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期間限定迷子  作者: yoshihira
本編
50/65

44 けじめと挨拶


 もう二度とこの門はくぐらないと思ってたんだけどなぁ。


 再び王宮が奥に鎮座する第一区画にまで馬車に乗せられてやって来た私。


 第二区画と第一区画の間にある内門は、身分証明のような手形がないと通れないようになっている。

 オードさんにそれを手渡された私は、門番の人にそれを見せるだけで、易々と第一区画の中に入る事ができた。


 …しかも、着替えまでさせられて。


 自宅から持ってきた男物の上着とズボンではなく、また、丈の長いワンピースのような女物を。

 その格好じゃつまらな…無作法だからね、と、オードさんに礼儀だと言われれば、こちらは納得するしかないんだけど、聞き捨てならない単語も聞こえたような…。


 一体、どうしてこんな服をオードさんが持っているんですか、と訊けば、知人に借りたとの事。

 いや、だから何のために借りるんですか! まさか、オードさんにすら女装趣味が!? って、このサイズじゃ明らかに細すぎて合わないだろうし。

 髪も短いというのに、こんな格好をして私はどうすりゃいいんだ…。


 私は断言する!

 オードさんは絶対、私を玩具にして遊んでいる、と!


 肩に羽織っているショールを手持ち無沙汰に掻き合わせる。

 うう、正直な気持ちを言えば、全力で来た道を取って返したい。


 …けれど、シゼル隊長にはお世話になったんだし、最後の挨拶くらいちゃんとしないと。


 女は潔く! そうだ、うだうだしてたって仕方が無い!


 馬車が到着したのは、王宮と斜向かいの位置にある、流麗な造りのお屋敷だった。

 灰色を帯びた青の屋根とオフホワイトの外観が落ち着いた雰囲気を出している。門から中を見渡せば、庭も広いな! とてもこじんまりとなんて言葉は使えない。


 馬車を引いてくれた御者のおじさんが全て心得ているのか、屋敷の前で黒のお仕着せを着た執事らしき人に引き渡され、私は部屋で待つ事となった。


 出されたお茶にも呑気に口をつける気になれない。

 …我ながら緊張しすぎです。広すぎる室内を持て余しているのもそうなんだけど。


 一面の硝子張りとなっている扉から緑の庭園を眺めつつ、ソファの上でぼうっとしていた時。

 ノックの音が響いて、思わず立ち上がった。


「待たせてすまない」


 わー、貴族仕様のシゼル隊長だ! 今日は白いシャツの上に瞳と同じような色味のグレイのベストを重ねている。

 気難しげな表情は相変わらずだけど、怪我の具合も悪くなさそうでほっとする。


「お、忙しい中、突然、訪ねて来てしまってすみません!」


 頭を下げるが、なかなか顔を上げられない。

 ―――あああ、いつもの制服姿だったら堂々としていられるのに!


「いや、こちらも一段落ついた所だった。君の事はウェイとオードに任せたきりだが、不自由はないか」

「良くしていただいていますよ! むしろ、私一人が気楽に過ごさせていただいていますし」


 家の雑事を引き受けてはいるけれど、基本的に暇だ。時々、買い物に出掛けたりして、市場の位置や観光名所などを道行く人に聞き、第四区画の事には多少詳しくなった。


 いつまでも世間話をしていても本題は終わらない。

 背筋を伸ばして、シゼル隊長の顔を見つめた。


「あの、今日はお世話になったお礼と、ご迷惑をおかけした謝罪を伝えたくて、お伺いしました。

 今まで警吏隊で雇っていただき、ありがとうございました! それと、色々と余計な事をして申し訳ありませんでした!

 こちらで落ち着いたら、二番隊の皆さんにもお礼を言いに伺うつもりです。それまでどうか、体に気をつけて達者でいてくださいね!」


 息継ぎをせずに一気に述べて、笑顔になる。湿っぽいのは好きじゃないので、別れの時は笑顔でと決めているんだ。

 多少、引き攣っていても勘弁してほしい。さすがに、どんな時でも平然としていられる根性スキルはまだ身についていません。


「…」


 重い無言が場を満たす。


 …穴が、穴が開きそうです! またそんな真顔で凝視されると!


 私の前でつく何十回目の溜息なのか、シゼル隊長が軽く額を押さえた。


「カズミ」


 はい?


「…君は。いや、何から言えばいいのか、まったく」


 動揺とは無縁のシゼル隊長が、珍しく表に出して困惑を滲ませている。

 ん? 私、そんなに困らせるような事を言いましたっけ…?


「確認しておくが、君は自分が警吏隊を除隊になったと思っているのか」


 へ?


 思いもかけぬ事を言われ、放心する。ええと、ちょっと待って。理解が追いつかない。

 私の混乱が収まる前に、シゼル隊長はきっぱりと続けた。


「わかった。以前に君に伝えた命は撤回する」


 …。


「君が望むなら、二番隊に所属する事を認める。ただし、今後、変わらず命に従わない場合には厳しい処置を取るが。

 …カズミ?」


 …なんだか真っ白だ。燃え尽きた灰がさらさらと崩れるように、全身に入っていた力が抜けて、へたりと床に座り込んだ。

 何だ、この脱力感。言われた事がまだ信じられなくて、定番として頬をつねってみる。痛い。心底、痛い。


「どうした?」

「…シゼルたいちょう」


 どうしよう。そんなにあっさりと覆さないでほしい。いや、警吏隊に残れて嬉しいんだけど!

 言葉に表現できないくらい嬉しい…! 嬉しすぎて、頭の中がひっくり返されたように混乱の極致だけど!


 いつの間に警吏隊の一員である事が、私の中で大きな位置を占めるようになったんだろう。

 単なる衣食住確保の手段でしかなかった筈なのに。―――自分でも知らなかった。


「あの、本当に撤回してしまっていいんですか?」


 何を言っているんだ、私!

 自分で衣食住を棒に振ってどうする!?


「そう記しておけば、止められるかと思ったが―――君の覚悟には正直参った」


 びっくりするくらい柔らかく微笑したシゼル隊長が片手を差し出した。

 自分と違う大きな手が目の前にある。

 その手をつい見つめてしまってから、躊躇いがちに握ると、力強く身体が引き上げられた。ふわりとスカートの裾が舞う。


「ありがとうございます…! ええと、私、頑張ります! お役に立てるように!」

「…適度でいい。君の場合は」


 また、頭に手を置かれる。

 私の世界で言葉が通じなかった時に、コミュニケーションの一つとして、シゼル隊長がよくそうしたように。






 ―――こうして私は再びイーラウ警吏隊に戻る事になった。

 衣食住継続確保! 万歳!



一話、増えました…。

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