35 決意
いつも突如として始まる異世界トラベラー。
典型的な巻き込まれ型で、今まで私が異世界へ渡る事を主体的に望んだ事はなかった。
しかし。
今回は違う。
あちらの世界の住人である隊長を、私の世界に連れてきてしまったのだ。
ずっと言わなければならないと思っていた。
まず最初に、直立不動の姿勢になって、思い切り頭を深く下げた。
「本当にすみません! 私を庇ったばっかりに怪我をさせてしまった事、この世界に勝手に連れてきてしまった事、本当にごめんなさい!」
って、言葉が通じないんだってば!
遅まきながら気付いて、あたふたとノートを取り出す私に、隊長は一つ首を振って、そばの椅子に座るように手で指し示した。
『私が決めた事だ』
それでも私の言いたい事は伝わったらしい。
素っ気無いくらい簡潔な、シゼル隊長の走り書き。
誰の所為にする事もない、実直な隊長らしい言葉。
なんだか胸がいっぱいになってしまう。
私は気を取り直して、ノートにさらさらとペンを走らせた。
『あの世界に戻る方法ですが、試してみたい事があります』
ありのままを書いた。
―――この世界から隊長の世界にきちんと戻れるかどうかわからない事も含めて。
私が四回目のトラベラーに旅立った場所があり、今回、戻った時も同じその場所に辿り着いた事。
可能性として、その場所と隊長の世界が繋がっている可能性が高い事。
私一人で行って、そのままトラベラーを引き起こしてしまっては恐ろしいので、あれからその小道は訪ねていないけれど。今までの四回の経験を総合しても、別の世界への入口は決まっているとしか思えない。
ただ、それがどうして私だけを引き込むのかは謎なのだけれど。
持って生まれた才能なんだろうか…。迷子の才能…。
この私の世界では、魔学が使えない。
別の世界の魔法なのだから、それは当然なのだけれど。付け足しに、転移の術がここでは使えない事なども記しておいた。
シゼル隊長は黙って全てを読み、最後に返信として、『カズミの思う通りに』と書いて、頭に軽く手を置かれた。
まるで子供にするみたいに。…そんなに情けない顔をしていただろうか。
「わ、わたし…っ」
込み上げてくるものに、思わず潰れるくらいノートを握り締めた。
「絶対…絶対、シゼル隊長を向こうの世界に帰しますから! どんな事をしても諦めません…! きっと方法を探し出してみせます!」
シゼル隊長はイーラウ地区で必要とされている。
ウェイ隊長だって、マグノリアさんだって。アインも双子のサイドもユークも、オードさんやアイヴァンさんだって。
そして、ヨルファも。シゼル隊長の命令しか受け付けない人なのだから、どれほど無事な帰還を待ちわびている事だろう。
シゼル隊長を待っている人はきっとたくさんいる。
だから、私は諦めない。絶対、シゼル隊長を向こうの世界に帰すのだと決めている。
―――でも。
「…もし、本当に万が一、戻れなかったら―――私、責任を持ちますから!」
「…」
「シゼル隊長が何の心配もなく暮らせるように面倒をみますから! できる限りの事をしますから!」
って、話しかけても通じないんだってば!
何をやってるんだ、私!
それに、勢いで言い募ってしまったが、我ながらかなり微妙な台詞を言っていないか? ええと、これではまるで…。
シゼル隊長が苦笑して、また、落ち着けとでも言うように、頭をぽんぽんと撫でてくる。
乾いた笑いで自分の想像を打ち消すと、決意を堅くして、あの世界を見つけ出す事を己に誓ったのだった。