番外小話 「ルイが二番隊に戻ったわけ」
44話の後。若干、残酷描写風味です。
事態の後始末も一段落ついた頃、私は居間で仕事をしていたウェイ隊長をつかまえて、例の件を申し出てみた。
「奴と会いたいって?」
目で追っていた書類をテーブルの上に投げ出すと、ウェイ隊長はソファの背に大きく身を沈めた。
「別に会わせてやってもいいが、お前、大丈夫か?」
「え?」
横に立つ私を仰ぎ見る隊長の表情が疑わしげなものになる。
―――好きにしろ。イーラウの自治は認めている。生きているなら、お前の裁量で裁くがいい。
その時、国王陛下が告げた言葉の意味など、私は全然、理解してはいなかった。
「ま、見切りをつけていたのか、あっさり吐いたらしいから、最悪の状態は免れている筈だが。逆にそれを怪しまれて追い打ちをかけられていなければな」
「ええと、何の事ですか?」
「拷問」
…は?
思考が完全に停止する。
「密偵や間者の末路はそんなもんだ」
―――ごうもん。
ごごご、拷問って…鞭でびしばしとか、頭から水をぶっ掛けられて今夜は眠らせんぞー!とかいうアレですよね!?
まさか、ルイまで…。
「言葉の意味くらいはお前も理解しているみたいだな」
言葉くらいは知っていますけれど! 具体的な詳細は知りませんけれど!
やっぱり現実は甘くはないと思い知らされた。
「怖気づいたか?」
こちらを嘲笑うような調子で、ウェイ隊長が訊いてくる。
やっぱりこの人、性格が悪いなぁ。これ、絶対わざとだ。
「どんと来いです!」
拳を胸の前で握って突き出す。
私が言い出した事なんだから、自分の言動には責任を持たないと!
ウェイ隊長は肩を竦めると、あっさり「了解」と頷いてくれた。
「なら、シゼルとは王宮で落ち合うか。おい、ヘイラー」
「テミラーです、ウェイ隊長」
この数日で既に何度も耳にしているやり取りが再び繰り返される。
「今日の三の刻に王宮の東棟へ、あいつにそう伝えてこい」
「お言葉でありますが、私は伝令兵ではありません。あなたのそばに控える護衛です」
「あ? お前、俺のためなら何でもするって言ったろうが」
「…」
えええ、そ、それは、テミラーさん、スゴイ言質を取られすぎです! しかも、よりによってこの一筋縄ではいかない人に!
いささかならず苦渋が滲み出ている無表情のまま、テミラーさんは黙って外へ出て行った。
…何だか、じいちゃんの知り合いだった武井先生と同じ匂いを感じます、テミラーさん。
そうして、その日の午後、私たちは再び、王宮へと向かったのだった。
ある意味予想通りと言うべきか、ルイが拘留されている場所は、王宮の地下にあった。
腐ったものが放つ饐えたような悪臭が立ち込めている。衛生環境が非常によろしくない。
昼間でもカンテラが必要な暗がりを歩き、何だか色々と年頃の娘として見ちゃいけないようなものの前を通り過ぎた後、ようやく、ルイの牢屋に辿り着いた。
奥の壁に背を預け、片膝に頭をうつ伏せて座り込んでいる。
あの細い光を束ねたような金髪も台無しだ。
「ルイ!」
鉄の格子をつかんで揺すって、何度か呼びかけると、酷くゆっくりとした動作でルイが顔を上げた。
―――ルイに無精髭が生えている!
って、そんな事に驚いている場合ではなく!
カンテラに照らし出されて眩しかったのか、虚ろな目が鬱陶しそうに細められる。私たち三人の姿を認めても、その表情は変わらなかった。
「どうやら生きてたみたいだな」
カンテラを持ったウェイ隊長がつまらなさそうに言い、私の方を見た。
「で、どうするつもりだ?」
後ろからついてきたシゼル隊長も黙って見守っている。
私に任せてくれるつもりらしい。
「簡単に説得されてくれるような相手じゃないぞ」
「わかっています」
話し合いで全てが解決できると思うほど夢見がちじゃない。
同じ人間同士でも理解できない事なんてたくさんあると知っている。
でも、最初から可能性を切り捨ててしまえるほど、諦めも良くないんです、私。
「第一に説得、第二に懐柔、そして、第三に暴力です!」
ぶはっとウェイ隊長が噴出す。
「あ、喝を入れるためのですよ?」
と、注釈を入れれば、ますますウェイ隊長は笑いが止まらないようだった。
真剣に考えた答えなのに、酷い。
「扉を開けてください」
まだ喉を鳴らして笑っているウェイ隊長が、鍵束を取り出して開けてくれた。
シゼル隊長が私の名を呼ぶ。それに一つ頷いて、私は格子の中へ、ルイの方へと近付いた。
ルイの両腕と足首には逃げられないように鉄枷がついている。どうしてここまで、と、少し悲しく思う。
「ルイ」
正面に膝をついて呼びかけると、ルイはうるさそうに顔を伏せる。
「ねぇ、ルイってば! 聞いてよ!」
「…何が言いたい。恨み言か?」
ようやく、ぼそりと返された答えに、目を見開く。
「そうじゃなくて、大事な事なんだってば! あのね、シゼル隊長が陛下にルイの釈放を頼んでくれたの。
また、イーラウ警吏隊で真面目に働く事を約束するなら、ここから出られるんだよ」
「…わざわざ冗談をここまで言いに来たのかよ」
冗談を牢屋にぶちまけに行くほど悪趣味じゃないぞ、私は!
「冗談じゃないよ! ルイのした事を労働で償うの。そういう話」
顔を上げたルイが警戒にか眉をひそめた。
「は、そんな事があるわけがない。裏切り者の末路は全て同じだ。死体袋の中さ」
「だったら、なんで私たちがここにいると思うの。私がルイを騙しても何の得もないんだし、とりあえず信じといてよ」
そう言って、もう一度、頭から説明する。
このままここにいても処刑が待つばかりだし、絶対、頷いてくれると思った私の読みは、あっさりと外れた。
「―――いい。どうでも」
…え?
「外に出ても変わらない。また、同じ穴に引きずり込まれるだけだ」
どういう意味?
引きずり込まれるって…誰に?
断片的で、よくわからなかったけれど、不吉な事態を指し示しているのだけはわかった。
「ルイって誰かに追われてでもいるの?」
「…別に」
ルイの口は重く、答える気はないみたいだけど、肯定だと推測する。
「じゃあさ、私が逃げるの手助けしてあげるから!」
「…は?」
「ルイ一人くらいだったら逃がせるから! ルイに覚悟があるんだったら、究極の逃げ場所にも案内してあげるし」
魔学の転移で移動すればあっという間に追っ手を引き離せるだろうし、最悪、私の世界に来てしまえば、しがらみも何もない。
その代償として、この世界の全てを捨てる事になるけれど。
「…んだよ」
虚ろだった目にぎらついた怒りを宿して、ルイが私を睨む。
「わけのわからない事を言うなよ。俺が死のうが生きまいがお前には関係ない。ほっとけよ…!」
思い切り拒絶された。
関係ない。関係ないよ、確かに。
だけど…!
「殺せばいい、さっさと」
吐き捨てるように言われた。
頭の中が真っ白になる。
「…れ」
しばらく無言で俯いていた私を怪訝そうに伺う気配。
「歯を食いしばれー!!!」
ばしっ。
小気味良い音が響いて、渾身の平手がルイの頬に炸裂した。
後ろでまたウェイ隊長が噴出す音が聞こえたけれど、そんな事に突っ込む余裕も無い。
「命はひとつきりしか無いんだよ! ルイは一人しかいないのに! 簡単に捨てるなー!!!」
泣きたいわけじゃないのに、ぼろぼろと涙が出てくる。
…シゼル隊長が死にそうだった時とか思い出されて、あの時の絶望的な気持ちが忘れられなくて、自分でもどうしようもない。
急に泣き出した私を目の前にして、ルイが呆気に取られたように目を見開いている。
やっぱり目が大きいな、とか、どうでもいい事を考えた。
うう、なんでこんなに泣いているんだろうと自分でも疑問に思うくらいの時間が過ぎた頃、牢の中に隊長二人が入ってきた。
シゼル隊長が手を貸してくれ、立ち上がる。
背中をなだめるように撫でられて、まるで子供扱いだ。
まだ私の様子に茫然としているルイに向かって、ウェイ隊長が面白そうに言った。
「さっさと諦めた方がいいぞ。このままじゃ、こいつは毎日説得しに通い詰めるだろうからな」
その言葉に、ルイがぎょっとする。
というか、ウェイ隊長、私そんな事をするなんて一言も言っていませんが…!
だけど、それが決め手となったらしい。
疲れ切った様子で肩を落としたルイが承諾の答えを小さく返すのを、私は信じられない思いで聞いた。
や、やったー!
これでルイは助かるんだよね!?
心なしか、ぐったりしているルイを見て、そうだと思いつく。
良い子にはご褒美を!
「ルイ、口を開けて」
ものすごく嫌そうな顔で身を引かれたが、構わずに笑顔で押し通す。
渋々と開けた口に、銀紙で包まれたチョコレートのひとかけを放り込んだ。
「!」
驚いてる驚いてる。
チョコレート以上に豊かな甘味を持つお菓子はこちらには無いものなぁ。
「また、イーラウに戻ったら、分けてあげるね!」
何か言いたそうな顔にみえたけれど、ここで時間切れ。
ウェイ隊長に促され、ルイに向かって、またねと手を振ると、私たちは地下室の外へ出たのだった。
―――帰り道、ウェイ隊長が、そういや拷問や尋問と言えばオードが得意だぞと、知りたくもない情報を教えてくれた。
シゼル隊長も否定しなかった。
また、余計な知識が一つ増えてしまった…。
余計なフラグを立てた気がします…。