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期間限定迷子  作者: yoshihira
番外小話
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番外小話 「ルイスの日記 前編」

本編21話未読の方はご注意ください。きっとさっぱりわからない話です。


 ―――とある日より数えて一日目。


 レナーサの森で子供を拾った。


 ありえない。


 レナーサの森は魔が宿る。

 正規の道を通らなければ大の大人でも迷う。まして、麓から子供の足で、屋敷の近くまで辿り着ける筈がない。


 時折、ろくでなしの兄たちが嫌がらせに遊び女を送り込む事はあっても、さすがにまだ言葉も解せぬような幼子を寄越すとは考えにくい。


 黒髪に黒目。この国では珍しい。

 大きな黄色い花が描かれた袖なしの白のドレスを着ていた。大輪のアネールの花に似ている。

 生地の仕立ては悪くない。一定以上の水準に達した家柄の娘なのか。


 ひとまず屋敷に連れ帰ろうと抱き上げたら、驚くほど軽かった。

 子供とはこんなにも小さなものだったか。

 召使いは成人に達した年齢の男女しか雇っていないので、幼子となぞ久しく口を利いた事も無い。


 森の中では泣きわめいていたが、抱かれている間は無言だった。

 恐怖で声も出なくなっているらしい。

 青白く透き通った顔を見ると僅かに何処かが痛む。―――否、気の所為だ。


 屋敷で出迎えた女中頭のカレンに預けた。


 酷く驚いていた。

 まぁ、そうだろう。


 狩の戦果が人の子供なぞ、悪趣味な童話のようだ。











 ―――とある日より数えて二日目。


 子供は泣く事が仕事だと聞いた覚えがある。


 昨夜は疲れていたのか、召使いたちに世話をされて、さっさと寝台の住人になっていたが、その翌朝。

 目覚めてすぐに泣き始めた。


 カレンが中心となって、女たちでなだめて、あやしているが、泣き止む気配がない。

 しかも異国の娘であるらしい。

 聞き覚えの無い言葉を話すと、カレンから報告を受けていた。


 それでも朝食を前に出すと、泣き止んで食べ始めたと聞く。

 …腹が空いていただけか。


 名前を尋ねても質問を理解していないのか首を傾げるばかりだという。

 召使いたちはお嬢様と呼び掛けているようだ。


 小間使いの女中が一人ついて、組み木細工や絵本を与えて遊ばせている。

 その場に顔を出したら、また泣かれた。


 間違いなく俺を見て泣いた。


 …どうやら怖がられている。


 女中が必死にこの屋敷の主人だと説明しているが、幼子に理解などできまい。


 それにしても何処の娘なのか。

 近隣の村に問い合わせたが、失踪した子供はいないとの返答だった。


 …やはり兄の企てなのか。

 煩わしい。











 ―――とある日より数えて三日目。


 泣かれてから、子供とは顔を合わせていなかった。


 目の前で媚びて泣く女は平然と無視できるが、子供が顔中を歪めて全力で泣く様は無視するにも気力が要る。奇妙な事だ。


 執務室を兼ねた書斎から出ると、近づいてきた足音が止まる。

 見れば子供が早くも泣きそうな顔で竦んでいた。


 声をかけるべきか。


 そうすれば怖がらせるか。


 悩んでいる内に子供は泣き出した。

 何もしていない筈だが、何故だ。


 慌てた様子でまだ若い小間使いが駆け寄ってくる。

 確か、名はカーラだった。


 カーラは子供から目を離してしまった事を詫びると、泣き止まぬ子供を抱き上げて去って行った。

 何というか、溜息が出た。


 報告によれば、子供は早くも屋敷に慣れたらしく、一人であちこちを探検し回っているのだとか。

 意外と度胸が据わっている。


 召使いたちにも懐き、笑顔の愛らしいお嬢様だとカレンが楽しそうに話した。


 黙った俺にカレンは一つ頷くと、退出の挨拶を告げて仕事に戻った。

 その時に見せた考え込むような素振りに、俺は気付かなかった。











 ―――とある日より数えて四日目。


 カレンから午後の休憩時に子供とお茶をしてはどうか、と言われた。


 また泣かれるだろう。

 渋い顔をする俺に、子供は甘い菓子が好きだと説く。

 旦那様の手づから菓子を分け与えれば印象も変わりましょう、と。


 …子供に尋ねたい事もあった。

 後でカレンにでも頼むつもりだったが、直接、話ができるならそれもいいだろう。


 そう安直に考えた俺は愚かだった。


 緊張した面持ちで目の前の長椅子に座った子供は、淡い緑のドレスを着て、確かに見た目は愛らしい。


 だが、何時まで経っても大人しく座ったまま、目の前に置かれた茶器にも菓子にも手をつけなかった。


 泣き出す気配はないが、顔は強張っている。

 膝に置かれた手が固く握りしめられていた。


 食事は作法はともかく、一人で行えると聞いている。

 それならば何が問題だ。


 …同席している俺か。


「食べないのか?」


 通じないとわかっていて声をかければ、恐る恐る視線を向けてくる。

 黒くて丸い瞳。透き通っている。


 どうすればいい。

 菓子を口にする手伝いでもしてやった方がよいのか。


 卓を迂回し、そばに近寄る。

 怖がらせている。

 子供から見れば俺は巨人か。

 仕方なく、膝をついて、金貨によく似た焼き菓子を手に取る。

 小さな口元に添えてやれば食べるかと思ったが、口を開かない。


「…」


 別の菓子が好みか。

 今度はもう少し大きめのタルトを近づけてみたが、やはり、目を開いて硬直したまま動かなかった。


 警戒しているのか?


 別の手で同じ菓子を手に取り、口に含む。甘い。俺にとっては甘過ぎる。

 俺が食べ終えても、子供には何の反応もない。


 だから。


「!」


 多少強引とは思ったが、そんなに泣かれるとは思わなかった…。

 子供の口から落ちた菓子が無残な有様で床に転がっている。


 扉近くで控えていたカレンが飛ぶようにやって来て、非難めいた視線を送ってくる。


「旦那様、何をなさったのですか」

「…菓子を口に運んでやっただけだ」


 少し唇を開いたから、すかさず押し込んでしまった。

 驚いた子供は大きく身を引き、菓子は椅子から転がり落ちて、台無しになった。


 しゃくり上げる子供を抱き締めながら、カレンが溜息を吐く。


「作戦を変えた方が良さそうですねぇ」


 何の作戦だと問い返したい気持ちもあったが、俺は黙って執務に戻る事を選んだ。






 続く


後半に続きます。

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