03 ふぁーすとこんたくと
異世界でのファーストコンタクトは重要だ。
初対面の印象が大事なのと同じ! だいたい、その世界で上手くやっていけるかどうかが決定付けられる。降り立った場所にもよるけれど。
敵と判断されればその後逃亡生活は必須だし、保護されれば手っ取り早く衣食住が確保できる可能性が高い。
追剥は問題外なので、この規律正しそうな男の人たちとの遭遇をファーストコンタクトにしよう。
と決めて、私はできるだけ、大人しく、無害に見えるように努力する事にした。
この地区の警察部隊なんだろうか。
濃緑をベースとした丈長の上着と黒のズボンは制服だろう。全員がかっちりと同じものを着て、腰に帯剣しているのが物々しい。
道を歩く旅人、つまり私に気がつくと、先頭の隊長らしき男の人が手で合図を出し、騎馬に乗った全員がその場で足を停止する。
騎馬の上から見下ろす隊長さんの目は不審者を見る目そのものだった。
実際、それは壮大な『迷子』の身としては否定できないんだけど。
「失礼、我々はこの先の西イーラウ地区を任されている警吏隊だ。
この近辺で盗賊が出たとの報告を受けたのだが、何かお気づきの点があれば教えていただけないだろうか」
胡散臭いものを見る恐い目付きの割には丁寧な口調で話しかけられる。
「その人たちならあの橋の辺りにいますけど…」
指を差すと、少し驚いたように目を開いてそちらを見つめ、隊長さんは部下たちに短く命令を下した。
よく訓練されているようで、統率の取れた動きですぐさま展開し、彼らは盗賊を縛り上げにかかった。
優秀な人たちだなぁと感心していると、颯爽とした動きで隊長さんが馬から降り立つ。
背が高い。
私も低い方じゃないけれど、百八十センチは軽く超えているんじゃないだろうか。
焦茶色の髪は清潔に整えられ、彫りの深い顔立ちをより端整に引き立てている。
瞳の色は灰色。第一印象、職業軍人、第二印象、近衛騎士、第三印象、貴族。そんなところ。
残念な事に、眉間に寄ったシワの数から、あまり融通が利かないタイプのようにみえる。
「盗賊は全員伸びているようだが、君が相手をしたのか」
どうしよう。
って、上手い嘘を吐ける性格でもないし、正直に言うしかないんだけど。
「そ、そうです」
「見たところ、武器は身に帯びていないようだが?」
「え、その、ちょっと体術に長けてまして」
「…なるほど」
この世界の事情も何もわからないのに正直に答えるのは危険すぎる! あまり突っ込まないで!
「数は六人か。しかも全員騎乗している。かなりの腕前でおられるようだ」
「そ、それほどでも」
はははと引き攣った笑いが出る。
尋問は嫌いです!
「お名前を伺っても? 私は西イーラウ地区担当警吏隊長を預かるシゼルです」
「あ、カズミといいます」
「カズミ殿か。この国には無い響きの名前に見受けられるが、ご出身はどちらに?」
わー! 一番聞かれたくない質問!
「それが…記憶喪失で出身地も何も憶えていないんですよー」
内心冷や汗を滝のように流しながら、私は幾つかの世界で使った口当たりのいい理由を述べた。
「記憶喪失か…それは、苦労なされたようだな」
寄ったまま眉は離れず、疑っているんだか、どうなんだか。
うう、態度は丁寧だけど、愛想が欠片も無いよ、この人。とっつきにくいったら。
「次の目的地は西イーラウだろうか? よければその地まで送るが」
「本当ですか!」
願ってもない申し出だ。
隊長さんは一つ頷き、盗賊たちが全員捕縛され、荷駄のように騎馬にくくり付けられたのを確認すると、再び騎乗する。
「後ろに乗られよ」
「…」
…やっぱりか。
ここで自力で乗れないと言ったら、軽蔑されるだろうか。
馬術スキルはやっぱり必須だった…。
自慢じゃないが、私は天才的に馬に乗るのが下手なんだー!
大抵、誰かに同乗させてもらっていたし、魔学もあったし、必要ないと思いたかった…。
「カズミ殿?」
「ちょ、ちょっと待ってください」
怪訝そうに見下ろされて、あたふたと鐙の前まで移動する。
足。まずは足をかけて、そんで、ぐいっと身体を引き上げて跨る。
リズムとしてはイチ、ニのサン、だ!
いつもイチで挫折するんだけど、試してもみないのに出来ないと言うのはなんだか憚られる。
「イ、チっ…っと、うわっ!」
…やはり呪われている。
ニで身体を引き上げようとして、バランスを崩し、みっともなく転びそうになった…。
はは、溜息吐かれました。どうもすいません。
「…カズミ殿、騎乗経験は?」
「すいません、殆どないです…」
「では、手を」
大人しく掴まると、軽々と持ち上げてくれた。
やっと鞍の上に落ち着き、安堵の息を吐く。
「しっかり掴まってください」
二人乗りは経験済みだ。
腰に手を回してぎゅっとしがみつくと、シゼル隊長の身体が少し強張り、まずい所触っちゃったかなとか思うが、何も言われなかったのでそのままの体勢にする。
久々の馬上の感覚に、また、別の世界に来たんだなぁという感慨がようやく身に染みてきた。