26 信じられない
当然、シゼル隊長はその事実を否認した。
私の目からみても、セベイ長官の振る舞いは、あまりにも胡散臭い。
というか、明らかに証拠のでっち上げですよね、これ…。
何が書いてあるんだか知りたくもないけど、その証拠物件も自分たちで持ち込んだものじゃないんですか。
「先日、身柄を拘束されたガネイ伯爵がね、協力者として君の名前を挙げた」
「…」
「以前も君は、北の蛮国テネジアに肩入れしていた事で有名だったな、陛下の命を無視して。
それでこんな地で何処とも知れない者どもと駆けずり回るはめに陥っているのではないかね」
迷わず言おう!
私はこのオッサンが嫌いだ!
「君の母君の母国はテネジア。君自身も幼少期に彼の地で生活をしていたそうじゃないか。
―――素直に白状した方が君の身のためだと思うがね」
「…私はガネイ伯爵の件にも関与しておりませんし、テネジアと密約を結んだ事実もありません」
シゼル隊長はそれ以上、否定を繰り返さず、黙ってセベイ長官を真直ぐに見据えている。
後半はともかく、協力者に名前がって、あまりにも堂々とセベイ長官は主張しているけれど、それって何とでも言える事だよね?
物証はまさかこの書類だけ?
「王都で査問を受ける必要があるならば従います。その前に、陛下からの召喚状を示していただく必要がありますが」
「おお、当然だとも。こちらにある」
セベイ長官が懐から巻かれた証書を取り出し、大仰に開いてみせる。
それと同時に、四人の男たちがシゼル隊長の両脇を挟むように取り囲んだ。
え?
うそ。
まさか、このまま本当に王都に行かなくちゃならないの?
だって、イーラウ地区のために一所懸命に働いているシゼル隊長がそんな事する筈ないのに! 冤罪に決まっているのに!
マグノリアさん!
思わずどうにかしてと頼む目で見ても、マグノリアさんも難しい顔をしたまま動かない。
どうして!?
私には何故、この状況でシゼル隊長がそれ以上何も言わないのか、マグノリアさんが制止しないのかさっぱりわからない。
だって、私はこの世界の人間じゃないんだ。
過去に何があったかなんて知らないし、複雑な事情なんてわかんないよ!
だけど、そのまま連れて行かれそうになっているシゼル隊長を放ってなんておけなかった。
「待ってください!」
ぱっと身を返して、横から入り込む。
私よりも身長が低いセベイ長官が、案の定、思い切り顔をしかめて、睨み上げてきた。
「何だ、お前は。どけ!」
突き飛ばされそうになり、後ろに身を引いて、ひょいと避ける。
いや、この場合、避けるでしょう!?
だって、明らかに動きが遅いし!
そんなに真っ赤になって怒り心頭になられても、私のせいじゃないぞ!
「カズミ」
シゼル隊長に諫めるように名を呼ばれた。
でもっ!と訴えるように視線を送っても、首を振られる。
駄目なの?
このまま隊長が連れて行かれちゃったら、二度とここに戻ってこないような気がするのは、私の考え過ぎ?
―――そうだ、だったら。
「失礼しました。セベイ長官。私はシゼル隊長の従者を務めています、カズミと言います」
さっきまでの態度を百八十度変えてみせる。
きりりと表情さえ引き締めて、完璧な敬礼を。
目を見開いたシゼル隊長とマグノリアさんに、にこりと笑顔になってみせた。
ありゃ、マグノリアさんの顔が引き攣ったぞ。
「シゼル隊長はこのまま王都へ出立される事になるのでしょうか?」
「…そうだ」
突然の私の豹変に、不機嫌を引きずりつつも腑に落ちない顔になったセベイ長官にも、全開の笑顔を向ける。
―――全身で何か企んでますよ、と言わんばかりの。
でも、初対面のセベイ長官は不穏な予兆には全く気付かなかった。
「それでは隊長のお世話をするために、私の同行を許可していただけないでしょうか?」
「何だと?」
あくまでも笑顔を絶やさず、私は言う。
「私がついていないとうちの隊長、上着を表裏逆に着ちゃうくらい不器用なんですよ。
王都では高貴なお方にお目にかかる機会もあるでしょうから、失礼のないようにしないといけませんよね!」
「…」
「…」
この場合、物言いたげな視線は一切無視します!
「―――連れて行ったらどうだ?」
その時、開け放たれたままの扉から声が聞こえて、そこにはいつの間にかウェイ隊長の姿があった。
この危機的状況にも余裕のある面白そうな顔でセベイ長官を眺めやり、それに対して、長官は苦虫を噛み潰したような渋い顔になる。
あれ? ウェイ隊長の事、苦手なんだろうか?
「マグノリアやオード、なまじ腕が立つ者の名を挙げても、お前たちは拒否するのだろう? 逃亡幇助や証拠隠滅の恐れがあるだの云々でな。
なら、そいつにしとけ。カズミは雑用を片づけるのは得意だが、剣はからっきしの役立たずだからな」
ひ、ひどい。
口添えにしてももう少し言い様ってものはないのか…。いや、私もさっき相当な事を口にしましたけれど。
「…承知いたしました」
え?
あれだけシゼル隊長を軽んじて高圧的だったセベイが頭を下げて、ウェイ隊長の言う事を素直に聞いている。
これって何でだ?
とにかく、私は目論見通り、シゼル隊長の王都行きに同行できる事になった。
9/30 若干改訂