― 幕間 ― シゼル
シゼル視点。呟きです。
リオットから早馬を使い、王都ゼルシオンに向かった。
―――宿にカズミを置き去りにして。
書置きにはかなり辛辣な言葉を連ねた。
恐らく、これで後を追ってくる事はないだろう。事がここまで進んだ以上、危険にさらされる可能性は低いが、それでも万が一の事がある。
これでもそれなりに修羅場を越えてきた。
相応の実力があるからこそ、今回の作戦の決行と相成ったわけだが、それでも、あの夜の襲撃ではかなりの危地に瀕していた。
正直、彼女の助力がなければ無事に逃げ切れたかどうか。
…あまりその事実に彼女は気付いていないようだが。
怪我を負った事も自分の判断の甘さが招いた事だ。彼女一人くらい護り抜けるだろうと高をくくっていた自分の。
死んでもおかしくはない深手だった。
それをあんな形で命を拾う事になるとは想像だにしていなかったが、幸運以外の何物でもない。
それも彼女がいたからこそだ。
この世界に戻る時、彼女は恐ろしく消耗していた。
死神掃討の時もそうだが、かなりの負担を強いてしまったのだろう。
本来、この国の人間ではない彼女には関係のない事であるのに。
これ以上、厚意に甘えてしまっても良いものか。そう考えた。
他ならぬ自国の事。
後は自分たちの手で片付けるべきだ。
自分は母の祖国であるテネジアにも無体を強いたくはない。
無為な戦でこれ以上の犠牲を出すわけにはいかない。
国力に満ちたゼイアスが、あえて貧しいテネジアを侵略する必要があるだろうか。
必要の有無の問題ではないが、テネジアを武力で併呑したとしても、流された血と引換えにゼイアスが得られるものはあまりにも少ない。
グラナド公である伯父の主張もわかる。
伯父は未だにテネジアをゼイアスの完全な支配下に置く考えを改めていない。
当時のテネジア国王は退位し、その息子に王座は譲られたが、まだ年若い世継ぎの王の治世は始まったばかりだ。また再び王の目を盗んで民が暴走しないとも限らない。
テネジア戦役で、犠牲者の一人に名を連ねたデレクは、優秀な才能を持つ、伯父の自慢の子息だった。
間が悪かったとしか言いようが無い。それとも謀られての事か。テネジアの侵攻を受けたまさにその時、視察のために皇太子である第一皇子が国境に出向いていたのだ。
皇子は命がけで護衛の手により逃がされたが、その皇子を護衛する近衛騎士として付き従っていたデレクはそこで命を落とした。
その彼を失って、伯父は一気に十も年を取ったようだった。
伯母上も続いて亡くなり、孤独に打ちのめされてしまったのだ。
―――それでも、伯父は公人としての立場を遵守した。
国の為を願い、長である陛下の意に従う事を決めた。どれほどの自制を必要としたのか、想像は難くない。
テネジアの掃討戦の際に、彼の地で困窮している民の様子を目にして、彼らを憐れんだ。
憐れみ、そして、陛下に進言した。
彼らはもう充分に罰を受けている、これ以上の制裁は必要ないのではないかと。
グラナド公は激昂した。
裏切り者とそしられ、陛下も訴えを退けた。今までの功績に免じて、今の発言は聞かなかったものとする、と。
苛酷な状況にあろうとテネジアが敗戦国である事は動かしがたい事実。いかなる理由があろうとも一方的な侵略を行った事も。
甘い考えでは国を動かす事はできない。悲惨な記憶は民に刻まれているのだから。
王都を発って随分になる。
その間、戒めとして、一度も王都に戻ってはいなかった。
自分のした事に後悔はしていない。
だが。
感情に任せた自分の独りよがりである事も事実だと考える。
ふと頬が緩んだ。
カズミのように、感情のまま、思うがままに生きられたら、と。
時々、こちらが手を焼くほど自分の意志を曲げないが、彼女の主張が全て間違っているとは思わない。
ただ、困る。こちらとしては彼女の身を心配しているつもりだが、それが上手く伝わっていないのか、彼女自身が気に留めていないのか。どちらでもあるのだろうが。
…振り返れば、ウェイも自分に似たような事を苦言していたような気がする。指揮官である自分の身を第一に考えろ、単独行動はするな、と。
逆に思われがちだが、ウェイは冷徹に自己を律する事に長け、自分はどちらかと言えば苦手な方だ。
明日は査問会が開かれる。
誰のための査問であるかはきっと彼は気付いていないだろう。
長きに渡り国に忠実であった男。何処で歯車を違えたのか。
王都での夜は常と変わらず更けていく。
11/2 誤字修正