失っているようですが、大丈夫ですかー? 医務院に運ぶのでしたらお手伝いしますよ!」
無視されるかと思ったけれど、小男の歩みはぴたりと止まった。
―――どさっと音がする。
人の身体が投げ出される鈍い音。
…え?
「―――仕切り直しかと思っていたが、出向いてくれるとはありがたい」
地面に投げ出した身体を跨ぎ、不審者の男がこちらに向き直るのを見て、ぎくりと鼓動が跳ね上がった。
…今、なんて言ったんだろう。声が掠れ過ぎていて、聞き取れなかった。
だけど、風向きが悪い方へ変わった事くらいはわかる。
何か御用でしょうかと問う前に、無造作に腕を振った男の手に剥き身の刃物が現れる。
…通り魔だなんて聞いてないよ!
こういう時ばかり大凶を引き当ててしまう自分の器用さに引き攣った笑いが込み上げてくる。
そのまま一歩、二歩。立ち尽くす私の方へ。
目に飛び込んでくる映像が指し示すものを全て理解しているのに、直前まで凍りついたように動けなかった。
「!」
まずい!
「アンカ・セリスト・サフェー!(出でよ、氷の壁)」
間一髪、私の前に氷の壁が形成されるのとほとんど同時に、がん!とナイフが突き刺さる。
「っ!」
丁度、私の心臓の前で。
あと一歩遅ければ確実に胸に刺さっていた。
ぞっとする暇も無い。
そんなにちゃちな防壁でもないのに、衝撃で既に氷壁には大きな亀裂が。
「トラウ・ウェンテル!(飛ばせ、風よ)」
とにかく襲撃者と距離を稼ぎたくて、弾き飛ばすための風を呼ぶ。
が、その時には、恐ろしい刺客は既に前方にいなかった。
ハッとして前に跳んだ。
背中に刃先を感じて、足がもつれる。
「ナアク・ウェンテル! トラウ!(巡れ、風の壁。飛ばせ)」
無我夢中で誓印を切り、自分を中心に風を渦巻かせ、吹っ飛ばす。
戦法も何もあったもんじゃない。激しい焦燥と冷たい恐怖に急かされて、ひたすら近寄らせないように魔学を使い続ける。
なのに。
相当な勢いで壁に打ち付けられた筈の相手は、痛覚でも麻痺しているんだろうか、間を置かずにゆらりと立ち上がった。
是非ともそのまま寝ていてほしかったよ!
衝撃で帽子が転がり、ようやく顔が現れる。見かけはちょっと気弱そうなオッサンだ。道端ですれ違ってもきっと犯罪者だなんて気付かないような。
小さな眼で正面の私を不思議そうに見つめてから、急ぐ様子も無く近付いてくる。
摩学に驚いて逃げてくれないかなぁ、なんて、自分に都合の良い期待をしちゃったりしてたんですけど、ね。
でもさ。
この人―――変だよ。
何が変だって、さっきから呻き声一つ上げない。
容赦なく摩学をぶつけているのに、恐怖の欠片すらない。この世界には摩学なんて魔法は存在しないんだから、死ぬほど驚いてもいい筈だ。
感情が何も伝わってこなくて、それが酷く不気味で、気持ち悪い。
ううう、嫌だー。こんな奴とやり合いたくないよ!
明らかに素人じゃないじゃないか。荷が重すぎる。
でも、床に倒れたままの人も放っておけないし。
ひとたび弱気が這い上ってくれば、息が上がる。
どうしよう。
どうしよう!?
混乱して答えが出ないまま、さらに距離が詰められる。
刃の切っ先が鈍く光る。
―――誰か。
「―――っ!」