38 騙したのは誰
目を開ければそこは―――。
…何処でしょう?
全く見知らぬ平原の大地の上だった。三百六十度、随分と見晴らしが良い。
視線を遠くに投げれば、高い塔が中央にそびえる街の全景が見える―――って、おお…?
「カズミ?」
いきなりがくんと膝が崩れた。
―――え?
自分でも何が起こったのか、すぐには理解できなかった。まるで何かの禁断症状のように、全身が震え出す。猛烈な脱力感に視界が赤と青に点滅した。
あれだ、雑巾絞りのローラーを使ったみたいに全身の力を残らず搾り取られた後、さらにフルマラソンをしました、みたいな。
やっぱり異世界間を転移術で渡るのは、色々と無理があった、らしい。
「―――」
隣にいる筈のシゼル隊長の声も聞こえなくなってきて、本気でやばいと感じた。
―――糖分! 糖分補給が早急に必要!
力の入らない指先でポケットの中を探る。
制服のポケットには、ついいつもの癖で常備していた―――飴玉。口の中に放り込んで、へろっと地面に寝転んだ。とても格好つけていられません。うー、これはキツイ。
「…ミ! 大丈夫か!?」
目だけを上げて、頷いてみせた。
一個目の飴玉は噛み砕いて、二個目の飴玉をまた口に入れる。
…あー、ちょっと元気出てきた、かな。即エネルギー変換! 糖分は偉大!
思考する余裕も少しは出てくる。
「あれぇ、たいちょーの執務室に着くはずだったんですけど、ここどこなんでしょう?」
…まさか、全然別の異世界にトラベラーしてしまった!?
よく考えてみなくても、魔学で異世界間を転移できる保証なんて何処にも無い。
一言で表せば、無謀、ですよね…。
世にも恐ろしい想像に目の前が真っ暗になった私の横に片膝をついたシゼル隊長は、しかし、首を振って否定した。
「いや、ここはゼイアスだ。すぐそこに見えている街はおそらくリオットだろう。前に訪れた事がある」
よ、良かった…!
成功していたんだ!
ちなみにイーラウからペシャウル方面に南下した地点にある街らしい。イーラウを通り越して、王都とは逆方向に来てしまった事になる。
…やっぱりパワー不足かなぁ。この消耗具合では途中で術が強制終了させられた可能性もある。
国王陛下からの召喚要請、それに全ての決着をつけるためにも、シゼル隊長は王都へ向かわなければならない。
なのに、これじゃあ、遠回りもいいところだ。
「リオットへ向かおう」
シゼル隊長はそう言った。
できる事なら、今すぐ王都まで魔学で送り届けたいんだけど、隊長本人に断られてしまった。
自分の状態を考えろ、だって。本気で叱る声音だったので、何も言えなくなった。…また、気遣わせてしまった。
ひとまず、隊長が持ち歩いていた路銀を使い、リオットの宿で一泊する事になった。
「別に数日到着が遅れようが今更の話だ。今はお互い、十分な休息が必要だろう」
そうだった。
顔に全然表れないから時々忘れそうになるけど、シゼル隊長は重傷の怪我人なんだった。
化膿止めやら抗生物質やら、武井先生から処方された薬も預かってきている。
言っても無駄かもしれないが油断は禁物だ、けして無理をするな、と、溜息混じりの忠告もいただいてきている。
よくよく注意すれば、隊長の顔色が悪い気がした。
「薬を飲んで休んでください! 隊長が休んでいる間、私が見張りをしていますから」
頭の中を異世界モードに切り替える。
シゼル隊長がここにいる事を誰も知らないとは思うけど、この人は命を狙われたばかりだ。用心するに越した事はない。
…ふと思い浮かんだ名前を今は消し去って、隊長を寝台の上に追いやった。
「カズミ」
「何ですか」
「君は王都までついてくるつもりか」
今、ここでそれを訊くんですか!?
「はい」
迷わず肯定すると、隊長はしばらくの沈黙の後、「わかった」とだけ答えた。
―――私はそれを了承の意味だと受け取った。
一晩休んで翌朝、私は隣の寝台がとっくに空になっているのを見つけて、驚愕するはめになる。
―――こんな所で置いてきぼりを食らうなんて。
しかも書置きにはこう残されていた。この一週間のやり取りで、読解能力が飛躍的に向上した私として意図を誤解しようがない、文面。
―――カズミはイーラウに戻って待機を命ずる。尚、この命を無視した場合、除隊処分とする。
あんまりだ!!!
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