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期間限定迷子  作者: yoshihira
本編
26/65

21 期間限定迷子


 この世界に来て、三ヶ月をまるまる過ごした。

 これは今までの異世界滞在期間、最短記録と同じだけの時間だ。


 私の記憶していない神隠し的な零回目を除いて、最初に『迷子』と化した異世界で暮らした時間と同じ。






 それは小学校に上がる前の、まだいとけない子供だった頃。


 母親と一緒に近くのスーパーに買い物に行く途中だった。

 通り道に見つけた大きな向日葵に足を止めて見入って、先を行く母親を追いかけようと足を踏み出したとたん、それが起こった。


 突然、見知らぬ森のような場所に一人きりになった私は、母親を呼んで、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて―――。

 そんな私の前に、外国人らしき長い金髪を持った、立派な身なりの男が現れた。


 狩の最中だった王侯貴族らしき男は黒い馬に乗っており、弓矢を手にして、泣いている私を見下ろした。

 初めて見る踏み潰されそうに大きい馬に、男の表情はあからさまに険しく、私は怖くなってさらに泣いた。

 …きっとこの体験が尾を引いて、乗馬が苦手になったんだ。


 男を取り巻く従者らしき男たちは困惑し、顔を見合わせていた。

 こんな所に子供がいるはずが無い、と言いたげに。

 話しかけられたけれど、それは明らかに異国語で、私にはさっぱり理解する事はできなかった。


 馬からひらりと降りた男は体格も良く、恐ろしげな顔のまま近付いてきて、何をするかと思えば、恐怖に凍りついた私を無言で抱え上げた。







 ―――子供の私はその男に拾われ、豪邸としか呼べない広い屋敷で元の世界に帰るまで暮らす事になる。


 私を拾った男の人―――ルイスは見た目こそ気難しく恐ろしかったけれど、後になって、ほとんど子供に接した事がなく、戸惑っていただけだった事がわかった。

 突然拾った幼い女の子に、何をするのも恐る恐るで、試行錯誤していたんだ。


 だけど笑わないルイスに、口に菓子をいきなり押し込まれたり(使用人に子供は菓子が好きだと助言され、単に私に食べさせたかったらしい)、

 雷鳴に似た迫力のある声で怒鳴られたり(心細くてよく泣く私をどうしたら良いかわからなかったらしい)、

 じっと睨まれたりして(本人はただ単に子供である私が玩具で遊んでいる光景が物珍しくて眺めていただけ)、最初の一週間、私は泣き暮らしていた。


 それから色々あって、最終的に私はルイスに懐きまくった。

 見た目が恐いだけで、接し方が不器用なだけで、たくさんの使用人たちにも好かれている、本当はとても心の優しい人だとわかったから。


 ―――それでも別れの時はあっという間にやってきた。


 いつものように、ルイスからのおやすみなさいのキスを額に受けて眠ったその夜、何故か目が覚めて、ルイスに無性に会いたくなった私が与えられた部屋から外へ出ると―――。

 そこはもう元の世界だった。


 私は道端で泣いている所を保護され、警察の手によって、捜索願を出してくれていた母親の元に帰る事になった。


 別れの言葉も何も言えなかった。

 あの後、きっとルイスは姿を消した幼い私を探したんじゃないかと思うと、今でも思い出すだけで胸がぎゅっと締め付けられる。

 その頃の私はもう二度とルイスに会えないなんて思わず、またいつか再会できると信じていた。


 ―――だけど、私を取り巻く環境はそれを許してくれず、幼かった私も成長するに従い、あの出来事は異常だと理解して、ルイスとの再会を望まなくなる。


 次の『迷子』は、中学生の時だった。

 異世界間迷子になる事なんて望んでいなかった筈なのに、強制的に放り込まれた第二の世界では、出会い頭から酷い目に遭った。

 状況を把握する暇もなく、農具らしき凶器を持った男たちから追い掛け回され、死に物狂いで逃げ惑った。

 降り立った先が、どうも魔学が普及していない田舎の地域だったらしく、不審者認定を見事に受けてしまったのだった。

 幸いな事にこの世界の言葉は理解できた。まぁ、最初に聞いた言葉は罵倒だったりしたわけだけど。

 

 その世界では約ニ年近く過ごしたと思う。


 男たちから逃げ切った私は、とにかく人里で情報を集めるしかないと一念発起して街を探し当て、そこで運命的に魔学という言葉に出会う事になる。

 魔学使い養成学校の生徒募集と書かれた案内板を見つけたのだ。

 魔学は略称で、正式名称はもっと恐ろしく長い名称なんだけど、もう忘れたなぁ。


 魅力的だったのは、魔学使いの才能を持つ人材は貴重らしく、学費免除と学生寮での生活が保証されていた事。

 これだ!と食いついた私の行動は素早かった。

 養成学校に辿り着くまでに一悶着あったけど、何とか無事に入学試験に合格した私は、それから魔学について勉強した。

 ロジィを始めとする個性的なクラスメイトたちとも出会い、踏んだり蹴ったりな時もあったけど、それも今は良い思い出だ。


 ここでは立ち去る間際に手紙を残す事ができた。


 何人か親しかった友達には私が異世界人である事を打ち明けていたわけだけど。

 へぇ、そうなの、という素っ気無い感想で終わっていた。

 魔学が存在する世界だったせいか、そんな事もあるんじゃないレベルの話に収まっていた。とんでもない。


 戻った時は、前回の時と同様、身に付けていた服などはそのままだった。

 首にいつも提げていた魔学使用許可証である銀貨も。


 もう二度と彼らに会えないなんて今でも信じられない。

 蓋を開けて取り出せば、記憶はあまりにも鮮やかで、この広い世界の何処にも彼らが存在していない事が不思議で仕方が無い。


 ―――別れは何時だって残酷。

 その苦しさったらない。

 必ず別れが来るのなら、最初から出会わない方が良いに決まっていると思うほどに。


 次の移動で、もしかしたらまた同じ世界に辿り着けるかもしれない可能性を考える事は止めた。

 それを考え出したらきりが無い。

 今回は死にそうな目にも遭った。元の世界に二度と戻れないんじゃないかと不安にも駆られた。

 そんな酷い経験は一度で充分じゃないか?


 もう絶対、二度と他の世界になんて行くものか。 

 そう決意して、コツをつかんだ私は兆候があると回避行動を取り、三回目の異世界間迷子状態の発生を防止していた。


 ―――でも、人は良くも悪くも忘れる生き物で、あれほどツライと思った出来事も時が経つにつれ色味を変える。


 楽しい事だって、たくさんあったんだよ。


 ルイスに出会った事を後悔したくない。

 魔学使いとして成長した結果が今の私だ。


 異世界で過ごした時間を否定すれば否定するほど、過去に触れ合った大切な人たちをも否定する事に気付いた。












 そして、三回目のトラベラー。

 その結果は散々だったけれど、もう二度とあの世界には行きたくないと真剣に願っているけれど、やっぱり忘れられない思い出だって少しはあるんだ。







 四回目のこの世界―――私はいつまでここにいられるのかな。


 さぁ、秒読みが始まる。


 異世界間迷子状態は期間限定。

 だからこそ、やれる事はやって、悔いは残さない。

 別れは確定しているからといって、思いを残す事を恐れたくない。


 ―――そして、元の世界に戻る日まで、生き延びるんだ。


 どんな世界に跳ばされても、一番最初に私が出会った世界―――じいちゃんとばあちゃんが待っている世界、それが私の帰るべき場所なのだから。



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