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期間限定迷子  作者: yoshihira
本編
25/65

― 幕間 ― ルイ

何故か、ルイ視点。主人公を置き去りにした状況説明。


「わざわざご足労いただき、ありがとうございます」


 表情も声も謝意を述べているのだとは思えない程に冷たい女と、あからさまな拒絶を平然と受け流す男。


 そんな二人の会談の場において、そばに控える事になったルイは、ワイト家の屋敷で働く侍女と同じお仕着せを身に付けている。


 侯爵令嬢の誘拐未遂事件を受けて、表に堂々とつく護衛とは別に、令嬢を影から護る護衛役に指名されたのが彼だった。

 間者を多く輩出する家系に生まれた彼としては、使用人に扮して内部を探る事くらい訳もない事だ。


 東イーラウに到着した翌日、令嬢一行が西イーラウへ見物に出向く事は事前に計画されていたものではなかった。

 馬車の中から西イーラウ地区の様子を目にして興味を持ったらしい令嬢本人の希望で、旅の疲れも癒やさぬまま、区内観光の運びになったのだという。


「偶然より故意と考えるべきだろう」

 

 シゼルはそう断言し、内通者の可能性を懸念して、ルイを派遣した。

 侍女の彼女が彼である事は、この屋敷の中ではワイト家の娘、レオナのみが承知している。


 令嬢を襲った実行犯は、オードが調べ上げた目撃証言から西イーラウにたむろする小悪党であった事が判明した。 

 イーラウより目的地である海洋に面するペシャウル国まであと僅か。

 シゼルは、馬車での道中ではなく、イーラウでの滞在中を狙った犯行が示唆する点においても着目している。

 曰く―――ファウマン嬢個人に狙いを絞ったものではなく、富豪の子弟を狙った不幸な事件に表向きは装いたかったのではないか、と。


 令嬢の父親であるファウマン侯爵といえば、北のテネジアと国境を接する所領を預かる身だ。

 およそ十年前からテネジアと緊張状態にあるゼイアスとしては、その令嬢が狙われる意味は決して軽んじるべきではないだろう。







 ―――が、ルイにとっては特に興味を惹かれる事でもない。


 諜報活動から足を洗って早一年、年若い内から生臭い謀略をつぶさに目にしてきた彼としては、見飽きた場面の一つにすぎない。

 ただ、規模や登場人物が変わるだけで目新しさはない。仕事として任務は請け負うが、それだけだ。


 令嬢が殺害されようと、何事もなかろうと、ルイの生活に影響が出る事もない。

 まして国が滅びようとも、彼一人くらい何処ででも生きていけるのだから。






 この二人の間に起きた事柄も集めるともなしに耳に入ってきた情報で知っている。

 よくある話と言えばそれまでだ。

 女は英雄に憧れて男に恋情を寄せ、英雄と呼ばれた男は歯牙にもかけずにそれを拒絶した。


 結果、二人の間には氷壁が横たわるが如くの重い空気が垂れ込めている。

 といっても、恨みに感じているのは女の方だけで、男の方は特に何を感じている風でもない。それがまた女の苛立ちに油を注いでいるようだ。


 応接室でウェイと対面したレオナは礼儀として席を勧めて向かい合ったが、平静を装いつつも眼差しが険を孕んでいる。数年前の話だったと記憶しているが、男から余程手痛い仕打ちを受けたらしい。


「今日、お呼び立てしたのは、昨夜遅くに王都のファウマン侯爵からの手紙がこちらに届いた事をお伝えしたかったからです」

「早すぎやしないか? 王都まで早馬を出したとしても丸二日はかかる筈だ」

「えぇ、ですからこれは私の方で問い合わせた此度の件の返答ではありません。

 何らかの事態を予測していたファウマン侯爵が、私たちがイーラウ地区滞在中に受け取る事ができるようにはからったものなのです」


 事務的に徹したレオナが読み上げた内容は、王都を取り巻く黒の暗雲そのものだった。






 しばらく前からファウマン侯爵の元に何者かから脅迫状が届き出した。


 国境を接する領地にてテネジア軍を内部から手引きする事を強要するもので、はっきりと書かれていないが、娘の身の危険を暗示する文章も綴られていた。

 笑えない冗談にするにも内容が内容なだけに、即刻、国王陛下に奏上しようとしたファウマン侯爵は、しかし、その前に度々命を狙われ、既に自分に監視がついている事を知った。


 国内に、おそらくは自分と同じ貴族の中に他国との内通者がいる―――。

 その事態に、かつてのテネジア戦役以上の悲劇がゼイアスを襲う事を予感し、ファウマン侯爵は戦慄した。


 ―――ファウマン侯爵は、親交のあるワイト商会を通じて、娘を他国へ逃がす事を決めた。

 

 相手は穏便な手段を選ぶつもりはないらしい。表沙汰にする気はないらしく、あくまでも不運な事故に見せかけられたものであったが、意図は明らかだ。

 自分を暗殺し、後釜に座る次の侯爵と交渉した方が話が早いとでも思ったのだろう。


 ファウマン侯爵は、国の重鎮でかつて王立騎士団の首座であったレバイント老公爵に内密の相談を持ちかけ、一刻も早く敵の正体を突き止めるべきだと決断した。

 脅迫に屈したと見せかけ、敵の誘いに乗るふりをして相手の動向を探るのだという。


 そして手紙は、ワイト商会にかける迷惑を詫びる旨と事を解決するまで娘の身を頼む文面で締め括られていた。





 


 予想以上の事態に場が沈黙で覆われる。

 国の支柱であるべき貴族の中に内通者がいるなどあってはならない事だ。他国への情報漏洩も含め、下手を打てば国の存続が危ぶまれる局面を招く。


 しばらくして、ウェイが眉を寄せて口を開いた。


「豪胆というより無謀だな。上手く立ち回れなければ、それこそ侯爵が口を封じられて終わりだろう」


 率直な感想だが、正論だ。

 ファウマン侯爵は勝率の低い賭けに身を投じたとしか思えない。


 だが、それも無理はないと言うべきか。


 ファウマン侯爵の立場は微妙なものだ。

 情勢が変化する以前ではあったが、彼はテネジアの貴族から妻を迎えており、領地もテネジアと関わりが深い。

 最悪、他ならぬ彼こそが敵方と通じた疑惑をかけられる事をファウマン侯爵は承知していたのだろう。


 テネジアから受けた裏切りとも呼べる侵略行為から短くはない年月が過ぎたが、ゼイアス国内の反テネジア感情はいまだ根強い。

 対テネジア外交で穏健派の姿勢を貫く彼は、この件を明らかにする事によって、徹底抗戦を叫ぶ開戦派を刺激する事も憂慮したに違いない。


 事態はまだ全てが見通せない霧の中。

 ゼイアス国王は慎重派と言えば聞こえはいいが、平時においての政務に支障はなくとも、有事の際にはいささか腰が重い。

 早急に証拠固めをする必要があるのは理解できる。


「ウェイ隊長、陛下に奏上して、あなたのお力で何とか事態を好転させる事はできませんか。

 あなたの言葉なら陛下も真摯に受け留めてくださる筈。このままではファウマン侯爵が…!」

「―――ワイトのお嬢さんよ」


 懇願したレオナに向けられた眼差しは、切りつけるように鋭く、彼女の口を噤ませるに十分な力を持っていた。


「あんたが俺に何を期待しているのかわからんが、今も昔も俺に頼むのは筋違いだ。

 この件はシゼルに報告はしておく。あいつなら何か上手い手を考え出すだろうよ」

「…」

「話はそれだけか」


 恐ろしく冷え切った声音に、膝の上で重ねられた手は白くなるほど握り締められている。

 誰の目からみても、レオナがまだ目の前の男に未練がある事は明らかだろう。

 だが、ウェイの態度には、甘い期待を抱かせる余地は一切なかった。


 レオナも自分の間違いを悟ったのか、一度顔を伏せて動揺をやり過ごした後は態度を改めた。

 他の女と違い、公人として自分を律した点は評価できる所だ。


「―――父からシゼル隊長に伝えてくれと言われております。

 グラナド公に不穏の気配がある、と」

「…」

「先日、イーラウ警吏隊が死神と呼ばれる強盗団を一掃した功績は王都にまで届いておりますわ。

 父の話では、それを陛下の耳に奏上した者がいるとの事でした。その場には、公爵であるグラナド公もおられたとか」


 グラナド公爵―――これは建国当時から血筋の続く古き名門貴族の名だ。


「父が言うには、シゼル隊長の名を聞いた時のグラナド公の反応が―――尋常ではなかったと」


 ルイはようようと記憶を漁り、思い出した。

 グラナド公と言えば、シゼル隊長―――ルガード子爵に謀反の疑いをかけ、王都を去る原因を作った貴族だった筈だ。


「グラナド公ねぇ。そりゃまた久しぶりに聞く名前だな」


 ウェイは拍子抜けしたように瞬きする。


「で、何かグラナド公に動きはあるのか?」

「いえ、父からの伝言は以上ですが」


 そう言ったレオナに、ウェイは呆れた顔を隠そうとしなかった。


「まぁ、一応伝えといてやるよ。杞憂だと思うがな」


 素っ気無いというよりもやる気のない態度に、レオナの眉が吊り上がる。


「杞憂だと何故言い切れるのですか」

「わざわざ今のあいつにちょっかいを出す理由が見つからんと思っただけだ。

 王があいつを呼び戻すと宣言したわけでもなし、考えすぎじゃないのか」

「父が何の意味もなく言い出したとは思えません。あなたがどう解釈しようと勝手ですが、きちんと、シゼル隊長に伝えてくださいますわね?」

「伝えると言っているだろうが。そう突っかかってくるな」


 それから話題はファウマン侯爵令嬢を助けた隊員の話に移り、令嬢自身の望みでカズミを交えた茶会の準備をするために、その場はお開きになった。











 茶会が終了した後、ファウマン侯爵令嬢の後について屋敷に戻ろうとした際に、カズミがひょこひょこと近付いてきて、おもむろに紙に包まれた何かを差し出した。


 少女らしく小首を傾げたルイに、「これ、美味しいよ」と、にこにこして言う。

 中身は茶会で振舞われた茶菓子だった。


 自分がルイだと気付いたようだが、さすがに正体を吹聴しないだけの分別はあるらしい。

 が。


「使用人である私がいただくわけには参りません。お気に召したのでしたら、お持ち帰りできるよう料理番に包ませましょう」


 そう言えば、きょとんとする。

 何を言われたのか理解していない、鈍そうな表情だ。


「そっか、駄目なのかぁ。じゃあ、作ってくれた人にとっても美味しかったって伝えてくれる?」

「…かしこまりました」


 侍女の仮面を崩さないまま、しとやかに一礼をこなすと、踵を返した。


 ―――あの女は莫迦だ。


 初対面の時、ルイはあえてナイフの的にした。一つ間違えば大怪我を負う、過激な自己紹介だ。

 たいがいの人間は顔を引き攣らせ、彼と距離を置き、それから近付いてこようとしないのだが、あいにくとカズミは例外だった。


 二番隊の人間は誰しも、と言うべきかもしれない。

 双子はあっさりとナイフを受け止めて投げ返し、アインは僅かに動いて避けた後、「壁の補修はお前がしろよー」と、いやに現実的な事を口にした。


 カズミはと言えば、そんな出来事があった事を忘れているのか、すれ違えば気軽に声はかけてくる、食堂にいれば勝手に前に座ると、ルイに近付く事に抵抗がない。

 街へ買出しに行った時には大量に菓子を買い込んで、「ルイも一つどうぞ!」と押し付けて去っていく。

 一度ではない。何故か、それは習慣化していた。


 最初に受け取ってしまったのが致命的だった。

 ルイは甘い菓子に目がない。自分でもどうかと思うが、嗜好はそう簡単に変わらない。

 つい無防備に口にしてしまったのが悪かった。


 それにカズミは菓子を渡して、二言三言話しかけるだけで満足し、それ以上、無遠慮に踏み込んでこない。

 莫迦は莫迦なりに考えているようだ。だから、ルイも徹底的に痛めつけようとは思わない。






 ―――レオナが知らせた情報が真実ならば、王都だけでなく、一都市であるイーラウも否応なく巻き込まれる事だろう。

 身を潜めるようにして留まっている自分も、いつまでもここにいるわけにはいかない。


 この任務が終われば何処へ行こうか。

 呟きは胸の内に溶けて消えていった。



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