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期間限定迷子  作者: yoshihira
続編
58/65

02 監査官とのご対面


 シゼル隊長の先導に従い、私たちの前に立った監査官一行であろう二人の男女は想像していたイメージとちょっと違っていた。


 貴族らしい貴族といって真っ先に思い浮かんだのは、かつて、ずかずかと本部に押し入ってきたセベイ長官。

 取り巻きを連れていて俺様、嫌味たっぷりな物言いで指図して。

 王宮で再会した時は気落ちしている感じで元気がなかったけれど、もう復活している頃だろうか。


 そもそも貴族ってどんな人たちなの?とアインに聞いたら、お前そんな事も知らないのか!と非常に可哀相なものでも見るような目をされた。

 いや、だから、私はこの世界の人間じゃありませんから!


 というわけで、アインが説明してくれたこの世界における常識、貴族と呼ばれる人々は、社会的特権を有した家系の事と判明。

 国から爵位と領地を与えられ、住民を取りまとめる地方領主の役目を果たしているそうだ。国府はその貴族を通じて全体を統括するといった形態になる。

 つまりは政治家の一種なのだな、と、理解した。

 爵位は階級が定められていて、上から公爵、侯爵、伯爵、だったか。その実態はとかくあれど、基本的にはセレブと評して間違いなさそうだ。


 ちなみに西イーラウで生活をしている現在、隊長を除けば、貴族と関わる機会なんてほぼ無きに等しい。

 時々、東イーラウに向かって貴族の馬車が通り過ぎる所を目にする事はあっても、窓には覆いがかけられ、中はちらりとも見えやしないし。

 東イーラウと西イーラウの間には、物理的な壁だけじゃなく、目に見えない壁もあるのだろう。

 基本的に西区の人間は東に近寄らないし、東区の人間も同様に西区に立ち入って来ない。つまりはそういう事だ。


 だから、貴族だと聞いていた監査官の二人組が西区にある警吏隊本部にやって来るというのも、何だかちょっと意外な感じがしていた。

 前回みたいに、私たちが東イーラウに直接顔を出す話なら、まだわかるんだけどなー。


「やぁ! マグノリア!」


 …へ?


 突然、つかつかと私たちの間を横切った黒服を着た男の人がその勢いのまま、奥にいたマグノリアさんに両手を伸ばす。


 が、見事に空振った。

 マグノリアさんが直前で鮮やかに身を引いたからだ。


 というか、何がしたかったんだ、この人。まさか、抱擁ハグ、だとか…?


「久々の再会につれない事だねぇ! 変わりないようで何よりだけどね!」


 年齢は四十手前くらいか、まるで映画で見る神父さんのような黒のカソックを着ていて、金髪をリボンでまとめ、飾りのように左胸へ流している。 

 水色の瞳の一方にはチェーンのついたモノクル。ふむ、この世界にも眼鏡ってあったのか。


 にこにこと笑顔になるその人の前で、マグノリアさんはどんどん険悪な顔つきに変わっていく。

 どんなお知り合いなのかとても気になる展開だけど、…非常にコワイです、マグノリアさん…。


「ミゼル様、皆様がお待ちです」


 シゼル隊長の隣に控えていたもう一人、臙脂色の格好良い騎士服を身につけた女の人が静かに諫めてくれた。驚いたなぁ、この国にも女性の騎士っているんだ。

 茶色の髪は短くせずに後ろで束ねているみたいだけど、ドレスではなく、剣を帯びた男装をしている。表情も凛々しく冷厳といった表現がぴったりと合う雰囲気。しかも、美人だ。


「挨拶くらいゆっくりとさせてくれてもいいじゃないか、もう」


 たぶん、この男の人が監査官である貴族だと思う。

 が、口を尖らせて拗ねてるよ、この人。何歳ですかと真顔で訊きたくなる。


 警吏隊歴が長いと聞くマグノリアさん。監査官と知り合いであってもおかしくはない、のか…?


 場を仕切り直したシゼル隊長の一声に、あらためて二番隊員はこの三人を前にして紹介を受けた。


「ハインド伯爵、ここに集まった九名が現在の二番隊所属の隊員です」

「いやぁ、我儘を言って済まなかったねぇ、シゼル隊長」


 にこにこにこ。


 伯爵の惜しみない笑顔にもシゼル隊長はペースを崩さず、素っ気ないほど落ち着いた対応だ。

 伯爵の様子からして、以前からの知り合いなんだろうけど。


「既知の者もいるだろうが、紹介をしておく。こちらがイーラウの監査官であられるハインド伯だ。

 おそらく二週間ほどになると思うが、視察のため、東イーラウにて滞在される。基本的には総督府を中心に行動されるが、例年通り、伯爵の警護を任じる事もあるだろう。

 身辺警護はここにおられる筆頭近侍のサナイ殿が務められるが、隊としても協力は惜しまない。よろしく頼む」


 警吏隊トップの隊長自ら歓待するくらいなのだから偉い人には違いない。

 立場的にどの程度偉いのか、比較しようがないのでよくわからない上、見た目よろしく気の良い神父さんにしかみえないにしろ。


 三人を前にして整列した私たちは挨拶代わりに敬礼を送る。揃わずにばらばらしているところがいかにも二番隊らしい。

 誰を前にしてもどんな時でも普段のペースを崩さない、シゼル隊長と二番隊の面々はそんな所がよく似ているような。

 規律第一を掲げている五番隊の部隊長さんが目にしたら、長いお説教になる事間違い無しだ。


「さて、初対面の者もいる事だしねぇ。簡単に事情を話しておこうか」


 そうのんびりと話を引き継いだのは、一歩、前に進み出たハインド伯爵だ。一つ一つの動作が泰然としていて、この人が急いだりする所をあまり想像できない。


「紹介された通り、今回の訪問目的はイーラウ自治区の査察なのだけれどね、監査自体は書面を通じて八割方、終わっているのだよ。

 そこで君たちには私の個人的な諸事に少々付き合ってもらいたくてねぇ」


 個人的なショジ?

 すぐに漢字変換ができずに、頭がはてなを弾き出す。


 首を傾げていると、伯爵はにこりと微笑んだ。


「あぁ、命に関わるような事ではないとだけ言っておくよ」


 …そんな微妙な前置きは要らないんですが。


「立場上、一人で出歩く事は禁じられていてねぇ。無論、護衛を連れては来ているが、西を実際によく知る君たちを借り受けた方が賢明だろう?」


 伯爵は良いアイディアだろうとでも言うように、ぴっと指を立てて見せた。

 何というか、ちょっと芝居がかった人だ。


 話を要約すると、私用で西イーラウ市街を訪れる際に、私たちに護衛をしてほしいという事みたい。


「もっとも君たちのおかげで、イーラウ自体、昔と違って治安は遥かに安定しているから、護衛といってもお飾りのようなものだけれどね。

 確か少し前に、死神と称して交易路をほしいままにしていた盗賊団を壊滅せしめたのも優秀な君たちだったね」


 親が子供を褒めるような口調で言われ、そんな事もあったなぁと思い出す。

 私がこちらに来たばかりの頃の事件じゃなかったっけ。数ヶ月前にあった事件だけど、もっと昔に起きた出来事のように感じる。

 運良く魔学の術が功を奏して、敵の隠れ家を見つけ出す事に成功したんだった。


「ゴダの遺跡が利用されていたと聞いているよ。遺憾ながら、過去に調査隊が提出した報告書に虚偽があった事も」


 そうそう、地下にあった昔の遺跡に隠れてたんだっけ。

 犯人たちもよく見つけたもんだ、あんな場所。

 …報告書にキョギ?


「もっとも今は完全に廃墟と化しているそうだね。討伐の際に地中に没したなんて、相当、激しい戦いだったようだねぇ」


 そ、それは…。派手にやり過ぎたと今は反省しています!

 久しぶりで張り切り過ぎたんデスヨ…。


 ハインド伯は繰り返し警吏隊の活躍を褒め称え、終始、にこやかな笑顔だった。どうやら警吏隊の事を高く評価してくれているみたい。

 そして、シゼル隊長は盛大な賛辞を常の如く平静に受け流した後、貴賓室に移動する旨を告げ、短い顔合わせはお開きとなった。


 扉が閉まるまで一同を見送った後、何故か、妙な視線の数々が自分に集まる。

 きょろきょろと皆を見回すと返ってきたのは、オードさんやアイヴァンさんの苦笑い。

 双子は興味ナシの無視で、ルイに至っては思い切りそっぽを向かれた。…そこまで嫌がらなくてもいいじゃないか。

 

 横にいたアインが憐れむような顔つきで肩を叩いてきた。


「目をつけられたなぁ」


 え、何の事…?


 何となく、自分に関係している事だとはわかるが、それ以上の意味はつかめなくて、ぽかんとしてしまう。

 誰か説明を!と頼む前に、マグノリアさんからの業務連絡が始まったので、疑問は解決せず置き去りになった。


 穏やかながらも異世界の日々は忙しく、慌ただしい一日を消化していく内に、あっさりと私はその疑問を忘れ去っていた。


 


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