04 事件の予感
翌日はアインとルイと三人で定例の巡廻を行った。
アインと私が二人並んで歩く後ろを渋々とルイがついてくるのが、お決まりのパターンになりつつある。
今日の巡廻ルートは、西イーラウの中でも寂れた雰囲気のある、治安があまりよろしくない北西部の貧民街となっている。
活気のある目抜き通りと比べれば、崩れかけた傷みの目立つ建物が多く、その日暮らしを送る貧しい人たちが多く住み着いていると聞いた。
木枯らしが吹く今も薄着のまま通り過ぎる人の多い事ったら。見ているこちらが寒くなってくる。
最初の頃にアインから、夜には近づかない方がいいぞ、と、注意を受けた地域だったりもする。
多分、隊長に警吏隊への入隊を薦められなければ、私もここに紛れ込んでいたんだろうなぁ。そう思うとこの寂れた地域にも、何だか親近感が湧いてくる。
やっぱり右も左もわからぬ世界で、生活の基盤となる職探しはそれなりに大変だし、住居を確保するのも苦労はつきものだ。
前回のトラベラーでは定住せず、滞在中の大半が旅だった。
そのおかげで野宿や大抵のハプニングにも慣れたけど、雨と風が仲良く襲ってくる悪天候の時は非常につらかった。
思わず旅の連れに八つ当たりの喧嘩を吹っ掛けるくらいにはツラカッタ。
向こうは大人なので、はいはいとさっくり流されてはいたけれど。
結論―――屋根のある所で生活できている今の私は結構、幸せ者だ。たとえ、島流し的に異世界へトラベラーさせられているとはいえ。
「お前、なに、にやにや笑ってんの」
はっ!? 幸せ感が顔に出てしまっていた!?
隣でアインが呆れている。
「北西区で気を抜いてるのはお前くらいだぞ。その締まりのない顔はちゃんと仕舞っとけよな」
…何だろう、私より確実に年下なのに、非常にアインが年上にみえる。
ひとまず、両頬をばしりと叩いて気合いを入れ直すと、背筋を正した。そうだ、お仕事中は闘う警吏隊員として油断は禁物!
「ごめんごめん。そういや、先週はここで盗難が多発したって報告が上がってたよね」
「被害者は他から来たよそ者ばっかりだろ。ま、これから寒さも厳しくなるし、資金繰りに金目のものを狙ってるんだろーな。今のカズミなんて恰好の餌食じゃねぇの」
「へ? あぁ、大丈夫! 私は財布を持ち歩かない主義だから」
「…まぁ、どうみても金があるようにはみえないか、お前は」
その通り!
って、アイン、さりげに失礼だな!
「この通りを見たら、次はもう一筋奥に入ったハバソの裏通りに顔を出して終わりだ。―――で」
周囲に視線を巡らせたアインが、ひょいと後ろを振り返る。
「そろそろ、あいつも限界そうだなぁ」
…ははは。
ですよねー。間違いない。
最後の三人目―――つまり、ルイ。
いつの間にか、すぐ後ろを歩いていた筈の姿が随分と遠くに離れてしまっている。あああ、足元がふらついてるよ…!
…だから今日は休むか、詰所での内勤に変えてもらえばって言ったのに。
まぁ、元凶の一端は私にもあるんだけど…。
昨日のバトルで頭からずぶ濡れになったルイは、身体を冷やし過ぎたせいか、見事に風邪を引いてしまったらしい。
今朝から調子が悪そうだったのだけど、本人は頑固に否定を繰り返し、見回りにも参加して…そして今に至る。
顔も赤いし、どうみても高熱が出ているぞ、あれは。
アインと私は顔を見合わせた。
「仕方ない。残りは俺が一人で見回るから、カズミはあいつ連れて先に帰っていいぜ」
「え? でも、一人は危なくない? そのために三人で組んでいるんだから」
アインは肩を竦めて苦笑した。
「しょうがねぇじゃん。むしろ、今のあいつがいる方が足手まといだろ。
それに俺、昔はここに住んでたしな。庭のようなもんだから、心配ねぇよ」
初耳だ。
驚く私にアインはいつもの笑顔ではなく、ふと別人のような大人びた横顔をみせた。過去にあった何かを想像させる、その空気。
「つーわけで、知り合いも多いしな。心配いらねぇよ。この地区の詰所も近いし、何とかなるだろ」
アインなりの気遣いか、明るさを取り戻した声で重ねて言われ、私は迷いながらも頷いた。
「じゃあ、詰所にいる他の人と見回ってくれる? 私はルイを連れて戻るよ」
「うーん、まぁ、わかった。そうするか」
首を振りかけたアインは了承してくれた。
その場で手を振って分かれると、私はルイの元へと踵を返した。
近くで見ればやっぱり顔色が良くない。
なんでこうまでして意地を張っているんだか。ルイなりに仕事を頑張ろうとしているのかな。
とにかく、何か言われる前に腕を肩に担いで、身体を支えた。同じくらいの身長なので実にやりやすい。
「今日の巡廻はお仕舞い! 帰るよ!」
それだけ伝えて、問答無用で来た道を引き返す。
普段のルイなら思い切り拒否しそうだけど、その気力もないのか、げんなりとした顔をしつつもルイは黙って従ってくれた。
本部へ戻るために近道しようと脇道に逸れた。
―――その選択をどっぷり後悔するはめになるなんて、今の私が知るわけがない。
そろそろ一日の仕事が終わる時間だ。基本的に二番隊は日勤で、夜勤は別の隊が引き受けているので日が暮れる頃には交代となる。
空はまだ水色だけど、あと小一時間も経てばすっかり夕焼けに染まる筈だ。やっぱり冬はこの国でも日が短くなるみたい。
日が沈むと急激に気温が下がってしまう。
その前に本部へ帰り着こうと近道をするために横道に入った。前にも通った事のある裏道だ。
頭上では建物と建物の間を結ぶように洗濯物が紐で吊るされ、石畳に落ちた薄い影がゆらゆらと揺れていた。
便利そうにみえるけど、どうやってるんだろ、あれ。西イーラウは建物が密集しているせいか、そんなに珍しい光景じゃない。
上ばかり見ていれば、足元に転がっていた空き瓶に足を取られそうになった。
ルイがあからさまに莫迦にした目つきを向けてくる。転ぶ時は絶対ルイも道連れにしてやると決意した。
沈黙の谷の住人であるルイと並んで黙々と歩きつつ、ゴミの転がる石畳の上から目を上げた。
―――その先で。
ずるずる、と。
…………………………。
…ずるずるって、ナニ?
少し先の突き当たりで道が左右二手に分かれている。左手は大通りへと繋がる道で、もう一方はどの方面だったか、すぐには思い出せない。
その見知らぬ先の曲がり角へ消えていく足と靴を唖然として見送った。
―――って、足!?
…見間違い? なわけない!
寝かせるように、ほぼ地面と平行にくっついていた足。まるで誰かに胴体を持たれて地面を引きずられているような。
つまり。
誰かが現在進行形で拉致られ中ですか…!?
何だかマズイ…とにかく不吉な予感がびしばしとする!
「ルイ! ちょっと待ってて!」
こんな汚い場所で悪いけれど、壁に寄り掛からせ、反射的に後を追った。
―――この時、慌てていて何も考えていなかった私。
誰かを引きずっている相手がどんな奴かなんて。
その誰かが、どうして自分の足で歩けない状態になっているのかなんて。
私は何も考えていなかった。