御礼小話 「男装をしていない彼女」
44話の後の話。若干、微恋愛テイスト(?)なのでご注意を。
なんと予想外に警吏隊に残留する事が決まった。
好き勝手に行動していた自覚のある私としては、耳を疑う寛大な処置だったけれど、とにかく嬉しい。
この数日、警吏隊を離れる事ばかり考えていた。
アインやマグノリアさん、二番隊の皆、そして隊長たちと離れる事がどれほど心細いか、身に染みて思い知らされた。
異世界にトラベラーした直後は、勿論、知人も見知った場所もなく、衣食住確保に向けて一から全てを始めなければならないんだけど、その時の感覚とはまた違う。
…本当に良かった。
というわけで、心機一転、お詫びも込めて、隊務を力いっぱい頑張るぞー! そう決意した。
用件は終わったので、私はシゼル隊長のご実家であるこの屋敷から、第四区画へと帰る事にした。
送ろうと申し出てくれたシゼル隊長の厚意を恐縮して断り、通された応接室から外へ出ようと―――。
「っわ!」
すっかり忘れていた。
今日はいつもの履き慣れたスニーカーではなく、女物のワンピースに合わせて、踵の高いヒールを履かされていたのだという事を。
一式を用意してくれたオードさんは完璧主義者なのか、実用一本の愛用スニーカーを履く事を許してくれなかったのだ。
シゼル隊長の後をついて歩こうとした私は、あっさりとバランスを崩した。
―――転んでもふかふかの絨毯の上だ。怪我はするまいと覚悟を決めた時。
力強く身体が引き戻されて、傾いでいた視界が再び正常に戻った。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございますっ」
怪我はしなくとも、慣れないスカートで転ぶなんて、体勢によっては大恥を掻くところでした!
腰に手を廻して支えてくれた隊長には感謝!
…って、近いですね。当たり前ですけれども…!
大急ぎでもう大丈夫だとアピールし、よろめきつつも一人で立った。
実はここまで来るのにも、出迎えてくれた執事さんが危なっかしい足取りを見兼ねたのか、片腕を貸してくれ、それにつかまってやって来たのだった。
うう、かなり恥ずかしい。ハイヒールなんて年に一回も履かないんですよ、私は!
「あはは、この靴に慣れていなくて…。転移の術で帰る事にしますね」
ひとっとびに転移してしまえ、と、安易な手段に逃げようとした私の考えは、あっさりシゼル隊長に却下された。
曰く、私の訪問は使用人たちの知るところであり、急に屋敷から消えたりすると、怪しまれて事件だと騒ぎ立てられかねない、と。
…そうか、よく考えてみなくても、屋敷から入ったまま客が出てこないなんて変だよね。
「必要なら腕を貸そう」
え?
ヒールのおかげで目線があまり変わらなくなったシゼル隊長と目が合う。
見慣れた筈の気難しげな表情が急に違うものにみえた。
…いやいやいや、シゼル隊長だってば。何の確認をしてるんだ、私。
「ええと…」
って、シゼル隊長、まだ怪我も完治していないじゃないか!
負担をかけるなんてよろしくないに決まっている。
「…そうだ! あの、ここの扉から庭を通って帰っても構いませんか?」
シゼル隊長は頷いた。
「別に構わないが、理由は?」
「靴を脱いで裸足で帰ろうと思いまして!」
屋敷の中でそれをするのはいかにもお行儀が良くないし、人目の少ない外なら問題ないだろうと思いついただけなんだけど。
…笑われた。
顔を背けて、口許を隠すようにして、低く。
最近、結構、シゼル隊長の笑っているとこ、よく見てる気がするなぁ。
「君の行動は計り知れないな」
そんなに意外な思いつきでもないと思うんですが。
そう思うのは私だけ?
笑い終えた隊長が、庭に続く硝子張りの扉を開けてくれた。
ヒールを脱ぐと、私は隊長が待つ扉の方へと、足取り軽く向かったのだった。
お粗末さまでした。