番外小話 「双子と一緒に」
時系列は、隊長の事件が起こる前辺り?
―――さて、どうしてこうなったんだろう。
その場の勢いとノリでその時は深く考えずに、まいっかと押し進めて、だけど、後にふと我に返って状況把握をしてみると、ありゃりゃと思う事がある。
今回もそれなわけで。
今、私がいるのは双子の部屋。一人用の個室より少し大きめの部屋を二人で使っていて、寝台も省スペースのためか、ダブルベッドが一つ壁に寄せられている。
寝る時も一緒なのか。仲良しだなぁ。
消灯を過ぎた寮の廊下でさきほどばったり出会った双子たちは、じんわり汗が滲む暑さにも関わらず、手首までの長袖を着込んでいた。
生成りの上下はやはりお揃いで、耳に飾られた銀の環がなければ、上品でいて目の端が切れ上がった顔立ちはどちらがどちらだか見分けがつかない。
というか、寝る時まで猫耳つけているんですか! なんだかもう、切っても切り離せない身体の一部みたいだなぁ。
おつかれー、と、就寝の挨拶を交わして、それぞれの部屋に引っ込もうとした。
が、その時、どうにもサイドの機嫌が悪そうで、どうしたの?って訊いてみた。
私の何気ない問いに、ユークが小さく噴出す。え?
「さっきね、サイドの目の前に鼠が落ちてきてね」
へ? ねずみ?
「こいつの驚きっぷりがもう…!」
堪えかねるといった様子でユークが口許に手の甲を押し付けて笑い出す。
それを同じ顔をしたサイドが心底、不満そうな顔で睨んでいた。
「へぇ、それって食堂の方? それとも、寮にも出るのかなぁ」
「同じ建物内だし、出てくる可能性もあるんじゃない? カズミも鼠は苦手?」
「ううん、別にー」
見た目的にはむしろ可愛らしいと思う。
…非常時の食糧としてどうか、検討した事はあるけれど。ははは。
「サイドって何事にも動じなさそうなのに。意外と怖がり屋さん?」
「うん、それに寂しがり屋さんなんだよ、サイドは」
と、当人を無視して楽しげに答えるのはユーク。
「…ユーク」
ますます赤い瞳を細めて剣呑な空気をまとい出す相方に構わず、ユークはさらに長年の付き合いを通じて知り得たエピソードを暴露してくれる。
曰く、気配を消して背後から声をかけると一瞬、必ず完全停止するとか、小さい頃は毎日、手を繋いで眠っていたとか。
微笑ましい話ばかりだったのだが、横で聞いているサイドの機嫌は急降下していた。
さっさと踵を返し、付き合っていられないと一人で部屋に戻ろうとする。
が。
「あ! 鼠!」
ユークの一言に、毛先まで芯が通ったように動きを止めた。
…遊ばれてる…。
それに、本当に鼠が苦手なんだね、サイド。
「ユーク!」
怒りの声を上げるサイドに、肩までの白金の髪をさらりと揺らし、ユークはくすくすと笑うばかり。
「もういい! 今夜はお前、部屋に帰ってくるな!」
「ええ? じゃあ、俺は何処で寝ればいいの?」
「そいつと一緒に寝ればいいよ。随分と仲良さそうじゃないか」
「あれ? ヤキモチやいてくれた?」
「…俺が? 何のために?」
零度を割るような冷ややかな雰囲気をものともせず、ユークはサイドにじゃれ付いた。
ふいと横を向くサイドに、「ごめんごめん」と軽く謝っている。その内、徐々にサイドの強張り具合も解けてくる。
やっぱり二人は良い組み合わせだなぁと親が子を見守る心境になった。
「サイドにはユーク、ユークにはサイドがいるんだから、寂しい時はお互い一緒に寝たらいいよー。私も怖い事があった時とか、じいちゃんの布団によく潜り込んだよ」
すぐ近くに誰かがいるって実感できて、ものすごく安心するんだよね。
―――話がそこで終われば良かったんだけど。
「え? じゃあ、カズミも一緒に寝る?」
…ん?
「ほら、鼠が出てもカズミが退治してくれるよ、サイド」
「…どうして、そうなる」
「たまには三人もいいんじゃないってハナシ?」
「そこで疑問形なのは何でさ」
疲れた溜息を吐いて、脱力するサイド。
ぎゅうっと抱きついたままのユークは陽気に笑ったまま、私に向かって片手を差し出した。
「じゃあ、行こっか」
…え? そういう話???
―――で、断る機会を逃した私は、何故か、二人の部屋まで連れて来られた。
予備用の枕まで与えられ、じゃあ、寝ようか―――あ、うん、そうだね―――って、普通に頷いている自分が変だと思う。
まぁ、問題はないと言えばないんだけど。うん、とりあえず、何でこうなったと疑問に感じなくもない。
「端で寝ろよ、お前は」
うん、別にそれはいいんだけど。
サイドは全力で拒否すると思っていただけに意外なような。
「わかってるよ、ねぇ、カズミ」
私の代わりに答えたユークに、ぽんと肩を叩かれる。
「はい、サイドはここ」
寝台の上に乗り上げたユークが満面の笑みで、中央の位置を指し示す。
と、同時にサイドの腕をつかんで引っ張り込み、目を剥く相方をかなり強引に寝かしつけた。
「カズミはここね」
サイドを挟んだ寝台の端。私が寝台の上に腰掛けると、ユークはカンテラの灯りを消して、反対側の寝台に入る。
見ての通り、サイドを中央にしてのユークと私で川の字だ。
寝台は十分な広さがあるので、身体がくっつくまでには至らない。三人仲良く一つの寝台を分け合っている。
「じゃあ、おやすみー」
「…おやすみー」
「…」
何とも言えない沈黙が伝わってくるなぁと思いつつ、私は間近にある人の体温を心地良く思いながら、そのまま眠りに落ちた。
【おまけ幕間・サイド視点】
何故、そう易々と他人と同じ寝台の上で眠れるんだ、こいつは。
いっそ感心するほどあっさりと意識を手放した隣の寝顔が呆れるほど呑気だ。
こちらに背も向けず、警戒心の欠片もなく寝入っている。
自分は今夜、眠れるかどうかも怪しいというのに。
「…あれ? カズミはもう寝たの?」
ユークが眠たげな声で言う。
同じ双子とはいえ、彼も自分と違って寝つきは良い方だ。今夜はきっと自分一人だけが取り残されるに違いない。
「どうして三人で寝るなんていう発想を思いつくわけ、お前は」
元凶である相方に棘混じりの不平を洩らせば、ユークは半分、夢の中にいるような声で言った。
「んー? なんかさー、カズミがうらましそう、だったから?」
「…」
逆によく思われがちだが、ユークは明るいばかりの見た目通りではなく、繊細で感じやすい一面を持ち合わせている。
人の心の機微にも聡い。自分たちにとって、どうでもいい人間は別だが。
人知れず傷ついている事も多い。
…特に片割れである自分を護ろうとして。
この街に流れ着くまで、そうして互いが互いを護り合って、生き抜いてきた。
「サイド、またあしたー」
「…おやすみ、ユーク」
同じ色の瞳が柔らかく細められ、閉ざされる。
安らかな寝息に心の底から安堵して、それから彼も、ようやく瞼を下ろすのだった。
「…ユーク」
「んー? …あ、おはよう、サイド」
「おはよう。…気のせいだと思いたいんだけど」
「何が?」
「こいつ」
「カズミ?」
「…恐ろしくあり得ないんだけど―――多分、女だ」
「ええ…!?」
双子の間に何とも言えない沈黙が横たわる。
当人はまだ夢の只中だった。