27 出発前の講義
ウェイ隊長が割って入ったおかげで着の身着のままで連行される事は避けられた。
それでも与えられた猶予は一刻ほど。
―――決定したかに思えた私の同行は、他ならぬシゼル隊長によって拒否されそうになったのだけれど、それをウェイ隊長がなだめてくれた。
マグノリアさんがセベイ長官一行を応接室に追い出―――もてなしに退出した後、
「ウェイ、何を考えている。カズミは部外者だ。私の事情に巻き込む必要は無い」
あ、今の言葉、ぐさっときた。
何だか、異様にショックだ…。
「四の五の言わずに連れて行っておけって。本人の希望もある事だし、油断を誘うにも見た目からして丁度いい。裏技が使える分、他の面子より適任だ」
「私一人で十分だと言っている。道中、何が起きるか予測できないお前ではないだろう?」
「だからだよ。これだけ手段を選ばず、あからさまな手を使ってきてるんだ。元々、保険として誰かを付けるつもりではいた。無論、影として、だが。
単独行動は控えろといつも言っているだろう。言っておくが、お前のそれは単なる我儘だからな。
―――ちゃんと自分の『従者』の面倒はみるんだな」
「…」
―――もしかしなくても、勝手に従者と名乗った事を怒っていますか、シゼル隊長…?
隊長同士の間で漂う不穏な空気を感じずにはいられない。
「―――」
「俺からの命令って言えばお前は納得するのか? だったら、そうしてやるが」
沈黙が恐ろしく深い闇色をしている気がする。
大人の男の人の本気の怒りってこんなに恐いんだ…。
ウェイ隊長も、シゼル隊長も、壮絶な眼差しで互いを見据えている。下手に口を挟んではいけないと私が思い知るほどに。
永遠に思えるような睨み合いの後、折れたのはシゼル隊長だった。
それから、王都まではイーラウ地区より馬車で三日はかかるというので、慌てて必要な荷物を袋に詰め込んだ。
主に着替えとか。武器の持込は禁じられているため、短剣一つ所持するのも駄目らしい。空港と同じだな。
身支度の早さには定評があるので、定刻前に私は執務室に再び戻ってきた。
「お、早いな」
そこにはウェイ隊長が一人。
シゼル隊長とマグノリアさんは、急な隊長の不在に備えて、仕事の引継ぎに追われているという。
「ウェイ隊長」
私の訴えかける視線だけで何が言いたいのかわかったのか、ウェイ隊長は苦笑した。
「何が何だか死ぬほどわからないって顔だな」
はい、その通りです。
少しは事情を話しておいてやるか、と、ウェイ隊長は肩を竦めた。
「お前の疑問はこんなとこだろう。何故、召喚に応じる必要があるのか、召喚後、王都で何が待っているのか、後はシゼルの事情か」
「どうしてウェイ隊長はそんなに落ち着いているんですか?」
そう尋ねれば、なんとあっと驚く意外な答えが返ってきた。
「決まっている。今回の罠はこちらが仕掛けたものだからだ」
ええ!?
そりゃ驚きだよ!
さっぱり何もわかっていない私のために、そこからウェイ隊長の講義が始まった。
「あの、そもそもテネジアって国の名前なんですか?」
そう訊けば、そこからかよ、と、ウェイ隊長が天井を仰いだ。
だって、知らないんだから仕方ないじゃないですか…。
「わかった。簡単に説明してやる。テネジアはこのゼイアスの北辺と接する国だ。
国土はゼイアスとほとんど変わらないが極寒の地でな、国力はゼイアスが圧倒している。
以前は協調関係にあったが、七、八年前に起きたテネジアによる武力侵攻以後、ゼイアスとは決裂。
今は属領とまではいかないが、友好とは言い難い緊張関係にある事は確かだな」
噂に聞いた、ウェイ隊長が英雄と呼ばれるようになった戦争の事だとわかった。
「発端はそのテネジア戦役だ。結論から言えば、テネジアの武力侵攻は失敗に終わり、ゼイアス側の勝利に終わった。
だが、この戦は両者に犠牲が多く出てな、遺恨を残した。
テネジアの戦後処理についてはゼイアス宮廷でも意見が割れ、このままテネジアを徹底的に叩き、属国とすべきだとする強硬派、賠償責任を果たせば国としての存続を許す穏健派に分かれた」
語られる説明が簡潔なだけに、半端なく重く感じる。
戦争、だったんだ―――。
「国内の復興処理もあったんでな、ひとまず強硬派の主張は棄却され、ゼイアスに有利な条件をもって戦は終結した。
だが、強硬派はこれだけの月日が経てども諦めきれないらしくてな。痺れを切らして、開戦に持ち込むための手段を講じ始めた」
「それが今回のシゼル隊長の冤罪に繋がるんですか?」
私の質問に、ウェイ隊長は少しの間黙って目を細め、束の間、笑った。
「お前はあいつが無実だと信じているわけか」
いやいや、あの詐欺としか思えない一連の出来事を見て、シゼル隊長の事を疑ったら、さすがに可哀相過ぎると思います!
「詳しい事は本人の口から聞けばいいが、シゼルは実際、テネジアと通じた謀反人として知られる身だ」
えええええ!?
ウェイ隊長が言うからには真実なんだろうけど、あの実直なシゼル隊長の人柄を知る分だけ俄かには信じ難い。
「反テネジア感情はいまだ国内でも根深く残っているのが現状だ。テネジア戦役で犠牲になった身内を持つ親族は特にな。
シゼルには筆頭公爵である伯父がいてな、そのグラナド公は戦で息子を亡くし、その後を追うように間もなく、夫人も病を得て亡くなった。当然、テネジアに対する憎悪は深く、今も尚、テネジアをゼイアスの支配下に置くべきだと主張している」
「…っ」
「ところがだ、シゼルは戦後、国王の決定に従わず、密かに戦の痛手を受けたテネジアの村々を支援して廻っていた。母親の祖国だ。敗戦国とはいえ、そう簡単には見捨てられなかったんだろう。
だが、事が露見すれば、その行為は反逆罪に相当する」
「ど、どうして!?」
「戦を一方的に仕掛けてきた侵略者に慈悲を与えてどうする」
動揺に揺れる私の目を見返してきた隊長の答えは残酷なまでに現実的で、当然の事を当然として語る口調だった。
…ああでも。
それでも、戦をしたかったのは一部の人で、きっと戦をしたくなかった人たちだっていっぱいいた筈なんだ。
だって、家族が殺されたり、傷ついたりするんだよ。そんなの嫌じゃないわけがない。
戦争が起きるどんな理由があったのかは知らないけれど、国中の全員が戦を望んだわけじゃないと思う。
だから、弱者まで虐げられるような罰を与えるやり口は、綺麗事かもしれないけれど、私には賛成できなかった。
「国同士の問題だからな。そういうもんなんだ」
慰めるように頭の上に手のひらを置かれる。
…そんなに落ち込んでいるようにみえたんだろうか。
「全ての人間が同じ意見である必要はない。シゼルのやり口も俺は嫌いじゃない。
ヨルファを知ってるだろ? あいつがテネジア人だって知ってたか?」
首を振る。
そうなの…!?
「あいつのような柔軟な頭を持った貴族は少ないが、貴重だ。いつまでも保守的な考えに囚われていれば見落とすものも多くなる」
そう続けたウェイ隊長は、何かを求めるように窓に視線を投げかけて、珍しく真面目な横顔をみせていた。
話は戻って続く。
「そもそも罠を仕掛けたってどういう事なんですか?」
今までの話を総合しても、正解なんて何処にも落ちていないようにみえる。
戦争をしたがっている強硬派が動き始めたって言ってたよね?
ウェイ隊長は手持ち無沙汰に顎に手をやってから、
「ファウマン侯爵の一件は―――って、絶対知らないよな、お前」
言いかけて、溜息を落とされる。
はい、その通りです、先生!
説明をお願いします!
「ファウマン侯爵が誰かは知ってるか?」
「ええと、ええと―――確か、ミーファのお父さん、ですよね?」
こんなやり取りを前に誰かとしたような。
そういや、お前が令嬢を助けたんだっけな、と、ウェイ隊長が頷いた。
「数ヶ月前にそのファウマン侯爵の下に脅迫状が届いた。
侯爵の治める領地はテネジアとの国境際にあってな、テネジア軍を引き入れる手引きを強いる内容のものだ」
ええ!? それは一大事じゃないか!
「脅迫に従わないファウマン侯爵自身も暗殺の憂き目にあってな。侯爵は取引材料に使われないように、まず自分の娘を他国へ逃がす事を決めた」
そうか、ワイト商会と一緒にミーファが旅をする事になったのは、そういう経緯があったからなんだな!
それにミーファが西イーラウで襲われたのも、やっぱりその脅迫と関係していたのかな。
「西イーラウで令嬢を襲った一味は恐らく脅迫状の送り主に関係しているだろう。あくまで偶然を装いたかったみたいだがな」
ウェイ隊長の肯定に納得する。
「事態の早期解決を望んだ侯爵は、相手の手の内を探るため、敵の誘いに乗る事にした。
是と返答し、詳細な手順を詰める密書の手配を通じて、やがて犯人を割り出す事に成功した。それがガネイ伯爵だ」
と言われても、私には誰だかわからないんですが。
でも、名前に伯爵と爵位がつくからには、貴族の一人だよね?
貴族って国の大臣?みたいなものなんじゃ…そんな人がテネジアとって何だか剣呑極まりないような。
「国王直属の近衛兵団に取り押さえられたガネイ伯爵は、事の次第を白状した。曰く、テネジアと密約を取り交わし、ゼイアスの再攻略を望むベネディクト・シゼル・ルガードの指示で行った事だと」
べね…シゼルって―――あれ!?
「それを知ったグラナド公は激怒し、テネジアに挙兵の意志ありとみなし、国王に完膚なきまでに叩きのめすべきだと進言した。
自分の甥であるが、あのシゼルならテネジアの肩を持つに違いないと憤ってな。
王妹の夫、国の重鎮でもあるグラナド公の意見を国王は無碍には出来ない。まずは召喚し、事の真偽を問う査問を開く事を決定した。
召喚状を届ける使者には、ダレル・セベイ・ルーチンが指名された。セベイは末席だがあれでも王立騎士団の幹部でな。だが、見ての通り、権力と金に殊更弱い小者だ。
グラナド公はセベイにシゼルが許し難い裏切り者である事を伝え、必ず王都に連れてくるようにと命じた。
過去の悪行でシゼルに煮え湯を飲まされた事のあるセベイは嬉々として応じた。シゼルを正真正銘の裏切り者だと信じてな」
…何だろう、途中から書かれた筋書きを読んでいるような印象が。
「という罠だ」
話を締め括られて、唖然とする。
え!? 本当に!?
というか、何処からが罠だったんですか!?
「元々、テネジア人を妻とするファウマン侯爵とシゼルは、和平派として名が知られる筆頭だ。対角にある強硬派にとって目障りなだけの存在だ。
王都を去ったとはいえ、シゼルは爵位を持つ貴族で王族とは血縁関係にある。警吏隊での功績は王都にまで届き、その発言権は決して侮れない。
さて、国の召喚に応じる場合は、武装解除が原則だ。それを知っている強硬派が企む事と言えば一つしかないだろう」
あまりの情報量に頭がパンクしそうですが、そんな私にも聞き逃せない単語がありましたよ!
今、物凄くコワイ事をおっしゃいませんでしたか…?
「そ、それって、あの、あんさつとか言いませんよね…?」
恐る恐る確認すれば、向けられたのは太陽の神様みたいな明るい笑み。
…頭を抱えて絶叫したくなりました。
後は馬車の中ででもシゼルから聞け。
そう告げられて送り出された。
あの白の騎士服を身にまとった一団が、セベイ長官が乗り込んだ馬車と、私たち二人を乗せた馬車の横につく。
ざっと数えて、二十名くらいいるだろうか。
波乱を予感させる空気をありありと感じながら、こうして私たちは王都に向かって出発した。
矛盾点やわかりにくい箇所があると思いますが…何分、適当設定ですのでご容赦を。気になる点がありましたら、ご報告いただければと思います。
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