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期間限定迷子  作者: yoshihira
続編
57/65

01 異世界と私

凍結していた続編を書き直して更新しています。大筋は変わらずですが、色々と省いた箇所もあり、大幅修正しています。

時々、残酷描写、微恋愛要素ありです。ご注意ください。(12/5/17)



 朝起きると吐く息が白かった。

 毛布を身体に巻きつけても寒いものは寒い。雪が降るほどではないけれど、この世界にだって冬はあるらしい。


 休み明けの朝は起きるのがツライ。でも、このお仕事で飢えもせず、寝床も確保できているんだから二度寝するわけにはいかない。

 働かざるもの食うべからずとも言うしね。


 窓の外の天気を確かめつつ、壁につるしていた制服を手に取った。

 隊の制服は基本的に全員が同じものを着用している。街のおねーさん方には男前度が二割増上がるとの評判だったり。


 下はかっちりとした細身の黒ズボン、上は濃緑をベースとしたフロックコートのような外套で、膝丈の革製のブーツに裾がかかるほど長い。

 胸ポケットに非常食を押し込んで、腰に帯剣用のベルトを締めれば身支度は終わり。


 よし、準備完了!


 現在の私の城、寮の個室には必要最低限の物しか置いていないので、映りの悪い手鏡くらいしかないけれど、今の自分を全身鏡で映すとしたら、こんな感じになる。


 先日、同僚であるアインに切り揃えてもらった髪は、うなじにかかるくらいのショートヘア―――丁度、こちらの世界に来た頃と同じくらいの長さになった。染めてもおらず、色は真黒なからす色。

 年齢は今年、十代を卒業したばかり。友人によれば、顔立ちは良くも悪くも十人並、らしい。

 身体つきは中性的と言えば聞こえは良いけれど、ようするに主張すべきところが見当たらず、時に性別を誤解される元となっている。


 長所は、喉元過ぎれば暑さを忘れるさっぱりとした性格。

 短所は、考え無しで行き当たりばったりなところ。十代も卒業したし、そろそろ浅はかな行動を改めたいと内心、決意に拳を握っております。


 ―――というのが、私、立宮たちみやカズミです。

 男装生活が長く、色々と胸を張って主張できない部分もあるけれど、性別はあくまで女。


 そして、ここからが肝心な事―――平凡な一学生の私が何故、警吏隊の制服などに袖を通しているのか。

 つまり、現在、私は自分のよく知る世界地図の何処にも存在しない国で暮らしているのだった。端的に言うなら、異世界で。


 さらに言えば自分にとって、異世界に迷い込むのはこれが初めてじゃなかった。なんと、ついうっかりのレベルで異世界に迷い込んでいる経験、一度ならず。これを才能と呼ぶのかは頭を抱えて悩むところだ。


 ただし、一定の時間が経てば元の世界に戻れる事はわかっている。…今回も一度は自分の世界に戻れたのは戻れたんだけどなぁ。


 この四度目のトラベラー生活に入って、早半年が経とうとしている。

 剣も魔法も無い、それなりに平和な自分の世界に次に戻る事ができるのはいつになるのやら?


 それまで強制的に留まらざるを得ない以上、三度の食事や風雨を凌ぐ屋根は必須。そうそう都合良く、家や食事が無償で手に入るわけもない。

 そうして仕事を求めた私が出会ったのは、このゼイアス国の南方に位置するイーラウ地区の治安維持に務める警吏隊だった。


 警吏隊には基本的に女性は配属されないらしい。つまり、私も男と性別を偽り、一隊員として働いている。

 一部の人に明かしてはいるけれど、何を隠そう、私を女と見抜いた人はほとんどいない。それほど私の男装は完璧ですか。


 それなりに異世界で場数を踏んだせいか、四度目ともなると、じたばたと騒ぐのも不毛な気がしてくる。

 身内であるじいちゃんとばあちゃんに、ひとまず自分の現状を知ってもらえた安心感もあると思う。だから。


 とりあえず乗り切るしかないでしょう! いずれ元の世界に還る日まで。











 警吏隊本部の敷地内には隊員用の寮棟があり、食堂も併設されて便利な事から、私を含めて独身の隊員は大半ここで暮らしている。

 食堂で出される料理は絶品。この食堂で働くおばちゃんたちを雇い入れた人は尊敬に値すると思う。


 すれ違う顔見知りと挨拶を交わしながら、朝食のトレイを受け取り、私と同じく朝からがっつり食べる派のアインを見つけて、長机の向かいに座った。


「おはよー」

「おはよう、っつか、今日はちゃんと起きれて良かったな」


 …ぐ、思い出したくない先週の汚点を真っ先に口に出してきますか!


 邪気など無さげに、からりと笑うアインは、私より年下、十八歳の男の子だ。伸び盛りなのか、数ヶ月前は私とそう変わらなかった身長も、今では心持ち見上げなければ目線が合わないまでになっている。くしゃっと毛先が丸まる金髪はひよこ色で、目の色も明るい緑の持ち主。

 東と西に分かれるイーラウの西区出身で、この街には非常に詳しい。若いけれど世慣れてもいて、警吏隊に入った当初からアインにはずっとお世話になりっぱなしだ。

 ただし、悪気無く発せられる正直すぎる言動に、周囲の顔が引き攣らされる事もしばしばだったりする。


「その節はお手間を取らせました…」

「いいって。別に大した事じゃないし。それにこれからまたありそうだしな」


 …ナイと言い切れない所がツライ。


 先週、気温が下がると同時に温かい寝床から離れがたくなった私は思い切り寝坊して大遅刻をした。

 そして、アインが寮の部屋まで叩き起こしに来てくれたのだった。まる。


「そういや、今日の朝礼、久々に全員集まるみたいだぞ」

「そうなんだ。それって何か理由でもあるの?」


 休暇は交代でとるものなので、毎朝の朝礼時に一人や二人、欠けているのは珍しくない。


「やっぱ知らないよなぁ、お前は。イーラウの監査官が王都から出てきてるんだよ。俺たち二番隊が警護の任に就く事もあるからな、大方その面通しだろ」


 イーラウの監査官?


 って、何でしたっけ…。


 正直に問えば面倒臭がりもせず、アインが教えてくれた。


 王政をくゼイアスだが、中にはある程度の自由自治を認められた都市も存在している。このイーラウもその一つ。

 総代と通称される街を預かる総督官の管理下で、一部の司法権の委譲と条例の制定権、他国との独自交易が認められる事が大きな特徴だそうだ。

 貴族も自身の裁量で預けられた所領を統治しているが、この場合、他国との勝手な交易は禁止されている。


 ただし、与えられた自由の対価として義務も生じる。課せられた税率はそれなりに比例し、さらに放任される事もなく、専横や不正が横行していないか定期的に国の監査が入る。

 それが、監査官―――その名の通り、王の目と耳となる、国から派遣される役人なのだという。視察のため、しばらくイーラウに滞在するらしい。


「ま、常日頃から人を送り込んで目を光らせているだろうから、今回の滞在も形式的な意味合いが強いと思うけどな」


 監査官に任じられているのは、このイーラウ地区の程近くに領地を持つ貴族で、他地区の監査官を務めた経験もある能吏と知られるお人だそうだ。


 へぇ、どんな人なんだろう?


 アインが「貴族ってやつは変わり者も多いからな。お前も気をつけろよ」と付け加えたのが、何となく耳に残る。何に気をつければ良いのか、聞き逃してしまった。


 雑談しながら朝食を食べ終えた私たちは、週初めの朝礼に参加すべく、二番隊の面々が召集される時に使われる会議室へと向かった。











 



 会議室に入ると、隊長を除く全員が既に揃っていた。隊律で厳しく罰則が定められている事もあり、サボタージュを決め込む人はそうはいない。

 …先週、遅刻をした私もその罰則を申し渡され、一週間の全館掃除を命じられている。合掌。


 個性的な二番隊の面々は思い思いに散らばって、空き時間をつぶしていた。




 ハの字型に並んだ横長の机に座って書類に目を通しているのは、マグノリアさん。


 今日は腰まで波打つ金髪を高く結い上げている。ほぼ毎日顔を合わせているけれど、やっぱり妖艶な美女以外の何者にもみえない。

 瞳の色は濃厚なウィスキー色。長い睫毛に縁取られていて、白い肌との取り合わせが絶妙。美肌研究家としても、その存在感は圧倒的だ。


 はっきり言って本物の女以上に女らしい外見だけど、正真正銘、性別は男の人だったりする。すらりとしているのに、マッチョな隊員と同じくらい腕っ節も強い。

 さらにお医者様としても有能で、日頃から生傷の絶えない私は頭が上がらない。ちっぽけな擦り傷であっても放置しておくと何故か非常に怒られる…。

 とにかく、才媛とはこの人のためにある言葉じゃないだろうか。忙しい隊長に代わって、実質、二番隊を仕切っている部隊長代理でもある。




 マグノリアさんの背後の壁に背を預け、目を伏せているのは、ヨルファ。


 ヨルファとは、未だに単語以上の文で会話をした覚えがない。何度かトライしたんだけど、無反応以上のリアクションを引き出せた試しがなかった。

 こちらも腰まで伸ばした黒髪に、お姫様のような白すぎる肌を持つ美人だが、いかんせん、印象が暗い。暗すぎる。寡黙というより自分の殻に引きこもっている感じ。


 東イーラウ警吏隊長の副官であるテミラーさんと同じく、ヨルファは西イーラウ警吏隊長至上主義の人でもある。

 以前にゼイアスと交戦状態にあったテネジア国の出身で、テネジアを擁護しているシゼル隊長に恩義を感じているみたい。

 通常業務もこなすけれど、シゼル隊長から直接、指示を受けて動く事が多いらしい。まだまだ謎な人物だ。




 頭につけた猫耳がトレードマークの双子、ユークとサイド。

 人の耳の片側にそれぞれ銀の環を飾っていて、それが二人を見分ける目印。肩先までの真直ぐな白金の髪と上品でいて切れ上がった真紅の眼差し。年は私と同じくらいかな。それくらい二人の外見はよく似ている。

 でも、性格はそうでもない。


 空き時間に見かける二人は、じゃれ合っているか、ジャグリングを練習しているか。今日は輪投げの輪が幾つも二人の頭上と腕の間を飛び交っている。

 ジャグリングが好きなの?と聞けば、戒めだよ、とか、よくわからない答えが返ってきた。好きか嫌いかの問題じゃないってこと?

 ユークは人懐っこく明るい性格だけど若干、天然の気質がある。サイドは生真面目で無愛想、ユーク以外の人間はどうでもいいって感じ。

 旅芸人としてこの街に流れ着いた後、警吏隊に入隊したと聞いた。二人とも器用に剣でも何でも身軽にこなすので羨ましい限りだ。




 この二番隊の中ではあえて問題児と呼ぶ、ルイ。

 全員から少し距離を取って、ヨルファと反対側の壁にもたれて、窓に物憂げな視線を投げている。


 二番隊の中では私と同じくらいの身長で、女装しても違和感がないほど金髪碧眼の可愛らしい外見をしているのだが、この前、実年齢を聞いてぎょっとした。

 二十二歳ですってよ! 最年少だと思っていたのに、年上じゃないか!

 ナイフ投げの達人で、甘いもの好き。性格は人に向かって平然とナイフを投げつけられるくらいには悪い。

 色々一悶着あって、今は警吏隊で強制労働中。前職は内偵を含めた諜報員で、変装術や情報収集能力に長けている。

 訳あって共に行動する事が多い今、ルイと私は毎日のように何らかのバトルを繰り広げている最中だ。私も退く気はないけど、あちらもたいがいしつこい!




 マグノリアさん、ヨルファと続いてアダルトチームに入る、傭兵のアイヴァンさん。

 オードさんと世間話でもしているのか、手ぶりをつけながら並んで話している。


 無造作に短く刈られた髪はチョコレートブラウンの色。アイヴァンさんは剣の腕で世を渡ってきた傭兵で、警吏隊には短期の契約を結んで雇われているのだそうだ。期間は次の春が巡るまで、らしい。

 口数も少なく、光の加減で黒にみえる濃緑の眼差しは優しげではないけれど、戦士として殺伐とした環境に長く身を置いていた人なのに、素っ気ないながらも気遣いのできる人だ。

 私の事を弟のように思ってくれているらしく、お菓子で慰めてもらったりと、よく気にかけてもらっている。ただし、剣の指導をしてくれる時はまさに鬼の如く!だけど。




 そして、オードさん。言わずもがな、アダルトチームの一員。付け加えれば、二番隊唯一の既婚者。


 夕焼けのような赤毛が特徴的で、隊の中では一番がっしりとした体型。オードさんも昔は傭兵だったそうだけど、今は街に常駐する警吏隊員として落ち着く事にしたんだって。

 細い目をさらに細くして、いつもにこやかで優しそうなお兄さんではあるのだけど、それだけじゃないと言いますか。

 時々、黒いとしか形容できないオーラを、しかも笑顔で纏っている。…この人だけは怒らせないようにしようと固く胸に誓いました。

 シゼル隊長とは浅からぬ縁らしく、以前に王都で知り合ったのだと聞いた。

 東イーラウ警吏隊のウェイ隊長とは微妙に仲が悪い。噂によれば、オードさんの奥さんをウェイ隊長がその目の前で口説いたのだとか…。何と言うか、あらゆる意味で恐ろしいハナシだと思った。




 ここにはいないけど、ついでにウェイ隊長。警吏隊では両翼とされる、東イーラウ地区の警吏隊長。


 担当地区が分かれているので通常の隊務中にはほとんど会わない人にも関わらず、入隊当初から何かと顔を突き合わせる事が多い。

 金茶色の髪は長めで、首の横で紐を巻きつけて括っている。目は青葉の緑色で、整った顔立ちの持ち主だ。実際、男にも女にももてているらしい。

 飄々として軽薄な振舞いが板についているにも関わらず、部下に慕われ、人望がある。それというのも、約十年前にテネジアがゼイアスに侵攻した際に、奇策を用いて敵の進軍を撃破した国の英雄として名高い人なのだ。

 ただし、本人はそう騒がれるのを厭って、王都から地方であるイーラウまで逃げてきたらしいけど。

 女癖は悪いけど、仕事に関しては信用できる。つまりはそんな人。




 そして。




 扉が開いて二番隊隊長が入ってきた。


「遅くなってすまない」

 

 その後ろに、見知らぬ二人の人物が続く。もしかして、この人たちがアインの言ってたイーラウの監査官なのかな?


 西イーラウ地区の警吏隊長かつ二番隊の部隊長も兼任している、シゼル隊長。私がお世話もとい迷惑をかけっぱなしである上官だ。


 冷静という言葉を擬人化したらこうなるんじゃないかと思えるくらい、どんな時でも平静を失わない警吏隊の隊長。声を荒げるところとか想像できない。重傷を負った時でさえ見た目にはそうと気づかせなかった。多分、その時そばにいた私を動揺させないようにだけど。

 年齢は二十歳後半、確か二十八歳と聞いた気がする。焦げ茶色の髪に灰色の眼差し。

 王族とも血縁関係にある大貴族出身で、このゼイアスで国王陛下の側近として知られるグラナド公爵とは甥と伯父の関係だ。


 という立派な身の上なのだけれど、平隊員が愛用している庶民派食堂で普通にゴハンを食べるし、人を見下す高慢さも無く、噂に聞く一般的な貴族とはかけ離れている感じだ。

 ウェイ隊長曰く、割と無茶な事も平気で実行する人だとか。うーん、理性の塊で一見、そんな風にはみえないんだけどなぁ。


 そういえば、テランの町で襲われた時、橋の上でルイを返り討ちに―――。


 …。


 …うん、忘れよう! 何だか忘れた方が良い記憶だった!

 

 二ヶ月前には国家も絡んだ大事件に巻き込まれ、暗殺未遂や査問会、それから私の世界に逆トラベラーしちゃうなど、大変な事尽くめだったのだけれど、今はすっかり元通りの状態だ。

 相変わらずの仕事人間で忙しそう。通路ですれ違ったり、業務報告を提出しに顔を合わせたりはするけど、最近はゆっくり話をする事もなかった。

 この警吏隊に入れたのも隊長のおかげだし、お世話になった恩を少しでも返せればいいんだけど。











 ―――そして、次の事件の始まりはきっとここから。


 これから起きる波乱を予期する事も無く、今日の私はこの数ヶ月間と同じような日々がまた繰り返される事を疑っていなかった。



本人が知らないだけで、結構、本当の性別はばれていたりします…。


10/11 改訂

11/2 誤字修正

5/16 改訂

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