32 四回目の結末
誰かの泣く声が聞こえる。
大泣きだ。どしゃぶりの雨模様。
悲しくてどうしようもないと泣いている。
…最初の異世界間迷子になった時みたい。
あの時はこのまま一生泣き暮らすんじゃないかと思うほど泣いていた。不安と悲しみで泣く事しかできなかった子供の私。
…あぁ、起きなくちゃ。
目覚まし時計が鳴る前にそう思った。
遅刻常習犯だった私なのに、随分と優秀じゃないか。
―――いや、そうじゃなくて。
目を開けると、薄暗い室内が浮かび上がる。
独特の殺菌された部屋の匂い。白を基調とする、清潔だけど何処かよそよそしい部屋。
その小さな部屋の中央に置かれたベッド。
胸元まで引き上げられたシーツが微かに上下している様を見つめていれば、じわりと滲んでくる、視界。
―――…ちゃんと、生きてる。
良かった。
本当に良かった…。
目が覚めてもまだ夢を見続けている、そんな気分。
それくらい途方もない出来事が起きてしまったのだから。
―――こうして私の四回目のトラベラーは終わりを告げたのだった。
元の世界に戻る予兆が現れた時。
いっその事、シゼル隊長を私の世界に連れて行けばいいんじゃないか。
あちらの世界と比べて医療技術は格段に進んでいるから、病院に運べば重傷でも助かる可能性が高い。
…そんな理性的な事を考えたわけじゃなく、ただ、あの時、何も考えられなくなった私がシゼル隊長にしがみつく事しかできなくて。
―――気がついた時には元の世界だった。
シゼル隊長を巻き込んで。
目の前の景色がルイのいた橋ではなく、最初に私があの世界へと引っ張り込まれた、最寄り駅までの最短ルートであるあの裏の小道だと気付いて、茫然とした。
時刻は早朝なのか、藍色の空が光を受けて白んできていた。
見慣れた町並がこんなに不思議に思えた事はなかった。我に返って―――それからが大変だった。
何が大変だったかと言えば、シゼル隊長を病院に担ぎ込むまでとその後だ。
とにかく救急車を呼ばなければとがむしゃらに走り、近くのコンビニで電話を借りた。
直前に身に付けていたものはそのままだけれど、トラベラー時に私が手にしていた携帯電話などの荷物は寮の自室に仕舞ってあって、当然、あっちの世界に置いてきぼり。つまり、無一文!
寝ていたばあちゃんやじいちゃんには悪いけど、家に電話して叩き起こし、帰ってきた事と怪我人の連れがいる事を手短に伝えて。
数ヶ月ぶりの再会を喜び合う暇もなく、私のトラベラー事件に慣れたじいちゃんが、危急と知って寝間着から着替える間も惜しんで駆けつけてくれた。
そこで私は大泣きして、じいちゃんに飛びついた。
なんかもういっぱいいっぱいだったんだと思う。
救急車が着く前に、途切れ途切れで支離滅裂ながらもシゼル隊長の事を説明し、いつもテキトーな事しか言わない、いい加減なじいちゃんが真剣な顔で話を聞いてくれた。
よしわかった、わしが何とかしてやる!と、力強く言ってくれたじいちゃんが格好良くて、また泣けた。
本当にじいちゃんやばあちゃんのいるこの世界に帰ってこれたんだなぁ…!
何とか病院で手術を受ける事ができて、命を取り留めたシゼル隊長は今、病院内の個室で眠っている。
あれから二日。
面会謝絶になっていた所を頭を下げて頼み込んで、私はシゼル隊長の病室に泊り込んでいる。
じいちゃんやばあちゃんはそうしたい私の気持ちをわかってくれていて、好きなようにさせてくれた。
この病院に入院する事ができたのもじいちゃんのおかげだし。
じいちゃんやばあちゃんには感謝してもしきれないほど恩がある。
私のトラベラーな体質を含めて、丸ごと受け入れてくれた大事な家族だ。
…ちゃんと説明しないとなぁ。
現実はそんなに甘くないので、目を逸らしてばかりでもいられない問題が、色々と押し寄せています。
うん、でも、シゼル隊長が無事でいるなら何でもいいや。
何とか出来そうな気がしてくる。気は持ちようってやつだ。
朝日に明るく照らし出される窓辺に目をやり、私は大きく伸びをした。
ここから現代編です。シリアスは終了? こんなユルイ感じで進んでいきます。