20 別れとカウントダウン
お茶会がお開きになり、ミーファとレオナさんが屋敷内に、ウェイ隊長も何処かに行ってしまった後、夕刻まで警護を務めたけれど、何よりな事にその日は特に何も起こらなかった。
…あの二人はやっぱり恋人同士だったんだろうか。
別れ際、ウェイ隊長が明後日の方向を見ていた一瞬、レオナさんが隊長に向けた思い詰めたような悲しそうな顔を見てしまった。
お茶会の時の険悪な空気と、その後の二人のだんまり具合といい、過去に何かあったんだろう。
第三者の私が首を突っ込む筋合いでもないけれど、気になるといえば気になる。
次の当番と持ち場を交代する時に、帰ったと思っていたウェイ隊長が姿を現し、私たちは一緒に警吏隊本部に戻る事になった。
「隊長って実は暇人だったりします?」
いつもシゼル隊長の執務室に一人でふらっと来て、ふらっと去っていく。
全てが気まぐれで成り立っているようなイメージ。
普段の仕事ぶりを知らない私としては、そんな風に思っていたりしたのだが。
「で、お前は俺に喧嘩を売りたかったりしたいわけか?」
引き攣った顔で睨みつけられ、つるっと口を滑らせた事を後悔してももう遅い。
「いえ! ただですね、ウェイ隊長が部下を連れている所とか、あんまり見た事がないので。
一人でいつも何しているんだろうって思っただけです」
だってどうみても暇を持て余しているようにしか見えないじゃないか!
「俺は部下が嫌いなんだよ」
何だその子供じみた発言は。
心底嫌なのは確かなようで、ウェイ隊長は額に落ちかかった金茶の髪を苛立たしげにかき上げる。
「どいつもこいつも必要以上に付きまといやがって鬱陶しい。いい年した男に囲まれて誰が嬉しいと思うか」
「うーん、それってウェイ隊長の指示を待っているだけなんじゃ?」
「指示は部隊長が出す。俺が直接指示を出す必要はない」
そうなのか。
まぁ、外見も男前で、剣の腕前も上等、いざとなれば実力を発揮する頼もしい指揮官として、男女問わず好かれるというのは理解できる。
癖はある人だけど、悪人じゃあない。食堂のおばちゃんたちに好かれているのがその良い証拠だ。おばちゃんたちの人を見抜く鋭い目は何処の世界でも健在だ。
やる気がなさそうにみえて、シゼル隊長の執務室でよく見かけるという事は、二人で仕事の相談でもしてるんじゃないかと思うしね。
「そういや、お前はまだあの堅物と会った事はないんだったな」
へ?
「俺の副官。名前は確か、テイラーだった気がする」
副官の名前、覚えてないんですか!?
名前も口にしたくなさそうなうんざり加減に一体どんな人なんだろうと首を傾げた。
後で耳にしたウェイ隊長の副官の肩書きは、なんと、ウェイ隊長第一主義者。どれだけウェイ隊長ダイスキーなんだ。
あ、そういや結局、レオナさんからシゼル隊長云々の質問に答えてもらってないや。
まぁいっかと私は深く気にする事もなく、次第に日々の隊務に追われる中でその事を忘れてしまった。
―――その意味を知るのは、しばらく後の事になる。知らず私はこのゼイルス国に立ち込める暗雲に片足を突っ込んでしまったりするのだった。
あっという間に日が過ぎて、ミーファたちがペシャウルに出発する日になった。
警備を強化した事が効果を発揮したのか、あれ以来、ミーファが危険な目に遭う事もなく、イーラウでの滞在は終わりを告げた。
ただ、私が捕らえ損ねたあのならず者たちは、西イーラウでも札付きのチンピラたちだとわかり、警吏隊が未だに追い続けてもいるんだけど、今になっても姿を見かけた者は誰もおらず、ぱったり足取りが途絶えていた。
…その意味する所は平和な国に住む一般市民である自分としてはあまり深く考えたくない。
ワイト商会一行を護衛する人数はさらに増えている。
シゼル隊長が紹介した身元確かな護衛らしく、人数はざっと五十人ほどにも膨らんでいる。
これなら生半可な賊も襲う事はできないんじゃなかろうか。
ペシャウル国から帰国する時にはイーラウに立ち寄るつもりだそうで、ミーファともまた会おうねと約束した。
―――それまで私がこの世界にいられるかわからない。
だけど、西イーラウは居心地が良いし、気に入っているので移動するつもりはない。帰還していなければこの街で会えるだろう。
未来なんて誰にも予測できない。
私はこの先で待つとんでもない出来事を知るわけがなく、ミーファたちの旅の無事を祈って、大きく手を振ったのだった。