40 再会は墓穴の中で
自ら墓穴を掘りましたよ!
今更ながらに別に逃げなくても良かったんじゃないかと気付く今日この頃。
むしろ逃げる行動自体が逆に疑惑を深める事になる。
「で、何の真似だ、これは」
乾いた笑いで頬が痙攣しています。
「あ、ははは、つい、条件反射でですね…」
「条件反射でお前は人の顔見て逃げるのか?」
ああそこ、ピンポイントで突っ込んでこないでください!
元の道に戻る路地の出入り口はこの人が塞いでいるし、反対側の先は遠からず行き止まりになっている。
知らず知らずの内に逃げ道の確保を行っていた視線に気付いてか、ウェイ隊長の笑顔がますます明るくなった。
やばい! この人の底抜けに明るい笑顔って胡散臭いどころじゃない!
「さっさと理由を言え」
距離を詰められたわけでもないのに、酷い圧迫感がある。
それでもここで本当に逃げてしまったら、どうしようもなく最悪の事態を招く事くらいは予想できるわけで。
「ウェイ隊長の機嫌が悪そうだったからですよ! だから、あんまり近付きたくないなぁと思ってですね!」
正直な感想だ。
正直すぎた…。
二個目の墓穴を掘りましたか、私!?
間違っても草食系じゃないウェイ隊長が声を立てて笑った。
獲物を追い詰めるのって愉しいな!っていう獰猛な笑い。
コワイコワイコワイ!!!
…これはもう正直に。
全力で謝るしかないでしょう!!!
簡単に許されず、あれからねちねちと虐められた後、洗いざらい白状させられました。
シゼル隊長が襲撃を受けた際に怪我を負った事、傷を癒やすためにしばらく身をひそめていた事などを含めて。
…私の世界に跳ばされてしまった事は省いた。事をややこしくするだけだと思ったから。
それからシゼル隊長と別行動になった事情も打ち明けた。
「あの、そういえば、ウェイ隊長はどうしてここに? というか、なんで私が王都にいるってわかったんですか?」
一通りの話を終えて、そう訊いてみれば、外門に見張りをつけてあるとのお言葉。
そうなんですか!?
「せっかくウェイ隊長が配慮してくださったのに、シゼル隊長に怪我までさせて、しかもそばを離れる事になってしまってすみません」
謝罪せずにはいられなくて、そう言うとウェイ隊長は、
「別にお前に何か期待していたわけじゃない。実力もたかが知れているしな」
ぐさっときましたよ! ぐさっと!
自分でも自覚している事実だとはいえ、他人から改めて指摘されるとイタイなんてもんじゃない!
「いちいち落ち込むな。そういう事をさせるためにお前をつけたんじゃないって言っただけだ。
あいつは冷静にみえて実は思い切った無茶を仕出かす事で有名でな。お前くらいひ弱な従者をつければ慎重になるだろうと思っただけだ」
無論、お前の術も当て込んではいるが、と、さらりとウェイ隊長は付け足した。
「現に、襲撃の規模はこちらの予想を超えていた上に、予定外の邪魔も入ったしな。伏兵はあるに越した事はない。
ま、最終的に死ななかったんだからいいんじゃないか?」
結論が軽い。軽すぎると思うのは、私だけ…?
確か一連の策を立てたのは、この目の前の人だったよね…。実は思いつきで適当な事を言っているだけだったりとかしませんか。
「今って状況はどうなってるんですか?」
ウェイ隊長がここにいるって事は、王都ですべき事があるからなんだろうけど、具体的に何をしているのかはさっぱりわからない。
隊長はこちらをちらりと見て、「場所を変えるぞ」とだけ返した。
―――そうしてやって来たのは、庶民派第四区画の中。
この付近ではありふれた風情の小さな家の前だった。煉瓦色の屋根が温かみを感じさせる色合いで素敵だ。家庭的な雰囲気がウェイ隊長の柄じゃないような気もするけれど。
居間らしきソファやテーブルが配置された部屋に通された。
ここってもしかしなくてもウェイ隊長の家なんだろうか?
部屋には他にもう一人、警吏隊の制服を着た男の人が待っていた。
直立不動で壁面に沿って立っている。腰には帯剣していた。見るからに厳めしい、逆立つまでに黒髪を短く刈った四角い顔の男の人だ。
年齢はシゼル隊長と同じくらい? 三十路前後ってとこだろう。頬に白い斜め傷が入っている。傭兵であるアイヴァンさんと似た、剣で身を立ててきた人独特の鋭い目付き。
「タイラー、茶でも入れろ」
「お言葉ですがウェイ隊長、私は小姓をするためにここにいるのではありません。それに私の名前はテミラーです」
ラーしか合ってないよ、隊長!
…何となく、思い出してきた。
もしかしてこの人、ウェイ隊長ダイスキーな副官の人じゃあ。
「つべこべ言わずにさっさと行け」
追い出した! 明らかに蹴って追い出したよ、この人!
ひやりとさせる心臓に悪い一瞥を私にくれた後、テミラーさんは無言で出て行った。
何だかとても居心地がよろしくない空気が流れている。
ソファに恐る恐る腰を落ち着けたものの、考え事でもしているのか、ウェイ隊長はしばらく明後日の方向を見て黙っていた。
そうこうしている内に、テミラーさんがお茶の用意をして戻ってきた。
ポットとティーカップが二人分。
「あの、私がやります!」
この三人の中ではどうみても私が一番下っ端だ。
それに体格の良い武人にしかみえない男の人にお茶汲みをさせるなんて…正直居たたまれなくて、申し出た。
手際良く支度をしてカップを差し出すと、テミラーさんに断られた。
どうやらもう一つのカップは私の分だったらしい。なんだ、普通に良い人じゃないか。
「テランの町で襲撃があった後の事だがな」
隊長はそこから話を始めた。
シゼル隊長と私が襲撃を受けたあの町だ。
駆けつける予定だった味方があの橋に辿り着いた時には、シゼル隊長と私の姿は消えていた。
橋の上に残された血痕。何らかの非常事態が起きた事はわかったが、周囲を探そうとも私たちの姿は見つからなかった。
当然だ。だって、あのまま異世界トラベラーしちゃったんだから。
ユスト川への転落も疑い、捜索は続けられたが、数日過ぎても一向に死体が上がる気配も無かった。
隊長の到着を待つゼイアス国王陛下の元には、シゼル隊長の生存は絶望的との報告が届けられた。
―――ここまでは予定通りの筋書きではあったが。
「こっちも色々とごたついていてな。お前たちを追わせた部隊だが、誤情報をつかまされて撹乱されたらしい。
助けてやれなくて悪かったな」
謝った! あの傲岸不遜の四文字がこの上なく似合いそうなウェイ隊長が!
「…お前、顔に全部出てるぞ」
突き刺すような半眼で睨まれ、慌てて、先を続けてください!と丁重にお願いした。
それからすぐに、目当ての人物は動き出したらしい。
シゼル隊長の裏切を信じ、国王に奏上した。
ゼイアス再攻略の機を狙っていたテネジアと通じていたシゼル隊長は、事態の露見を恐れて口を封じられたのか、逃亡を計ったのでしょう、と。
ここまで静観してきたが、テネジアに翻意がある事は明らか、二度と悲劇を繰り返さぬためにも、今ひとたびテネジアに挙兵すべきだ―――。
そんな話になっちゃうの!?
シゼル隊長がまだ裏切ったと決まってもいないのに?
「グラナド公の発言が先にあるからな」
ええと、グラナド公って確か、シゼル隊長の伯父さんで、王様の妹の旦那さんだった?
「そうだ。五年前、テネジアの庇護に動いていたシゼルを糾弾したのもその男だ。
あいつが自主的に王都を去ったとはいえ、結果だけ取り上げればシゼルを宮廷から追い出した相手だな。
その一件で、シゼルとグラナド公の不仲は有名だ。―――だからこそ、油断を狙える」
つまり、グラナド公がテネジアを攻めるべきだと発言したから、犯人も安心して同調できるっていう事?
「今は相手の要求をのらりくらりと国王が交わしているが、いずれ業を煮やしてまた動くだろう。その前に叩く」
犯人は今までずっと影にひそみ、なかなか証拠をつかませなかった。
元々、王様の忠実な家臣として有名な人物でもあり、表立っては穏健派を装う彼が、まさかテネジアを侵略すべきと主張する強硬派だとは誰も思っていなかった。
手足となる派閥もあり、あくまでも遠回しに事を匂わせていたらしいが、それが何故か、数ヶ月前についに一線を越える振る舞いに出た。
年月が経とうとも、国内には少なからずテネジアとの再戦を望む勢力も残存している。
戦から何十年も経ったわけではない今、火種はそう簡単には消えていない。
それを憂慮した王様は、ここで今一度、ゼイアスとして国の指針を明らかにすべきだと断じた。
そうしなければ、この犯人のように勝手に事を成そうとする第二犯、第三犯が続くだろうと判じて、だ。
「シゼルが王宮に到着すれば査問が開かれる。事はその場で決するだろう」
査問会には王様を始め、有力な貴族も多く出席する。
その場で事を明らかにするのだという。
―――それで全てが終わるんだ。
カップに残ったお茶もすっかり冷え切った頃、そして、いつの間にか部屋を退出していたテミラーさんが新たな人を連れて戻ってきた。
印象的な赤毛の持ち主。
って、オードさん!?
「おや、カズミ?」
驚きで思わず立ち上がった私に、オードさんがにっこりと微笑みかける。
「君も無事だったようだね。見た所、怪我もないようだし、何事もなくて本当に良かったよ」
「オードさん…」
心配してくれたんだなぁ。ありがたい。
それにしてもどうしてイーラウにいる筈のオードさんがここに?
「ウェイ隊長、シゼルが王宮に向かいましたよ」
へ?
シゼルって…シゼル隊長!?
はて、心なしか、淡々と報告するオードさんの声音が低い。
ウェイ隊長とオードさんって、仲悪かったっけ…?
「…あの莫迦」
ウェイ隊長が唸る。
「真正面からぶつかるのはあいつらしいが、少しはこっちの都合も考えて動けというのに。
また一人で突っ走りやがって」
という事は、先に出たシゼル隊長を追い越しちゃったのか。魔学の転移で距離を詰めたからなぁ。
「シゼルが単身、王宮入りするのはこちらの筋書き通りです。時期的にも微調整の効く範囲でしょう。皇太子殿下の生誕祭に向けて大抵の貴族は領地から出てきていますし。
明日、急遽、査問会を開くよう手筈を整えておきました。当然、名目は伏せるようにして」
「上等だ。肝心の証人は押さえた上、あの男の屋敷と騎士団にも監視はつけてある。これでようやく幕引きだ」
にやりとウェイ隊長が笑った。
…明日、王宮で査問会が開かれるんだ、シゼル隊長が出席する。
本音を言うならば行きたい。
行きたいけれど、さすがに王宮の中に入るのは無謀だろうなぁ。できなくはないけれど。
まぁ、ここにはウェイ隊長もオードさんもいるってわかったし、シゼル隊長が一人じゃないんならちょっと安心、かな。
そう自分に言い聞かせていると、何故か、ウェイ隊長が私の方をじっと見つめていた。
…え?
「お前も行きたいか?」
目を見開く。今、なんて言いました…?
「ここまで関わっておいて、今更、一人留守番じゃお前も納得できんだろう?」
「いいんですか!?」
飛びつきそうになって、待てよと理性が頭の中で制止をかける。
あまりにも魅力的なお誘いだが、この人の事だから絶対、裏があるに決まっている!
それに一地方の警吏隊隊長とはいえ、そもそも、王宮に私を連れて行けるだけの権限を持っているんだろうか。
「あの、私を連れて行っても大丈夫なんですか?」
国一番の王様がいる所なんだから、王宮ってそんなに気安く立ち入れる場所じゃないですよね?
「そのままの格好じゃさすがに無理だが、身なりを改めればそれなりに融通は利く。
お前もこのまま黙って見ているつもりはないんだろう?」
…イエ、王宮に忍び込もうなんてそんな事―――ちょっとしか考えませんでしたとも!
「不安要素は近くで監視しておくに限るしな」
それが本心か!
不安要素って私の事ですか…。
「仕方が無いですね。カズミをここに一人で残すのも確かに不安ですし、いいでしょう」
ちょ! オードさんまで何気に私を不安要素扱いしている…!
…そんなに危なっかしい事してたかなぁ。
魔学が使える他は至って真面目に警吏隊員をしていた筈なんだけどなぁ!
それから明日の打ち合わせをして、ウェイ隊長とテミラーさんは査問会に出席、オードさんと私はその会場の近くで控える事になった。
―――後は。
下準備が一段落するのを待っていた私は、そこで一つの質問を口にした。
「訊いてもいいですか?」
「何だ」
こくりと息を呑む。
「ルイの事なんですけど―――」
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