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期間限定迷子  作者: yoshihira
本編
38/65

33 身近な不思議


 ノックと共に病室のドアが開いて、先生が入ってきた。

 夜勤明けなのか、ちょっとよれた白衣を着て、細い銀フレームの眼鏡をかけた理知的な顔に疲れた表情。年齢は五十過ぎくらい。お医者様のナイスミドル、武井たけい先生だ。


 朝の問診に来てくれたみたい。


「おはよう。彼の様子に変わりはないかね?」


 頷いて、ありがとうございます、と、頭を下げる。

 昨日から入院の手続きやら久々の帰宅とあって色々とばたばたしていて、まだ、ちゃんとした挨拶もできていなかった。


 それに、武井先生にはこちら側の事情も何も説明していないし。


 ちょっと視線をさ迷わせた私に、


「あぁ、事情は言わなくてもいい。というか、聞きたくない。あのクソ爺が絡むとろくな事がないのは学習済みだ。

 降りかかった災難として諦めているから、君は気にしなくてもいい」 


 やさぐれた口調で、武井先生が言った。


 …え?


 降りかかった災難って、スゴイ言われようだ。過去にじいちゃんと一体何が…。


「誰がクソ爺じゃ! お前の爺じゃないわい! 勝手に爺呼ばわりするな!」


 噂をすれば影、というか、いつの間にか、差し入れを手にしたじいちゃんが病室に入ってきていた。


「あんたのような年代の男を世間一般的に爺と呼ぶんだ。クソ爺と呼んで何が悪い」

「武井なぞにクソ扱いされる言われはないぞ! 偉業を成し遂げた偉大なる先達として立宮甚九朗たちみやじんくろう様と呼ばんか!」

「その前にこちらがどれだけ迷惑を被ったと思っている。クソ爺で十分だ」


 二人ともイイ年なのに、あんたたちは小学生か!?という低レベルな言い争いに呆気にとられてしまう。

 じいちゃん、あんた本当に、一体何をしたんですか…。


「十数年ぶりに連絡してきたかと思えば、このザマだ。明らかな面倒事の上、警察には知らせるな、黙って入院させろ?

 あんたが持ち運んできた話で俺が苦労しなかった事があるか、このクソ疫病神」

「ふん、お前は黙ってわしの言う事を聞いておればいいんじゃ」


 じいちゃん、あんた、一体、どれだけ俺様なんだ…!


「ちょっとじいちゃん! 武井先生は無理を聞いてくださったのに、その言い方はあんまりでしょ!

 武井先生、すみません! お力になってくださった事、本当に本当に感謝しています。ありがとうございました」

「…君は彼と違って常識があるようだな。幸運な事だ」


 何処までも遠い目でそう言う、武井先生。

 身内として、何だか無性に全力で謝りたくなってくる。


 なにせ、じいちゃんは孫である私にも、わしはテキトー星からやって来たテキトー星人じゃ!などと、堂々と主張してくる強者だからなぁ。


 深い溜息を吐き出した武井先生は、仕事があるので失礼すると断って、そのまま病室を出て行った。その背中に苦労人と大きく書かれている気がした。


 今回の件では並ならぬお世話になった。

 シゼル隊長の怪我は一見して明らかに刃傷沙汰だし、容姿は瞳の色からして異国人である事はすぐわかる。

 いわゆる逆トラベラー状態である隊長は、この国の法律に照らし合わせれば、不可抗力とはいえ不法入国者という事になるわけだし。

 事情が明るみに出れば、警察の事情聴取は避けられないところだった。


 そこをじいちゃんから連絡を受けた武井先生が尽力してくれ、色々な事に目をつぶって、この病院に個室まで用意してくれた。


 武井先生には平身低頭して感謝してもしきれない恩を受けた。

 勿論、じいちゃんにも感謝しているんだけど。


「ほれ、カズミ、リンゴを持ってきてやったぞ」

「わー、ありがとう!」


 赤く熟れた真っ赤なリンゴ。

 あちらの世界ではなかった果物だ。こんなちょっとした事でも、こちらの世界に帰ってきた実感になって、感慨深い。


 私がトラベラーとして旅立って数ヶ月、同じ時間がこちらの世界でも流れている。

 当時は初夏だったのに、今は既に残暑が残るばかりの秋口に入っていた。


「まだ目覚めんのか?」

「うん、武井先生の話では一週間は絶対安静だって言ってたし。…移動した時のショックもあるのかも」


 シゼル隊長は手術を受けてからその後、目覚めていない。

 この状況、どう説明しようかなぁ。ははは…。


 それから、大学を休学扱いにしている事やら、私がいなくなった後のこちらでのあれこれを少し聞いた後、じいちゃんはまた家に帰った。

 何でも見逃せないテレビ番組があるらしい。相変わらずマイペースな人だ…。












 ―――その日の午後だった。

 シゼル隊長が目覚めたのは。


「―――」

「っシゼル隊長!?」


 ベッドに身を乗り出せば、久々に目にした灰色の眼差しが私を見つけて、見開かれる。


「―――…?」


 ―――あ、あれれ?


「―――? …―――」


 起きたばかりだからだろう、掠れた低い声。

 お腹の傷に響くせいか、途切れ途切れに話すシゼル隊長。


 ―――しかし。


 うそでしょう!?


 多分、この世界のどんな言語とも違う、独特な異国の言葉を耳にして、衝撃で真っ白になる。


 異世界の奇跡はシゼル隊長の身に起こらなかったらしい。

 言葉が通じない。思いもよらぬ障壁に、がっくりと項垂れたのだった。

 


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