表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
期間限定迷子  作者: yoshihira
本編
34/65

29 理由なき理由


 一日目は何事もなく過ぎ去った。

 身構えていた分、拍子抜けしたのも確かだけれど、平和なのは素敵な事だ。

 野宿という事もなく、夕刻過ぎに辿り着いた街で宿の一室に押し込められたものの、食事も出たし、不穏な兆候は何一つ見当たらなかった。


 翌朝も早くから馬車の旅が始まる。


 昨日から気になっていたのだけれど、途中に挟まれる休憩が多い気がする。

 無論、休息は私たちの為ではなく、護送任務中のセベイ長官率いる王立騎士団の面々を休ませるためなんだろうけど、一時間に一度は多過ぎやしないか?


 馬車から堂々と出られない身としては、何度目のトイレ休憩なんだとややげんなりする。


 白い礼装は立派でも、こちらに寄せる嫌な感じの目つきとか、休憩中の気の抜けた態度をちら見していると、身内贔屓なんだろうけど羽目を外す時は別だけど仕事はきっちりやるイーラウ警吏隊の方が余程まともにみえる。


 明日には王都に着くらしい。 

 ゼイアスの王様がいる国の首都だ。さぞかし大きな都なんだろうなぁ。

 まさか、こんな理由で訪れる事になるとは思ってもみなかったけど。

 この私でも、さすがに王都グルメ観光ツアーとか呑気に言ってられる状況じゃない事は理解しています。八割くらいは。


 ―――そういえば。


「あの、訊いてもいいですか?」


 思いついて声をかけると、シゼル隊長が視線だけで先を促してきた。


「王都に着いたらどうなるんでしょう? ええと、何処かに閉じ込められたりするんでしょうか?」

「専用の別棟にしばらく拘留されるだろうな。その後、陛下が主宰する査問会にかけられる筈だ」


 さもんかい?


「事の真偽を問う尋問手続きの一つだ。今回の件であれば、私が国家に対して背反行為を行ったかどうかが審議される。

 最終的には陛下が裁断を下し、処遇が決まる」


 つまり、有罪か無罪か判定する裁判みたいなものかな。

 よかった。問答無用で牢屋送り!とかじゃなくて。


 セベイ長官のやり口があまりに強引だったものだから、また、理不尽な扱いを受けるのかと思ってしまった。


「今回の召喚って隊長たちは事前に知っていたんですよね?」


 ウェイ隊長から受けた説明を思い出しながら、疑問点をさらっていく。


「シゼル隊長を狙っている犯人が誰かって、もうわかっているんですか?」


 ウェイ隊長は罠を仕掛けたって言った。


 罠を仕掛ける相手は当然、テネジアと事を構える気でいる強硬派だと思われる。

 そもそも罠って何だろう? この場合、相手の出方を誘って、おびき出すためのものだよね。

 謀反人としてシゼル隊長が一人、王都に召喚される、今の状況が関係しているのはわかるんだけど。


「ほぼ見当はついている。私は再三、彼の計略を潰してきたからな」


 涼しい顔で言うシゼル隊長。

 …どちらかといえば今まで、事を荒立てる事を好まない、温厚な人だと思っていたけれど、そこはかとなく漂う凄味が予想を裏切っている。


「八年前、テネジア戦終結直後は国内でも報復戦を望む声が多かった。

 何故ならテネジアは友好条約を一方的に破棄し、宣戦布告も行わず、ゼイアスを急襲したからだ。進軍中、近隣の街や集落から残虐な略奪行為を繰り返してな」


 ―――それは、あまりにも。


「必死の戦であったとはいえ、テネジア軍の行いは誉められたものではない。むしろ、許してはならない行為だろう。

 だからといえ、私たちが彼らに同じ非道を返す理由にはならないと私は思っている」 


 閉ざされた窓の隙間から差し込む一筋の光を見つめ、隊長は淡々と口にした。


「結果としてゼイアスの勝利に終わったが、双方が多大な犠牲を払った戦だった。

 テネジアも十分すぎるほどに痛手を受けていたが、近しい身内を喪った者からすれば手緩いと歯痒く思う気持ちは軽く切り捨てられないものだ。

 テネジアがゼイアスに侵攻した理由は、貧困だ。冷害で作物は育たず、苛酷な飢饉が度重なり、人心は荒んでいた。

 テネジアが困窮しているのは彼らが努力しなかった所為ではない。彼らは手段を間違えた。助力を願うのではなく、卑劣なる略奪を選択した罪は償われねばならない」


 口では厳しくそう言ったシゼル隊長だけど、それでも、貧困に喘ぐテネジアを放っておけなかったんだ。

 きっと、お母さんの祖国じゃなくても、シゼル隊長はそうしたんじゃないかな。

 裏切り者だって非難されようとも、自分がすべきだと思った事はやり遂げる、そんな人だ。


「テネジアを怒りに任せて滅ぼしても何も生まない」


 うん、そうだと思います!

 大きく何度も頷いてみせると、そんな私を一瞥した隊長に苦笑させてしまった。


「―――だが」


 …お?


 すっと細められた眼差しが急に冷える。


「あの方がテネジアとの再戦を望む理由は、他ならぬ自分が戦功を得られなかったがゆえ」


 …気のせいじゃない。

 蒼白い月光を凍らせて身にまとえば、こんな、息が止まりそうなほど冷え冷えとした冷気になるだろうか。

 コワイ。あからさまに表に出す人じゃないから逆に、水面下でどれほど深く怒っているのかと想像して戦々恐々としてしまう。


 何だか最近、同じような事ばかり誓っている気がするけど、シゼル隊長を本気で怒らせるような事は絶対にしないでおこう…。


「テネジアを滅ぼせば国が潤うと信じていらっしゃる。その為ならば罪なき人間を陥れても心痛まないらしい。

 ―――いい加減、己の分をわきまえていただくべきだ」


 シゼル隊長たちは犯人の望み通りの展開に沿うように行動しているらしい。


 相手の謀を何度も阻止してきたシゼル隊長の事を、犯人はかなり目障りに思っている。


 テネジアを必要以上に弾圧する事を望まないシゼル隊長を、逆に内通者に仕立て上げ、自分たちに都合の良い密約文書でも偽造して、テネジアを攻めるきっかけを作る。この場合、口実の中身は問題ではないらしい。

 テネジア軍を偽装してゼイアスに戦端を開く真似まで過去に実行した事のあるお人だそうで、かなりの問題児みたいだ。表立っては穏健派を名乗ってはいるそうだけど。


 名誉がほしいから? そんなに戦争をしたいのは何でだろう。

 私には理解できないし、したくないな。


 それともウェイ隊長が口にしていたグラナド公、みたいに家族を戦で亡くしたからテネジアを滅ぼしたいのかな。

 というか、開戦を主張する強硬派って、隊長の伯父さんのグラナド公?

 うう、どうか、そんな恐ろしい状況じゃありませんように!


 テネジアも、もう戦争を望んではいないんだろうか。

 国同士、綺麗事だけで全てが片付くとは思っていないけれど、嘘でも誤魔化しでも何でもいい、悲惨な争いはもうたくさんだと願ってくれたらと思う。


 四つの世界の何処ででも争い事はあった。

 けれど、そればかりじゃなかったよ。シゼル隊長みたいに、どうにかくい止めようと頑張っている人たちも大勢いたよ。

 難しい事を考えるのは苦手だし、正しい方法が何かなんてまだわからないけれど、私はその人たちを応援したいです!











 明日はいよいよ王都へ。

 その夜の宿でもシゼル隊長と相部屋で一部屋与えられた。


 ま、今の私の立ち位置は従者ですから。主人と異なる部屋で休むのも変だし、何より、容疑者扱いなのだから贅沢も言っていられない。


 ―――就寝の挨拶を交わして、ぐっすりと寝入っていた深夜、叩き起こされた。


 驚きの声はすぐさま口を押さえられて、くぐもる。

 目だけ動かせば、すぐそこにシゼル隊長が。


「―――敵が来る」


 嵐の幕開けだった。



11/2 誤字修正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ